ハニー11
結果として外を歩きたいというのは、そのままの意味だったらしく、私たちはあてもなく近所をのんびり散歩していた。
散歩日和の晴天で、日差しもそんなに暑くはない。それでもシュンが、日焼けするからと日傘をさしてくれる。紳士だ。
私たちは日向ぼっこ中の猫並みにほのぼのとした気分なのだが、すれ違う人からはちょこちょこ好奇の視線を感じる。シュンが目につく容姿をしていることと、連れている女が年増なせいだ。
別にいいんだけどね。人目とか気にする性格でもないし。
だけどこっちの方角は、シュンの通う高校があるんじゃなかっただろうか。
「同級生に見られるかもよ?」
「むしろ見せびらかしたいけど?」
なぜだ! はじめての恋人だったらはしゃぎたくなるかもしれないけど、君、元カノやらセフレやら、じゃらじゃらいましたよね?
よくよく考えると、私よりも経験豊富。なんて高校生なんだろう。
「高校の近くに行くのは却下です」
「なんで? 誰もハニーの年齢なんて気にしないよ?」
「私は年齢どうこうよりも、そのハニーって呼び方の方が気になるわ。……それに……、言ってなかったけど、あの高校に知り合いが勤めてるから、嫌なの」
シュンの制服を見ただけでどこの高校かわかったのは、そのためだ。
制服フェチとかマニアとかでは断じてない。
「えっ、誰? 教師陣? 事務の人? …………校長?」
シュンくんや。選択肢に校長は入れるでない。
面識どころか顔も知らんわ。
「男? まさか、また元カレ?」
またってなんだ、またって!
うろんな目を向けるな!
「……あのね、私はそんなにモテる人間じゃないの。平均以下の経験しかありません」
「ふぅん?」
信じてないな?
「だったらもし、元カレだったらどうするの? 偶然の再会に、焼け木杭に火がつくかもよ?」
シュンが私の思惑通りにぴたりと足を止め、くるりとこちらを向く。その顔は笑っていたけど、目は完全に据わっていて、気圧された私はびくんと肩を揺らして一歩後ずさった。
「浮気するやつは、死ねばいいと思う」
「で、ですよねー」
こわっ! 死を覚悟して浮気する無謀さは私にはないわ!
しかしシュンはやけに浮気にこだわる。浮気にトラウマでもあるのだろうか……。
「ごめんね、シュン。知り合いは女だから、その……嫉妬? しなくても、いいよ?」
嫉妬とか! 自分で言ってて恥ずかしすぎるわ!
自意識過剰なのか!
だが、無理したかいはあった。
シュンが嫉妬したことを自覚して羞恥を感じたのか、かっと頬を赤らめた。それを私が見ていることに思い至ると、前髪を引っ張って顔を隠そうとする。
眼福ぅー! ごちそうさまです!
「かわいいわー、シュンくん」
「……かっこいいって、言われたいんだけど」
「拗ねてるところも、かわいいわー。うちのシュン、かわいい」
「…………嫉妬深くても、いいの?」
「いいよ?」
安易にそう頷いた私は、シュンの独占欲の強さを、まるで理解していなかった。
ストッパーが外れたシュンは、これまでにない爽やかかつ、くったくないいい笑顔で、過度な要求をしてきた。
「ハニーはすれ違う男と一秒以上目を合わせないでね」
そんな無茶な!
「俺といるときは、他の男と一言でもしゃべるのもだめだから」
ヤンデレか!? これがヤンデレなのか!?
「というのは、冗談で――」
ああ、なんだ、冗談か。よかった……。
「いい加減、ハニーと初夜がしたいな?」
シュンが耳に息を吹きかけるように囁いてきた。
熱のこもった艶っぽい吐息に、心臓が鼓動を増す。
君、本当に高校生なのか。
いや、これがこの子の手管だ。わかっている。だけど、この動揺をどうしてくれよう……。
「…………」
あ、そうだ。
「私たち、キスもまだだし――」
口にした瞬間、日傘がアスファルトへとゆっくりと落ち、言い訳をシュンの唇に丸ごと奪われた。急性だったにも関わらず、触れる唇は労わるように優しかったから、つい抵抗するのをやめてしまった。
シュンは無理に唇をこじ開けようとはせず、重ねるだけで感触を楽しんでいる。そのじれったさに、お腹の底からぞくぞくとしたなにかが駆け抜ける。
キスで相性がわかるみたいな話を聞くけど、それが本当なら、これは相性がいいということになるのだろうか。
これ、くせになったら、どうしよう……?




