第56話 起きるのを待とう
集落のシャーマンの家、外から見るよりも中は案外に広かった。というか、地下に大きく空間が作られていて、台所と居間、寝室がレンガの壁で区切られていた。どうやら外から見えるのはドームの上部だけで、基本的にそこは換気と採光と玄関になっているらしい。
地下であるが、天井付近にある小さな穴から光が入ってくるし、所々網に入れて吊された石が光っているので、地下といえど結構明るくなっている。何の石かと聞いたら蛍光石という光に当てておくと光り出すものらしく、蛍光塗料の塊のようなものなのだろうか。
さて、レンガのベッドの上に布団代わりに厚手の布が敷かれ、一人の女性、いや、見た目からして少女と言った方が正しいのだろうか。先ほどまで戦っていた少女が寝ていた。
褐色の肌に、黒い髪はセミロングぐらいで、今はややボサボサ。
初めて会ったとき同様に、十代後半ぐらいだろうかと思っていたが、眠っている様子を見るとあどけないというか随分と無防備で、もう少し年齢が下かもしれない。
これまで、じっくりと見る余裕が無かったが、身体は随分と引き締まっているが、案外に胸はある。いや、そこはあまりジロジロと見ないでおこう。そして、こうしてみると小柄だった。
戦闘の後に、シャーマンの家に運び込み、アレクサンダーに治療だけさせて寝かせていた。
当然、片腕だけだが、レンガの柱に紐で縛っているし、スマホも取り上げている。また、暴れられたら適わないわけだし。
「俺よりも、年下? ぐらいか?」
俺も、アレクサンダーから治療を受け終わっている。やっぱり、治療系のアプリは便利だし、早急に手に入れておくべきだろうな。
「どうだろうな? 僕たちは死んだときの姿が維持される。見た目と年齢が合わないのが当然だ」
アレクサンダーが、両腕を組んだまま答えた。
「見た目が変わらないのか」
それは若いままの姿でいられると喜ぶべきか、ずっとガキのままだと嘆くべきか。
「僕は、二十二歳の時に死んで、かれこれ、異世界救済士を三年している。彼女のスキルアプリの習得度に場慣れした様子からして、実年齢は君よりも上かもしれないな」
「そうかい」
そう雑談をしていると、小さなうめき声が聞こえた。寝ている少女のものだ。
と思ったら、ガバッと起き上がった。腕を伸ばそうとして、紐に引っ張られる。
「……お前達」
起き抜けだというのに、こちらを見て、そう呟き……はっと何かに気がついたように自分の身体を見回す。着ている服はシャーマンの奥さんから借りたもので、着替えもその奥さんにして貰った。
なのだが。
「き、きさまら、人が寝ている間に、人の身体を弄んだな!」
ん?
なんだろう。
俺の記憶の中にある、凜としたイメージにヒビが入った。
「いや、治療だけして、あとは何も」
「くっ、戦いで負けて陵辱されるなんて! くっ、殺せオークども!」
見た感じ、結構ある胸を押さえながら非難がましい。
いや、マジで、治療以外は何もしてないのだけど。
「人の話聞けよ」
つーか、お前は女騎士か。
「というより、何処をどう見て、オークだと言い出しているんだかな」
アレクサンダーが呆れたように、両手を天に向けて首を振る。
「……本当になにもしていないのか?」
「してないしてない、だから落ち着い」
「そんなに魅力が無いかー! オークにすら興味を持たれないとは恥だ! くっ! 殺せ!」
「どうしろと!? どっちにしろ殺せと!? つーか、オークじゃねぇよ」
襲わなかったら襲わないで、なんでクレームが来るんだよ。
最早、初対面での凜としたイメージはヒビが進展して亀裂になり、崩壊していた。
つーか、こいつからどこぞの女神並のポンコツ臭が半端ないぞ。
「とりあえず、だ」
俺は、レンガのベッドの横に座った。
「理由を聞かせろ。どうして巫女をさらった? そして、シャーマンも狙っていたのか?」
そう言って、俺は少女の持っていたスマホを見せる。真っ黒なボディーでややごつく、若干、女性受けしなさそうなデザインだった。
「あ、わたしの! 返せ!」
「返すかよ」
「くっ、卑怯な! スマホを餌に身体を許せというのか!? このオークめ!」
「いい加減、女騎士とオークから離れろこの野郎。つーか、よく見ろ! 人間だろ」
こいつの思考回路が理解できないが、別の意味で事情聴取は難儀しそうだ。カツ丼でも差し入れて……いや、俺が食いたいな、それは。
「目覚めたようだな? ところで、おーく? とは何かな?」
とアレクサンダーの後ろに、一人の男が現れる。筋骨隆々の身長は二メートルを超える大男だ。顔も、堀が深くて険しい。俺も初見はびびった。
「お、おーくだぁぁぁぁ!?」
名も知らない少女が叫び、じたばたと騒ぎ出す。いや、シャーマンに対して失礼だろ。そう、この大男は集落のシャーマンだった。
「おーく?」
シャーマンが、不思議そうに聞き返す。聞き慣れない言葉って事は、この世界にオークはいないってことだろうか? 確かに、ファンタジーによくあるようなエルフやドワーフとか見た記憶がないな。
「まぁ、多分、俺達が無理に戦わなくても、さすがにこの体格差は誘拐のしようがなかっただろうな」
自体重の何倍もある相手はさすがに、身体能力強化をしても運びきれないだろう。
「僕は知っていたから、そういう意味で、焦りは無かったがね」
アレクサンダーが言った。
うん、まぁ、そういうこともあって、俺達が負けることも別に問題は無かったわけではある。
逆に、シャーマンが撃退したりして……。
「ひ、卑怯だ! そんなの聞いてない! あと離せ!」
で、目の前の少女は何やら騒いでいるが、そもそもこいつは一体、何者なのか、さっぱりわからないままだった。




