第22話 好きな物を頼もう
「日本の食糧自給率がいくつか知っているかい? 」
「4割ぐらいだっけ? 」
いつか見たニュースの数字を思い出しながら知事に答えた。確か、社会の授業でもやっていたかな?
ちなみに、知事の名前は福井浩二さんというらしい。香川なのに福井だ。
全然知らなかった。いや、東京都知事ならともかく、都道府県の知事はなかなか知る機会もないしな。
「カロリーベースでは、4割を切っているよ。そして、香川県の食糧自給率は、日本の平均値よりも若干下回っている」
随分と衝撃的な数字だ。単純計算で、6割の人口が餓死する。いや、その数字も現代農業をやった上での数値だ。まともに対策しなければ、さらに自給率の数字は下がるのだろう。
「そんなに? まぁ、面積も小さいしな」
「ああ。だから、とにかく食料増産を急いだよ。今は何とか、気候が良いのもあって米と小麦は、来年にはほぼ自給できる見通しだ。だが、肥料は化学肥料がないから堆肥頼みだ。家畜の数を増やさないと堆肥の原料が少ない。堆肥が少なければ生産量も上がらないと、かといって飼料が足りないわけで、ジレンマがある。それに野菜は生産できる種類も限られるし、今では肉と言えば、卵を産み終わった廃鶏が出回っているぐらいだよ。食料事情は厳しいね。香川県は異世界転移に向いてない県だよ」
「廃鶏か。固そうだな」
「いや、意外とかみ応えがあって、味わい深い。そういって売り込んでいるよ」
知事は少し微笑みながら言う。
「良い言い方したらだろ」
物は言い様とはこのことだな。
「なるほど、食糧増産のために、奴隷つーか移民を受け入れたってことか」
「その通りだ。タダでさえ、少子高齢化が進み、農業からは若い人が離れて言ってたからね。もっとも、転移後に農業だけじゃなく一次産業に従事する若者は激増はしている。こんな状況でなければ喜ばしいことなんだがね。それでも、マンパワーが足りないから移民に頼っている。法整備はまだまだだが、いずれは条件を満たした移民にも選挙権をなんて声もあるね。外国人に選挙権というのは、やはり抵抗勢力があるから難しいかもしれないね。移民の時点で外国人か否かという議論もあるがね」
「選挙権ねぇ。国民になら当然で、外国人ならノーかな」
物の道理としてそうじゃないかと思っているだけだが。
「政治のこと、しっかり考えていてくれているのかい? 」
「一応、18歳で選挙権はあるし」
生前は、まだ選挙に行く機会が無かったが。一応、どこの候補が何を言っているとか、どの党はどうだってことぐらいはそこそこ把握しているつもりだ。
「そうなのか? 」
「法律変わったから。そーか、その前に転移したのか」
最も、パラレルワールドも同じように法律が変わっているかわからないが。
「ふむ。なるほど。そういった議論はあった気がするが、法改正されたか。食料、エネルギー、移民の問題ばかりで、選挙なんて構っていなかったな」
「しゃーねーよ。つーか、知事って転移後に選挙で選ばれたのか? 」
「いや、転移前に選ばれたよ。選ばれて間もなく地震が起きて転移していた……我ながら十全でなく情けないがね……」
「よく知らないが、やっているほうじゃねーの? 行政が潰れたら完全に無法地帯だと思うぜ? 」
「ありがとう。さぁ、遠慮せずに食べなさい」
そう勧めてきたのはうどんだった。場所は県庁の近くの商店街で店を出していたワゴン車の屋台だ。電気のライトは使って折らず、提灯にろうそくを灯していた。
知事の案内で来た場所は、料亭などではなかった。
いや、料亭で豪勢な食事しながら、あんな話していたら、微妙な気分になっていただろうけども。
「ここは行きつけでね、うまいよ」
「……どうも」
釜玉うどんの器を持って、うどんをすすり出す。
小麦の風味が良く、鼻の中を優しく通り抜けていく。
何よりも麺のコシが段違いだ。
そして、ツルツルの麺故にのどごしも最高に良い。
いりこだしのシンプルで奥深い味わいと醤油の風味も、どんどん食欲を……食欲を……そそらない。
いや、旨いが、流石に飽きた。
飽きたが、隣でニコニコとうどんをすする知事を見ていると何も言えなかった。
……香川県民は、県外人には、とりあえずうどんを勧める習性でもあるのだろうか。
「なにかね? 」
知事の隣でうどんをすすっていた秘書のおっさんが、無線機らしきものを手にとって会話を始めた。幾つか話しているが、俺はすでに頭も腹もうどんで一杯だった……。
「……判った。すぐに対策本部に戻ります。知事! 」
「……出たか」
何の話だろうか? 二人の声からは、緊迫感が伝わってくる。緊急事態だろうか?
「はい。ターゲットです」
「わかった。すぐに戻ろう。そして、愛本君」
知事がこちらを向いて、厳しい表情を見せる。
「なんだよ?」
「できれば協力して欲しい」
俺の仕事というか、おつかいは、ほぼ終わっているはずだが……うーん、断りにくいな。
なんとも言えない気持ちになりながらも、うどんをすすりながら、俺は頷いた。




