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第19話 拳を交えよう

 何故だろう?

 何故か、香川県知事、いや、国王だっけ? でも、さっき、秘書は知事って言ってたな。

 いや、呼び名はともかく、何故に知事が戦うのか?

 武闘派なわけ?

 まさか、サドンデスマッチで生き残った奴を知事にした訳じゃないだろうな。


「さぁ、来い! 」


 知事は、気合い十分な声で言った。

 とりあえず知事は、両手で構えて、クイクイと右手で挑発してくる。左手には脱いだ上着。

 この流れは、行かなきゃ駄目なのだろうか?

 ふむ、上着で炎を払いつつ、近接戦闘に持ち込む気だろうか。だが、それをこっちが読んでいることも向こうは承知しているのではないだろうか。

 しかし、いくら何でも知事を燃やすのはいいのだろうか。否、駄目に決まっている。そんなことをすれば、今度は俺が賞金首になり、ヒャッハーなおっさん達に狩られる可能性もある。


「あー、話きいてくれねぇ? 」


 ダメ元で聞いてみる。今更、戦いませんなんて通る気もしないが。


「君が何者かは、後で問いただすとする。私を守ってくれる自衛軍の皆のためにも、私は退くわけにはいかない! 例え倒れたとしても、第2、第3の私が選挙で選ばれるだろう」


 随分と凛々しく知事は語るが、後半、なんだか魔王っぽい台詞だな。


「政治家とは思えない根性だな、おい」


 しかし、こうもしっかりしているなら、投票したくなるかな。特にこんな、先の見えない異世界に転移しようものならな。

 俺は、戦いの回避をあきらめて、両手にそれぞれ意識を集中する。

 炎のイメージだが、凍り付くほど冷たい炎のイメージ。

両掌に、野球ボール大の火球ができあがる。

 アンダースローから、右手の火級を投げた。予想に反して、知事は軽いフットワークで避けて、避けながらこちらに接近してくる。外れた火球は、知事の机にぶつかり火が飛び散って燃え上がっていく。

 さらに、俺は左手の火球を投げつける。

 今度は、知事は、左腕に上着を巻き付けて裏拳で火球を弾き飛ばす。今度は、火球は壁へと飛んでいき、壁を燃やしていく。


「マジか!? 」


はじかれるのは予想外だ、あの上着、なにか細工があるのだろうか。

 そうこうしているうちに、知事が間合いを詰めてきて、右のジャブが顔面に飛んでくる。俺は、少し後ろに退きながら、額でそらすように受け止める。固い拳を受け止めた後に、拳が滑っていく予定だったが、知事は直ぐさまに拳を引っ込める。引っ込めた瞬間に、上着を巻き付けた左腕のフックが飛んでくる。それは、今度は右手でガードしつつ、後ろへと飛んだ。

 あのフットワークと、パンチの威力、ボクシングか?

 ガードした右手が痛みとしびれが感じられる。

しかし、戦う知事ね。これぐらいでないと、異世界転移した香川の知事なんてやってられないってことかね。うーん、でも釈然としない。知事っていうのは、公の場で長々と話しているような勝手なイメージしかないもんな。


「どうした? その程度か? 魔法に頼りすぎているのではないか? 」

「確かに、最近、面白くてアプリ頼みだったわ」


 そう言って、俺は構えながら接近する。右手で振り上げるようにパンチを繰り出して、予想通りに、知事は上半身だけを反らして避ける。

 次は、左足で、ローキックを知事の足に放つと、一瞬、知事の動きが止まる。さらに、右手でストレートを打つ。今度は知事のボディに入ったが、随分と腹筋が固い。

 さらに、パンチを当てた瞬間に、知事のアッパーが俺の顎に入った。思わずよろけて、後ろへ下がる。クソ、左手のガードが甘かったか。

 やべ、頭がくらくらする。十分な姿勢で無かったから、威力がそれほどでもないだろうに、それでも、十分に痛む。


「喧嘩慣れしている程度では、負けんぞ」

「うるせーな」


 確かに、俺は喧嘩慣れしている程度か。

 いや、別にヤンキーだったわけじゃないが。

 相手は、完全にボクシングやっている動きだもんな。つーか、ボディに思いっきり打ったのに、効いてねーし。どれだけ腹筋鍛えているんだよ。

 再度、間合いを計りながら、お互いに接近する。軽いフットワークから、ジャブが連続して撃ち込まれてくるが、それを両腕で逸らすように防御していく。こっちの狙いは、ただ一つ。そして、それだけは察されないようにしなければならない。

 一分も経過しただろうか、それとも、まだそれほど経過していないのか、むしろ過ぎてしまったのか。集中しすぎていたのか、時間の感覚が狂ってくるほど、相手の攻撃は素速く鋭い。

 知事が、好機と見たのか、右ストレートを打ってくる。

 ここだ。

 左手で右腕をつかんで、右手で襟をつかみ、一気に引き寄せながら体を相手の後ろに向ける。そして、投げ飛ばす。

 一本背負いだった。

 投げ飛ばされた知事は、とっさだったのに、両足を床につけて受け身を取っているが、さらに俺は、寝転んで、腕ひしぎをかける。


「む! 」

「おらぁ! 」


 三秒も経っただろうか、俺の足に知事がタップする。

 一応、ゆるめるが、技はかけたままだ。


「わかった……話を聞こう」

「本当だな? 」

「本当だ」


 さっきからの態度を見て、信用は出来るだろう。俺は腕を放して立ち上がった。知事は右腕を押さえながら、立ち上がる。

 結局、決まり手は腕ひしぎか。


「知事! 大丈夫ですか! 」

「大丈夫だ。彼の話を聞こう。実際に敵意は無いと思う」


 秘書が駆け寄ろうとするが、知事はそれを手で制した。敵意を計るために自分で戦ったわけか。体張りすぎじゃね?


「魔法を使えば、いいものを、使わなかったね」

「魔法頼み云々言われて、カチンときてさ」

「なにかやっていたのかね? 」

「お袋に護身術と偽られて、あれこれをかじった」


今更ながら、何故に、おふくろは護身術と偽ったのか。

 さて、知事との戦闘はこれで終わりでいいのかな。

 火球が当たったところは、先ほどと同じように霜が降りて、凍てついている。しかし、先ほど炎を食らって凍てついた警備員はまだ寒そうだが、ようやく動けるようにはなっているようで、こちらの様子をうかがっている。

 まぁ、炎で凍らせた種明かしは後々に。


「さて、色々と説明してくれるかな? 」

「そうだな」


 そういって、俺は、いつの間にやら倒れたソファを起こして座ったのだった。

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