第44話 覚悟を決めよう
黒衣の人物は、アレクサンダー・ワトソンの水の弾丸を躱しながら逃げていく。向かっているのは都市の外側、方位は南。
南に何があったかなんて覚えてないがこの首都は城壁にグルリと囲まれているから、いずれは城壁に行き着くだろう。俺も空を全速力で飛びながら追いかけていく。
意外なことに、あの素速い身のこなしをする黒衣の人物とのチェイスに、アレクサンダー・ワトソンは張り合っていた。いや、互角に勝負している。あのバカも異様なほど素速く走って行く。元から足が速いのか、それとも、アプリでの身体能力強化を使っているのか。
恐らく、後者だろうか。確かに、そういった系統のアプリもあったはずだ。最も、高額だったために手は出さなかったが。恐らく、神殿から追いつけたのも、あの身体能力あってこそのものだろう。
そして、そういった事実を考えると、やはり、黒衣の人物も救済士である可能性が高いか。
「追いつけないか?」
俺は空を飛びながら、アレクサンダー・ワトソンと併走する。
シカゴ・タイプライターの対人特化で、身体能力で拮抗できるなら、こいつに任せてしまうのも手だが、フェニックスに由来のないこいつが活躍して、俺が傍観しているわけにも行かない。救済士だのは関係なく、俺だって少しぐらいは手柄が欲しい。
「きついな。純粋なスピードはあちらの方が上だ。君の牽制は?」
「出来ていたら、とっくに勝負はついている……。手の平を向けた先で何かを弾くような攻撃をしてきて炎をかき消される。だから、一気に近づいてとらえる。援護頼めるか?」
「ふん。君に主役を譲る気は無いが、このまま逃げ切られる悲劇を演じるつもりもない」
つまりは、してくれるってことか。
タダの二枚目ぶった三枚目のナルシストバカだと思っていたが、状況判断はできるし、融通も利く。意外とつきあいやすいと言うべきか、扱いやすいと言うべきか。
友達になる気は無いけども。
「一気に突っ込むから回り込め!」
「オーケー」
場所は、城壁の近くにまでさしかかっていた。
アレクサンダー・ワトソンが、足の裏から水を射出して一気に加速していく。当然、することは一つ、シカゴ・タイプライターの乱射だ。
だが、黒衣の人物は慌てた様子もなく、突っ込んできたアレクサンダー・ワトソンに対して、両手を向けた。水の弾丸をかいくぐって、思わず見事だと感心するほどの体裁きで接近し、敵を吹き飛ばした。
アレクサンダー・ワトソンが吹き飛んで、屋根の下へと落下していく。
アイツの無事を心配するよりも、やることがある。
俺はさらに、両手からも炎を吐き出して、さらに加速する。本当に、まるでアイアンマンだ。でも、悲しいかな、あんなスタイリッシュな戦いは出来ない。
急加速して、右手で黒衣の人物の胸元をつかんだ。
ようやく、キャッチ。
これが、おにごっこから、これで終わりだが、当然、まだ終わらない。
「一発くらいくらっておけ!」
俺は、初めて、人を燃やした。
使った炎は、通常の熱い炎。残り電池なんて気にせずに、つかんだままの右手から炎を放つ。
炎上する直前に、黒衣の人物が、俺の左腕をつかんだ。
上等だ。そのまましっかり、つかんでいろ。
黒衣の人物が燃え上がった瞬間に、俺は左腕に衝撃が走って、何も判らなくなったまま吹っ飛んだ。
背中に強い衝撃を感じ取り、背中よりも左腕に痛みが走る。左腕を見ようと左腕を掲げようとしたが、左腕が見えない。
「嘘だろ」
肘から先が無くなっていた。その肘から先はというと、黒衣の人物の足元に見えるあれだろうか。死ぬほど痛いはずなのに、どこか痛みも現実も実感が無いのは、あまりの事態に頭が追いついていかない所為だろうか。
その黒衣の人物は、ローブごと燃え上がっているのだが、突如として手の平を自分に向けると、自分自身に強い衝撃を放って炎をかき消してしまった。
だが、それでも、それは無茶だったのか、黒衣の人物はガクリと膝をついた。ローブは焦げてぼろぼろになり、丁度吹いた風に巻き上げられていった。
黒衣から現れた人物は、褐色の肌をした女性のようだ。
真っ黒で短めの髪に、整った顔立ち、意志の強そうな大きな目をしているが、口元からは一筋の血が流れている。年齢は、正直外国人なのではっきりと判らないが、もしかすると十代半ばから後半といったところだろうか。
「ったく痛って」
立ち上がろうとしたが、腕がないためか、すぐにバランスを崩して倒れた。それでも、何とか上体だけは起こして、逃走者を睨み付ける。逃走者もこちらを睨み付けている。
右手で、冷たい炎を作り出して、とりあえず左腕を凍てつかせる。元から焼け焦げて血はほとんど出てないが、とりあえず応急処置だ。
「言えよ。なんで巫女をさらった?」
「答える理由はない」
どことなく凛々しく一言だけ、その女は言った。
地面に手の平を向けてふわりと浮き上がって、城壁の向こうへと姿を消した。
「結局、逃げられたか」
名前もわからないあの女は、一体何者だろうか。恐らくは、救済士だと思うが、救済士ってこんなにも派遣される者なのだろうか。
「おい、どうなっ、な!?」
屋根に登ってきたのか、アレクサンダー・ワトソンの声が聞こえたが、俺は倒れ込んで、そのまま意識を失った。




