第36話 船に乗っていこう
「船ってこういうことか」
さぬき市の漁港で、俺達を待っていたのは、帆船だった。船体は十人も乗れないほど小さく、船体からは長い柱が伸びている。エンジンらしき物は、ゴムボートにでも取り付ける船外機が着いていることはついているが、メイン動力は風かな。
「普段からライラの村まで旅人を運ぶのに使っている。大規模な貨物だと、高松のほうから貨物用の帆船が出ているが、週一で待たないといけないからな」
藤崎のおっさんが、腕を組んだまま言う。
「帆船とか、よくもまぁ、動かせるな」
「茨城の霞ヶ浦で帆引き船が観光船としても使われていたのを見た奴が、帆船を使おうって言い出してな、航海士やヨットの経験者の知識も借りて、オーソドックスだが、なんとか形にしたもんだ。まさか、実用目的の帆船を使うとは思わなかったが近隣の漁なんかだと、今は全部これだ。念のために船外機も着いているが、ほとんど使うことは無い」
「へぇ」
やっぱり、燃料がネックになるわけか。しかし、技術的に退行しているのか、それともクリーンでエコで、ある意味近未来的なのか。エネルギーが無いと、本当に、何もかも変わっていくようだ。
船に乗っているのは、二人。二人とも、良く日に焼けていて、若い。俺と同じぐらいだろうか。見た目としては漁師って感じだ。
「金は払っておいたから、さっさと乗っておけ。夕方には村に着くそうだ」
「はいよ」
そういうわけで、遠慮無く乗りこんだ。やっぱり、小さな船だから、揺れるが、飛んでいくよりも遙かにましな訳だ。来るときも、乗ってくれば良かった。
アレクサンダー・ワトソンもやっぱり遠慮無く乗りこんだ。
「いいか?」
「なんだよ?」
藤崎のおっさんに振り返る。相変わらず腕を組んだままだ。その後ろには、トゲ肩パットをつけたおっさんの仲間が何人かいる。
「香川が転移してきた理由だが、興味があるなら、フェニックスの巫女様に聞いてみろ」
「巫女?」
「魔法の儀式を執り行う巫女だ」
もしかして、俺をこの世界に呼んだ、あのうどん女だろうか。そういえば、名前も知らないな。
「勇者召喚の儀式を行えるのは、フェニックスだと巫女様だけらしい。何か知っている可能性はあるし、香川が転移後のなにかしらの変化があればそれもヒントになるかもしれない」
「なるほどね。でも、そのまま戻るかも」
「それはそれでいいさ。こっちの世界は俺に任せろ」
「頼もしいね」
流石にサラマンドラを一撃で殺しただけある。貫禄も十分だ。トゲ付き肩パットで威圧感も十分。しかし、よくよく考えると、あのパットって有用なのだろうか。
「いい加減出発しようじゃないか」
アレクサンダー・ワトソンがそういいながら、船員に催促する。船員は短く「はいよ」と言って、帆を張りだした。帆は風でふくらみながら、幅も高さも十メートルを超えるほど大きく、そしてゆっくりと進み出す。そして、埠頭に立っている藤崎のおっさんとヒャッハーな格好をした仲間達の姿から離れていく。
「愛本!」
藤崎のおっさんが叫びながら何かを力一杯放り投げた。
弧を描き、くるくると回りながら俺の元に落ちてきて、思わず両手でキャッチ。
目の前で見てみると、副知事から受け取った金の入った袋だった。中を見ると、銀貨が入っている。量的に受け取ったときと変わらないように見える。
思わずアレクサンダーを見ると、顎で埠頭の方を示す。
「おっさん!?」
「いいから持っていけ。無事を祈る」
と藤崎のおっさんは、親指を立てた。おいおい、なんか格好いいな。
とりあえず、俺も何かを言う代わりに手を挙げて親指を立てた。
「あーあ、一番しょーもない理由の俺が受け取っちまった」
「いい加減、あきらめろ。言っておくが、僕は受け取らないからな」
そう言って、髪をかきあげた。
「へいへい判ったよ」
袋をしっかりと閉じて、足元に置いておく。まぁ、フェニックスについたら派手に使うか。旨い物でも食べて……うどん以外に何があるのだろうかな。
「しかしフェニックスは巫女か」
「なんか?」
「いや、イフリートでは男のシャーマンが儀式を執り行っていた。ふむ、国によって事情が異なるか」
アレクサンダーが、顎に手をやりながら、感心している。
「それがどうかしたのか?」
「別に、各国のそういった儀式を執り行う人間達に話を聞いていけば、何か判るかもしれないっとね」
「おめーも、大人しく帰れば良いんじゃないか」
「大人しく帰らない君が言うのか?」
「さぁな。本当に帰るかもしれないぞ」
まぁ、正直、心残りではある。
今更、香川県が戻っても大丈夫なのかという疑問もある。
しかし、藤崎のおっさんが言うには、香川は転移してから確実に弱体化しているらしい。転移した時に、死者も出ている。病院の機能が一時的に麻痺し、何人も亡くなっているらしい。転移には、そういった犠牲者が出ている。今更戻っても、犠牲者は戻らないが、それでも、今後出るであろう犠牲者は減るだろう。
でも、俺に何か出来ることが、本当にあるのだろうか。




