ハニー10
「それで学校に説明はした?」
「ううん」
ううん、かぁ。まぁ、バレるまで波風立たせない方がいいのかな……。
「ハニーの方は? きっぱり別れてくれたよね?」
「あーうん。別れた、よ?」
「うわぁ、絶対嘘だ」
仕方ないだろう、勝手につきまとって来るんだから。
「ハニーって特別美人じゃないけど、手放すのは惜しいタイプだからさ」
「美人じゃなくて悪かったな」
「だけど美人だったら、ゲーセンで声かけてなかったよ? 俺目力強い人、苦手だし」
それはわからないこともない。私も、美形の人相手に、自分から話しかける勇気はたぶんない。
「それにハニーはUFOキャッチャー下手すぎて、見てておもしろかったし」
「おもしろいって……。もう少し早くに助けてくれてたら、私の漱石さんがあんなに減ることはなかったんですけどねえ」
下手したら諭吉さんにもサヨナラしてたよ。
「それにしても、シュンはああいうゲーム得意なんだね。一発で取れたもんね」
「うーん、まぁ、そこそこ? たまにフィギュアとか取って、ネットで売ってる」
なるほど、転売目的で磨いた技か。
にしても、そんな話を聞くと、シュンはそんなにお金に困ってるのかな……と、そればかりが気になってしまう。
せっかく進学校にいるのに、大学もいかないみたいだしね……。
この間はああ言ったけど、援助するって言ったら、また拗ねるよなぁ。
それに医学部行きたいとか言われたら、それはそれで本気で困るし。
――それにだ。そこまで私が手を貸すのも、なんか違う。
シュンが私に対して引け目を感じれば、きっとこの関係はすぐに破綻してしまう。
私が黙り込んでいるのをいいことに、シュンが嬉々として胸に顔を埋めてきた。
まったく油断も隙もあったもんじゃない。
「この前の謙虚さはどこへ行った?」
軽蔑されたと思い込んで、へこんでいたあのときの初々しい君はどこに行ったのだ。
「求められると辟易するけど、求められないとそれはそれで寂しいことに気づいた」
「……私が言うのもあれだけど、身辺クリーンにしなさいね? って、キスマークをつけない!」
ああもうっ!
胸元にくっきりと赤い痣がつけられてしまった。
シュンはいたずらに成功した子供みたいに笑っている。
くそぅ……、かわいいじゃないか。
ほだされた私はシュンの笑顔に弱い。
「ハニー。そろそろ、なにか食べたい」
あ、忘れてた。
私はシュンにご飯を作るために、重たい身体をのそりと起こした。
*
夜、お腹いっぱいご飯を食べて帰ったシュンが、なぜか次の日、ベッドに忍び込んですやすや心地よさげに眠っていた。
合鍵を使って入って来たのはわかるが、寮で寝てこないのだろうか。
起こさないようにそろりと這い出て、シャワーを浴びていると、すりガラスにひょこりと人影が映った。
「ハニー。背中、流そうか?」
下心が隠しきれていませんが?
「結構です」
つけ入られないようきっぱりとした口調で断ると、すんなりと引き下がっていく。
無理強いはしてこないから、物分かりがいいと思うことにしよう。
着替えて髪を乾かしリビングに戻ると、ふと、机に置いてあったスマホの位置が微妙にずれていることに気づいた。
シュンは知らぬ存ぜぬで、しれっとした顔でテレビを見ている。
ねぇ、君……。中見たよね、これ。
暗証番号はたまに覗かれてるから、もうバレてるだろうとは思っていたけど、まさか人がいない隙に中身をチェックしてるなんて。
というか、さっきの背中流すどうこうは、このためだったのか! あとどれくらいで出てくるか見に来たんだな! なんてこしゃくな!
「シュンくんや……、見たかったら見たいって言えば見せてあげるから。勝手に見るのだけはやめなさいね?」
「え、いいの! 今度からそうする」
……被疑者が犯行を自供しました。
釈然としないまま二人でキッチンに立ち、ご飯を食べ、一息ついたところで、さてどうしたものかと私は腕を組んで悩んだ。
せっかくの休日だからと、シュンがデートを所望してきたのだ。
「ちなみにシュンくんよ。どんなデートをしたいのだね?」
「とにかくハニーと外を歩きたい。アメリアも連れてっていいから」
アメリアは通勤鞄についているが、他の鞄にも付け替えは可能だ。うちの子一号のアメリアはもちろん連れて行くとして、うちの子二号の望みが曖昧でふわふわしているので、服装に困る。
外を歩きたいというのは、単にそのへんをあてもなくぶらぶらと散歩をしたいのか、ウィンドウショッピング的なことなのか、それともがっつりウォーキングをして汗を流したいのか。
「ハニーは休日なにしてる人?」
「これといって決まってないけど……あ、そういえば君、バイトはいいのかい?」
「夜からだから、夕方まではハニーと遊べるよ?」
遊べるよ、かぁ。なんか若いなぁ。
残念だけど高校生が喜びそうな場所は微塵も思いつかないわ。
「じゃあ……、プランはシュンにお任せしようかな」
丸投げしてみたら、シュンが手を差し出してきて、私はためらってからその手に手を重ねてみた。
シュンは微笑み、指先にごく軽くキスを落とす。
「行こうか、ハニー」
目を細めてとろけるように甘く囁いてきたシュンに、たらしだわ……と思いながら、熱くなってきた頬を反対の手のひらで扇いだ。




