第42話 追いかけよう
「ゆっくりと、巫女を床に置くんだ」
アレクサンダー・ワトソンが銃を構えたまま言い放つ。
しかし、黒衣の人物はじっとしたまま動かない。鋭い眼光がフードから隠れて見えるが、やけに殺意は感じない。いや、消しているだけだろうか。
さて、どうするか。
問題は、アレクサンダー・ワトソンの銃は、対人制圧であれば優秀なことだ。優秀すぎて、巫女まで殺しかねない。だとすると、今うてる一手は俺の凍てつく炎だけだろう。凍てつく炎で巫女ごと凍らせて、動きを止める。巫女を確保してあとは、シカゴ・タイプライターで制圧。それが、今打てる手のベスト。いや、ベターだろうか。恐らく、アレクサンダー・ワトソンもそのことに気がついているし、それをするために牽制と注意を惹いているのだろう。
さて、さらなる問題は、巫女にまで攻撃してしまって良いのかどうか。
不可抗力で仕方なしだとは思うが、思うが、本当に大丈夫か。
「巫女様」
文官が、心配そうに言うが、一歩近づこうとしたとき、黒衣の人物が右手の手の平をこちらに向けて制してきた。
巫女は生きているようだし、気を失っている点から言って、黒衣の人物は巫女を殺す気は無いと思う。現状ではだが。
「いいか、ゆっくりと巫女を置け」
アレクサンダー・ワトソンが、文官を手で制しながら一歩だけ前に出た。そして、左手を背にやって、手の平をこちらに見せてくる。あいつもやはり、俺に攻撃させる気か。
「お前だけを攻撃する手段なら、持っているんだ。怪我をしたくなければ大人しく巫女を床に置け。5つ数える」
バカだと思っていたが、ハッタリとハンドサインまで使ってくるか。土壇場でよくそこまで出来るものだ。
「5――4――3」
アレクサンダー・ワトソンがさらに一歩近づいた。黒衣の人物は手の平をこちらに向けたまま動かないし喋らない。こちらは自動翻訳スキルを発動させているのだから判らないはずはないが、意図がわからない。だが、恐らく、逃げるか攻撃するタイミングを計っているのだろうか。しかし、逃げるにしても、ここは三階。実質的には四階分の高さがある。そう簡単に逃げられるとは思えない。
しかし、今は、そんなことよりも、巫女の救出が最優先だ。俺は、炎をアレクサンダー・ワトソンを盾にして見づらくしつつ、さらに大きくした。これなら素速く動かれても、十分に当てることが出来るだろう。
「2―1!」
その瞬間、アレクサンダー・ワトソンがしゃがみ込んだ。俺はサイドスローの要領で凍る炎を放り投げる。炎は壁状になって黒衣の人物に向かっていき。
「何!?」
アレクサンダー・ワトソンが声を上げた。炎は、黒衣の人物にぶつかる前に、弾かれるようにしてかき消される。さらに、黒衣の人物自体も弾かれるように飛んでいき、そのまま窓の外へと出て行った。
「なにしやがった!?」
思わず俺も声を出しながら、アレクサンダー・ワトソンと一緒に窓に近づくと、黒衣の人物が暗闇の中でグルリと一回転し、また何か弾かれたように減速しながら地面に着地した。
「やられた。追う!」
俺も窓の外に飛び出して、足の裏から炎を吐き出す。既に、黒衣の人物は、こちらに背を向けて逃走している。
「あ、待て!」
後ろからアレクサンダー・ワトソンの声が聞こえたが、待っていられない。
足の裏からの炎を最大で出力し、追いかける。
だが、相手は人一人を担いでいるというのに、恐ろしく速い。
「どうなっている?」
何かを弾く力を使いこなし、あの身のこなし、さらに巫女の部屋にまで侵入したと思われる痕跡、ただ者ではないはずだ。
黒衣の人物は、飛び降りていくように神殿から城下町につながる階段を駆け下りていく。衛兵が、黒衣の人物に対してギョッと驚き、そのままスルーしてしまった。外からの不審者には厳しいが、内側からの不審者は意外だったのだろうか。
対する俺は、衛兵を無視して相変わらず、炎を吹き出して飛んでいる。
「待てっつーの!」
右手から凍る炎の玉を作り出して、撃ち込む。
黒衣の人物は、今度は弾く力を使うこともなくあっさりと避けた。炎の玉は、石畳の道路にぶつかって、ただ、石を冷やしていくだけだ。
「あーったく、鬼ごっこかよ! 」
炎を足から出すのをやめて、大地に降り立ち、路地裏へと駆けていく。
それを追いかけていくが、徐々に距離を離されていく。
右へ左へと、どんどん曲がっていき、その度にさらに距離を離されていく。
何度目かの曲がり角で、スマホが鳴った。相手も見ずに出た。
「うるさい。忙しいんだよ!」
「今、何処にいる!?」
聞こえてきた声は、アレクサンダー・ワトソンだった。スタートダッシュに失敗したのだから、今更追いつけないだろうに。
「知らん! ここだ」
こっちだって、何度も曲がって何処にいるのか判らなくなっているんだ。
俺は、明いている左手で炎の玉を作り出して真上に打ち出した。よく見てないが炎は、それなりの高度になれば大きくなって霧散するだろう。この都市は、神殿以外は平屋が多いから、十分に位置を知らせることは出来たはずだ。
「――判った」
「判ったところで、どうにかできるのか」
「当然!」
どこから来るのか自信満々な返事とともに電話が切れる。全く、どいつもこいつも、一方的にかけて切りやがって。
スマホをしまい込みながら、また曲がり角を曲がる。
そうすると、黒衣の人物が立ちふさがっていた。再び、手の平をこちらに向けると、何か熱い衝撃波が襲いかかってきて、俺は吹き飛んだ。とっさに、両手を交差していたが、衝撃を受けた箇所が少しだけ熱い。あの衝撃波は、爆発に似たようなものなのだろうか。
「この野郎」
地面を滑りながら、見上げる。通路の先は行き止まりになっていた。だが、黒衣の人物は、手の平を地面に向けて飛び上がると、再び何かを弾いたとも衝撃波を打ち出したとも言えるように、ふわりと浮き上がって建物の屋根の上に降り立った。
「逃がすかよ」
俺も足の裏から炎を吐き出して、一気に屋根の上にまで駆け上がった。




