第31話 もっと休憩しよう
「ごっそさん。キンキンに冷えたのがビールだともっと良かったが」
そんな事を良いながら、藤崎のおっさんが、空の瓶を見せる。
「ビールってねぇの?」
「もう飲み尽くされて無いだろうな」
残念そうに言う。そこまで、ビールって恋しくなる物だろうか。
「ふーん」
「お前ら、飲みたくないのか?」
「あまり好きではないな」
アレクサンダー・ワトソンがそう言って、牛乳を飲む。もしかして、一応、二十歳超えているのか? 俺と同じぐらいだと思っていたが。
「未成年だからノーコメントで」
「その言い方は、飲んだことのないってわけじゃなさそうだな。安心しろよ、こっちじゃ、飲酒ぐらいで補導はない」
「その辺、ゆるいっていうか、余裕無い感じか」
だけど、未成年なので、やっぱり、ノーコメントで。
「酒って作ってないのか? ビールも?」
「ホップは日本じゃ北海道でしかとれないんだ。作れるとしたらエールだな。あとは、米と麦とジャガイモならとれるから、酒と焼酎ぐらいだが、食料生産の方が優先されて、酒は高くてな」
「へぇ。ホップって北海道でなら、とれるのか」
香川の気候じゃ育てるのは難しいってことかな。
「むしろ、カラス麦の蒸留酒なら、現地の国じゃ幾らでもつくっているから、酒だけなら、安いぐらいだ。俺はあまり好きな味じゃないが」
「そういえば、あっちのうどん屋でも、なんか飲んでいたな」
そのときは気にしてなかったが、うどんと一緒に、人によっては、うどんに少し足していた気がする。
「行商人が、代わりになるものを探しているそうだが、今のところ、成果は無いようだ。他にも、他のハーブやヨモギで代用したりして研究もしているそうだが、まともなビールがいつになったら飲めるやらな」
ビールだけでなく、恐らく、他にもいろいろな食材や材料、原料が足りないから、色々と代用品を作っているのだろうな。準備もろくにできないまま異世界転移とか、やっぱりハードすぎるな。すぐさまに現地の生活を送れる人なんて一握りだろうし、元の生活を出来るだけ維持したいだろうし、健康上の問題があれば、現地の生活を送りたくても送れない人もいるだろうし。
「そういえば、キンキンに冷えたと言ったが、冷気や氷を操るタイプのアプリを買えばいいんじゃないか? 」
アレクサンダー・ワトソンが、藤崎のおっさんに向かって言う。
「俺は、どうも、魔法みたいなタイプのアプリは苦手でね」
「なるほど。純粋な直接攻撃タイプか」
合点いった様子で、頷く。何やら、アプリの使い方で色々とタイプでもあるのだろうか。
「そうか? 結構簡単だぞ?」
と冷たい炎を掌に出してみる。
「器用なもんだな」
「君のような特殊なイメージを見せられても説得力がないな。何をどういうイメージで冷たい炎をわざわざ出すんだ」
「そうか?」
ふむ、まぁ、人には向き不向きがあると言うことだろう。掌を閉じて、炎を消した。手の平では、氷でも握っているような冷たい感触が残る。
「そういえば、盗み聞きするつもりは無かったが、さっき、力だの銃だの言っていたな」
「言ってた言ってた」
「藤崎さん、こいつに言ってくれないか? 僕たちは選ばれた人間だということを」
アレクサンダー・ワトソンが、再び不満げに言った。
「そうだな……、お前達はまだ若いだろうし、判らないかもしれないが、世の中には道理が通じないときがある。どんなに理屈が正しかろうと、否定されることもある。時には長いものに巻かれて、黒でも白って言わないといけないときもある」
18年しか生きていないが、なんとなく、それは判る。社会人を経験しているなら、俺じゃ想像できないようなこともあったのだろう。
生前のバイト先の冷凍食品工場で、いつも社長の悪口を言っているチーフが、社長の前だと大人しかったことをふと思い出す。
「ただな、どういうときであっても、やろうとすることをやるのと、出来るからするじゃ意味が違うだろ?」
ふむ、どういうことだろうか? 隣のアレクサンダーも不思議そうに藤崎のおっさんを眺めている。
「銃が使えて、殺せるから殺すのと、殺さないといけないから殺すのではだ、前者は銃が使えないなら殺さないってことだ。つまり、力があればする、なければしない。だが、力なくても、必要なものがなくても、しないといけないことはあるんだ。それが、生きていくことだと思っている」
「ビールを作るのに、ホップが無いから作らないのではなく、代わりの物で作ろうってことか?」
アレクサンダーがビールを例えに出した。おっさんは、無言で頷く。
俺は、なんとなく、スマホを取り出して、眺めだした。
「そういうことだ。力に振り回されると、選択肢を間違えることがある。力がでかければでかいほどな。力を使っているのか、力に使われているのか、今の自分はどちらなのかを問いかけるようにしろ。そうすれば、馬鹿をする回数は減るだろうさ」
「便利な道具に、振り回されるってことね。大学の先生が、携帯電話はどこからでも電話できるんじゃなくて、何処にいても電話がかかってくるんだって愚痴ってたな」
きっと、面倒な人からの電話でもかかってきたのだろう。
さて、携帯電話が便利とみるか不自由と見るかの違いなのだろうけど。
俺達ぐらいの世代は、携帯電話が当たり前だから、無いのが不自然なぐらいだけど、無いのが当たり前の世代は、むしろ不自由に感じているのかもしれない。持たなければいい気もするが、今の時代、そういう訳にもいかないか。
「ま、そういうことだ。道具や力に振り回されず、自分がやると思ったことをやればいいさ。神様に傭われの身だが、そのぐらいの自由はある」
「自由ね」
と言われても、未だに、自分が死んだことさえ感触が曖昧な俺は、結局、何をどうしたいのか。何をやりたいのか、やるべきなのか。
スマホを眺めながら、なんとなく、スマホをしまい込んだ。




