第38話 神様に怒られよう
スマホが鳴り、電話に出る。
「うどん神って言うな! 何が何でも言うな!」
随分とやかましい声が聞こえてきて、思わずスマホを離す。耳が少しキーンとする。どれだけ大声出しているんだよあいつは。
「言ってないだろ、うどん神」
「言った! はい、今言ったよ! 言いましたよ! 聞こえたよ! 前々から思っていたけど、ちょっとは敬えよ! この野郎! 」
「五月蠅いから」
もう少し、電話で話すトーンに押さえてほしい。
つーか、うどん神認定でマジギレ?
「五月蠅いじゃない! 何で私がうどん神なわけよ!? 」
「うどん神らしく、ズルズルうどん食っていただろうが」
「あーもー、救済士は生意気だし、うどん神だし、どうなっているのよ!? 」
「香川が転移する世界だからなぁ」
そういう俺は、こいつがうどん神な所為で、うどんの勇者なんだが。
うどんの勇者なのだから、最初に麺棒を渡されたのも自然な流れだったのだろうか。
「もー、今日は、恋太郎への嫌がらせのつもりで手打ちうどん作っていたのに、これじゃあ本当にうどん神じゃん」
「嫌がらせで作るなよ。それに、こっちの世界じゃ、正真正銘のうどん神だから」
目の前にあるうどんの女神像が何よりの証拠だ。
その横で、誇らしげにしている巫女は、うどんの巫女だ。
でも、あまり似ていないな。あいつはそんなにお淑やかそうに見えないし。
あー、でも、あれか、麦や米なんかの主食が神聖化されているように、この世界じゃ、うどんがもはや主食で国民食となっているのだから、うどんを神聖化するのも自然な流れのはず。
そう考えると、そこまで嫌がる必要もないような気がした。
慰めないが。
あれは、どうせ、慰めたり、褒めると必要以上に調子に乗るタイプだろうし。
「あーもー、火の神に祈って、何故か水使いが召喚されるとか、密かにプククって笑っていたのに、笑えないよ、これじゃ! 」
「馬鹿にしているなよ」
一応、サラマンドラ戦じゃ、役に立ったことは立っているんだから。
「あーもー、うどんやけ食いして寝ます! 勝手に帰ってきなさい!」
「食うのか?」
「食べるよ、もったいないし!」
と電話が切れた。何のために電話してきたんだあいつ?
「今、何をなさっていたのですか。まさか、うどんの神と交信していたのですか!?」
「お、おう」
「なんと。私は、まだ神の声が聞こえるほど修行が足りませんが、いつか、うどんの女神様の声が聞こえるよう精進いたします」
「お、おう」
多分、がっかりすると思うな。本人、うどん神嫌がっているし。
「ところで、これ、香川からの親書」
「お預かりします。では、早速確認させていただきます」
と巫女様が、手紙の封を切って、慎重に広げていく。副知事から知事からの親書だということで受け取っていたが、内容は、条約に関しての誤解の訂正と友好の手紙のはず。
「なんと!」
顔を上げて、巫女が声を上げた。
「冗談であったとは! てっきり、口上での条約の追加とばかり思っていました」
「らしいな。つーか、でも、実際問題、本当に困っているように見えないが」
実際問題、主食がうどんだし。
「いえいえ。私といえど、週に一度はお米が食べたいので」
「さいですか」
「米は、香川からの輸入でしか手に入らない物で、一般の方々ですとなかなか口には出来ませんが……」
「さいですか」
やっぱり、米は輸入だったか。それならそれで、香川はカードを持っていることになるなら、それでいいか。どちらかと言えば、既に、俺の心は、香川側だ。
「さて、これでいいだろ? 元の世界に戻してくれ」
「それは構いませんが、その前に、ゆっくりとしていかれませんか? 感謝の宴をさせますし。如何ですか? 」
宴か、どうせ、うどんだろうな。
断りたい所だが、巫女はいたって真面目で真剣で、断りにくい。
「よろこんで受けさせていただこう。歓迎に感謝いたします」
俺が答える前に、アレクサンダー・ワトソンが答えた。
「いや、ちょっとまて」
「左様ですか! では、早速宴の準備をさせますので、しばし、部屋の方でお休みください」
巫女は、勝手に、話を進めていく。
俺、何も言ってないのだけど。
「こういうときは、受けておけ。受けない方が失礼なことぐらいはわかるだろ?」
アレクサンダー・ワトソンが小声で耳打ちしてくる。
「そりゃな」
十八歳といえど、そのぐらいの空気は判る。
まぁ、この世界で最後の食事として、少しは感謝して食べるか。




