第29話 もっとお風呂に入ろう
お湯の中で三十秒ほど数えてから、浮上。
あちこちの擦り傷にお湯がしみて痛いのも慣れてきたのか、気にならなくなってきた。
「で、藤崎さん。あんたはどうしてあの場にいたんだ?」
顔をお湯で洗いながら、問いかける。
「あのトカゲに賞金はかかってなかったわけだし、それとも、別件で召喚されて、倒さないといけなかった?」
「そういった事は関係ない。俺は、香川をどうにかしたかっただけさ」
そういって、藤崎さんは、大きく息を吐いた。
「俺が異世界救済士として派遣されたのは、香川県が転移してまもなくのことだ。誰の祈りが誰に通じたのか、香川県に召喚されていた。はっきりとした目標がないのさ。切羽詰まったときの神様頼みが俺を呼んだようだ」
少しばかり、藤崎さんはシニカルに微笑んだ。
「なるほど」
「それからは、賞金稼ぎをしているという集まりに会って、行動をともにしていた。色々と問題はあるが、俺に出来る事なんてモンスターの討伐ぐらいなもんだからな」
「エステシャンは?」
「いらないとさ。こんな時代でこんな状況だからな」
そりゃ、暢気にエステなんて受けている場合じゃないわな。
「つーか、この世界に2年もいるのかよ」
「ああ。帰ろうと思えば帰れる。しかし、雇い主の神には悪いが、香川県がどうにかなるまでは、ここに残るつもりだ」
「入れ込んでいるね。もしかして、香川出身?」
「そうだ。俺の出身とは別の世界線らしいがね。この世界には、俺は元からいないのか、死んでしまっているのか、それはわからんがな」
なるほどね。
そういう風に目的を持って、異世界救済士なんてけったいな名前の仕事をしている訳か。
「君は、どのように死んだのだ?」
隣のバカが突然、口を挟んでくる。
「大型トラックの運転中に、事故に巻き込まれてな」
何故、エステシャンが大型トラックを運転していたのか疑問だが、バカが言葉を続けた。
「そうか。トラック転生か。僕も、トラックに轢かれそうになっている犬を助けようとして死んだよ」
バカにしてはまともな理由、なのだろうか?
「轢かれたのか?」
「いや、見事犬を助けて、トラックを躱したさ。だが、よく見ると犬ではなくビニール袋で、勢いそのままに消火栓に激突して死んでトラック転生を果たした」
「トラック、死因じゃなくね?」
それ以上に、頭と目のどっちが悪いんだが。両方か?
「だが、トラック転生を言われたし、そうなのだろう」
「鵜呑みにしているんじゃねーよ、バカ」
何を素直に受け取っているんだか。
「だから、バカと馬鹿にするな。君はどうなんだ!?」
バカが声を荒げる。風呂場だから、随分と響く。
「トラックをよけて、鉄骨の下敷きになって、落雷に撃たれた」
「どんな偶然だ!どんな☆の下に生まれたら、そうなるんだ!」
「知らねーよ。犬とビニール袋間違えるよりましだろうが」
「落雷に撃たれるまでよく生きていたな……」
藤崎さんが、どこか呆れたように言う。
俺だって、不本意な死に方だった。
大学に入ってまだ、一年も経っていないし、バイトだってあるし、将来やりたい仕事もあった。それでも、死んでしまったことは事実だ。不本意ながら、カトリーヌ・大塚に傭われてしまっているし。一体、どうしてこうなったのだろうか。
「異世界救済士ってなんなのだろうな」
思わず呟いた。天井を見上げると、タイルに水滴がくっついて、時々垂れてきている。
「俺もよくわからないが、チャンスだと思っている」
「そうだな。君とは、目的が違うようだだチャンスだ」
藤崎さんとバカが続けて言う。
チャンスね。
「俺は、一度は捨てた故郷を助けることが出来る……誤魔化しかもしれないが、死んでも役目があるってことは幸せじゃないか?」
藤崎さんは、どこか感慨深げに言った。
「そうだ、僕たちは選ばれたんだ。人々を救う役目を担っているんだ」
バカが、何の根拠があるのだが、恥ずかしがりもせずに、堂々と自身満々に言った。
だったら、何故アプリに、世界を洪水で滅ぼすスキルがあるのか疑問だが、黙って二人をみる。
「君は、成り立てなのだろう? だったら、いろんな世界に救済に行くと良い。様々な世界で、僕たちはヒーローになることが出来る」
「ヒーローねぇ。柄じゃねぇな」
ちっちゃな頃に憧れたのは、建築家。それは変わらず、だから、建築系の学部にも入ったんだけどな。
しかし、ヒーローねぇ。本当に、柄じゃないな。




