第34話 寄り道をしよう
白い砂浜が広がって、海岸に沿って、松原が続いている。
日本の渚百選という、初めて聞いたものにも選ばれているという、津田の松原という景勝地だった。昼に立ち寄り、ヒャッハーな世紀末ファッションの方々と仲良く昼食だ。食べているのは、ようやくというか、この世界に来て初めての米、おにぎりだった。
「おいでまいという香川オリジナル品種だ」
藤崎のおっさんが、塩むすびを食べながら説明してくれる。
「へぇ。最近、あちこちで、オリジナルの米って多いな」
正直言って、品種とか細かい味が気にならないほど、久しぶりの米が旨く感じられる。
「多すぎて、余程うまくないと埋もれている気もするが」
アレクサンダー・ワトソンも塩むすびをほおばっている。見た目も名前も外国人だが、特におにぎりに対して抵抗というのは無いらしい。
「福井は、あきさかりってあるけど、やっぱりコシヒカリかな。一応、福井で生まれた米な」
といっても、米所としての地位は新潟にあるわけで。
いまいち、インパクト弱いよな。
「新潟か。もしも、新潟が転移したら、米が主食として広まっていたのだろうかな」
アレクサンダー・ワトソンが、次のおにぎりに手を伸ばしながら言う。ちなみに、このおにぎりは、県庁の食堂の人が作ってくれた物だ。お礼の金はともかく、こういうのは素直に受け取っておくのが礼儀だろう。残したらもったいないし。
「どうだろう。水田って数年単位でつくるもんだし。気候に土地の質もあるからな、それならそれで、適した品種とかあるかもしれねーけど」
「そうことか。小説や漫画のように、とんとん拍子で上手くいく訳ないか」
「そりゃそうだろ。畑だって、土を耕せばそれでおしまいじゃない。肥料もいるし、水はけによって、適する作物も違うし。そんなに上手くいくなら、食糧難なんて起きるわけ無いだろ」
本当に、そう思う。米作りだって、田植えと稲刈りだけで終わるなんて認識の人もいるが、農家によっては苗から育てるし、田植えの後も水や農薬の管理もある、稲刈りの後は、乾燥や籾すり、精米の作業もあるし。農業だって商業、工業も、そう簡単に進む物じゃない。それなのに、創作物でいとも簡単に進むのは、どういうことだろう。人が苦労している様子なんて、描写してもつまらないとでもいうのだろうか。
「お前らを見ていると安心するよ」
藤崎のおっさんが、少しだけ口元を歪ませる。
「何が?」
「何事にも近道なんて無いって認識しているようだからな」
「そう? 当たり前だろ」
「そうだな。その通りだ。そもそも十数年も生きていれば十分にそんなことは自然と判るだろう?」
アレクサンダー・ワトソンもうんうんと頷く。調子に乗るタイプの割に、意外と堅実な意見を出してくるな。こいつ。
「いや、香川が転移してからな、現地と交流したときに、若い連中がじゃがいもでチートしようだの、ノーフォーク農法だのと騒いでな。若い連中の間じゃ、異世界で現代の知識で成り上がるのが流行っているらしく、それに影響されたのだろう」
じゃがいもでチート?
じゃがいもだって、簡単といわれているが、それはあくまでも農家目線ぐらいで考えておいた方が良いと思うが。近所のばあさんが、趣味で菜園をしているが、肥料をケチったらピンポン球ぐらいのジャガイモしか採れなかったと笑いながら話していたのを思い出す。
実際、肥料が十分でなければ大きな芋にはならない。適当にまいておけばスーパーに並んでいるような大粒のじゃがいもが大収穫できる、とでもいうのだろうか。
「それで?」
「大抵は失敗して顰蹙を買った。理論として合っていても、説得する能力が無かったり、思っていたほどうまくいかなかったりな。そういう連中は、今じゃ大抵は香川にこもって農業しているがね。結局、向上心がある若手が行商として活躍しているって訳だ」
どこか呆れた様子で語っている。
「そもそも、知識一つ、品種一つも重要な交渉材料だろうに。末端が勝手に何をしているんだ?」
「その通りだ。今じゃ、この香川は交易することで、なんとか保っている。交易の材料を無意味にばらまくわけにはいかない。正直、あの知事がまとめ上げないと収拾がつかなかっただろう」
「へぇ。やっぱり、あの知事、やり手なのか」
「ああ。当時は、知事としての実績は少なかったが、香川が瓦解しなかったのも、あの知事がいたからこそだな」
偉くほめるものだ。
しかし、俺も、なんであの知事と一戦交えたのかな。
最初から、フェニックスが親書でも書いてくれてそれを届ければ、いや、そもそも、最初からフェニックスが自分で親書を送れば良かっただけの話だし。それだけ、香川を恐れていたのだろうか。
釈然としないながらも、俺も新たなおにぎりに手を伸ばした。
松原は良いし、夏には海水浴場になる砂浜も綺麗だし、確かに飯を食べるには良い場所だった。




