第1話 面接を受けよう
俺は気が付くと、見知らぬ場所に座っていた。
周りを見渡すと、木がいっぱい生えている。ここは、森だろうか?
ひたすら木が見えるだけで、木々の隙間から青い空が見える。
「なんだここ?」
思わずつぶやく。
いや、確か、俺はバイトに向かっていた気がするが。
「ここは神域です」
必死になって記憶をたどっていたところに、誰かが声をかけてきた。思わず見上げると、一人の女がいた。黒髪に黒い目、歳は二十歳ぐらいだろうか。東洋人というよりも西洋人系の顔立ちのため、年齢ははっきりとは判断しにくい。森の中には似合わないフォーマルスーツを着ているのはどうしてだろうか。そして、喋っているのは日本語なのもどうしてだろうか。
だけど、微笑んでくるその様子に、何故か癒しではなく楽観的で能天気という印象が浮かんできた。
「誰だ? あんた?」
「私はカトリーヌ・大塚です」
謎の女の名前が胡散臭すぎるんだが。
からかわれているのだろうか。
そして、俺も名乗るべきなのだろうか?
「とりあえず、こんな場所で話もなんなので」
と促すので、とりあえずついていった。
だが、どうしてだろうか、何か大切なことを忘れている気がする。そう、この、なんというか、生死にかかわるぐらいの大切なことのはずだ。
森の中を歩いていくと、一軒の大きな和風平屋建ての民家が見えてきた。森の中に昔からあったかのように悠然とした様子だ。
促されて入ると座敷に通された。漢詩の掛け軸も飾ってある。なんて書いてあるかなんて俺の知識では読めない。
さらに促されて座布団に座ると、カトリーヌ・大塚と名乗る謎の女も対面して座布団に座った。
「では、この度は弊社の採用試験に応募いただきありがとうございます。私、面接を担当するカトリーヌ・大塚です。よろしく~」
……はぁ?
何の採用試験だろうか?
受ける予定も無いし、応募した覚えもない。これから行くのは冷食工場のバイトのはずで……そう、バイトに向かっていたはずだ。なのに、どうしてこんな場所にいるのだろうか。
「あ、ほら、自己紹介しなさい」
「お、おう、愛本恋太郎です……いや、待て」
「ん?」
いぶかしげに首をかしげるが、首をかしげたくなるのはこっちだ。
「意味がわからん。お前もここも、何だ? どういうことだ? 説明しろ」
「うーん。質問は後でお願いしたいけど、説明しようか」
腕を組んでクビを反対側にかしげつつ、カトリーヌ・大塚は言った。
「愛本恋太郎君、君はね、死にました」
「はい? いや、そんなわけあるはずが」
いやいやいや、そうだ、記憶がはっきりとしてきた。
確か、バイトに向かっていたときの事だ。信号待ちをしていて、歩こうとしたときに、強引にトラックが走ってきて、思わず後ろに退いた。丁度、その場所に鉄骨が落ちてきて下敷きになった。痛みよりも戸惑いと驚きのほうが大きくて、事態を受け止めていなかった。
だが、それで終わりじゃない。
さらに上空の黒雲より落雷が俺を鉄骨ごと貫いた。
一体どういう不運に見舞われればこうなるのか。
だが、これで、はっきりと思い出した。
俺はそうやって死んだ。
これでもかって言うぐらい徹底してやるあたりに何かの悪意を感じるが、ただ、ひたすらに不運が重なったのだろうか。そこまでしないと死なないのなら、俺の頑丈さにも呆れんばかりでもあるが。
「あー、なるほど。忘れていたわけね」
「そうだが……じゃあ、ここはなんだ?」
死んだらどうなるのか。深く考えたこともないことだ。何も残らずに消滅するのか。記憶が消えて輪廻転生するのか。それとも、天国なり地獄なりにいくのか。
「地獄か……」
「なんでさ!? 天国でしょうに!」
この訳のわからない状況が地獄以外になんだっていうんだ。
「つーか、採用試験ってなんだよ。俺は冷食工場にバイトに行く予定で、そっちは先輩に紹介して貰った派遣だから面接も何もないんだが」
「いやね、面接というのはね、異世界救済士の面接です」
「なんだ、その大げさな名前は? 」
「そうね、もうちょっと説明しようか。私はね、上位次元生命体と呼ばれるもので、下位次元から言えば神みたいなものです」
こんなアッパー系の女が神?
やっぱり、地獄か。
カトリーヌ・大塚は、うんざりしている俺に何か不満げだが、説明を続けた。
「そして、異世界救済士とは、神に傭われて異世界に派遣され、救済の奇蹟を起こすお仕事です」
「何故に、わざわざそんなことをしなくちゃならない」
「それは、神は姿形、名前を変えて、無数に存在する世界線で信仰されていてね、信仰されればされるほど神としての格が上がるからです。その信仰を得るために、救済の奇蹟を起こして貰うのです」
「自分でいけよ」
「神はね、直接下位次元に干渉できないので、救済士を派遣するわけなのよ」
言わんとすることは判らなくもないが、何故俺がしなければならないのだろうか。
やっぱり、地獄だろ、ここ。
「つーか、誰がそんな事を決めて、なんで俺なんだ? 訳がわからん」
「うーん、それは上に聞いて」
「上ってなんだよ」
「上は上です」
なんだその説明にならない説明は。
「とにかく、君がここに送られたのもそういうわけです。トラックで死んだ人はトラック転生を果たすのよ」
「俺の死因にトラックは、そこまで関係ないんだが」
「ここに送られた以上はトラック転生のはずです」
「強引すぎるだろ。つーか、そこはラノベ的には神様の手違いとかじゃねーの?」
「私は関係ないよ? 君が死んだのは君が不運と踊ってしまっただけだよ?」
「漫画から引用しているんじゃねーよ」
本当に、ここは何なのだろう。そして、こいつは一体なんなのか。
「とりあえずね、面接の続きします」
「だから、強引すぎる」
強制面接ってどういう事だよ。上がどうこうなんてあっても、俺は救済士なんてけったいな名前の商売を始める気がないんだが。
「まぁ、雇う前提で形だけだからさ、つきあってよ」
「はぁ……どのみち、採用されること前提なわけか?」
状況が受け入れられないというか、飲み込みきれないが、とりあえずつきあうべきだろうか。
「では、早速ですが、異世界救済士に応募した理由は?」
「特にない。全くない。いい加減に帰りたい」
「君、意欲無いよね? 形だけ受けて、実は他社にも応募しているんじゃないかな? これだから、若い人はさ、人格に難があるんじゃないんですか?」
形だけって言っておいて、人格否定の圧迫面接? どういうことだ?
「まぁ、とにかく、次に、長所と短所を述べてください」
「長所は度胸がある。短所は短慮なことがあるぐらいか」
要は向こう見ずなバカってわけだが、自分の性格なんてそう簡単に変えられるわけでもないし。
「やっぱり、君、この仕事に向いていないんじゃないかな」
「ねちっこいな、おい!」
「その言葉遣いもどうなの? ねぇ、まともな人生を送っていないんじゃないかな?」
粘着質なクソ上司ってこういう奴なのだろうかな。就職したことは無いが。
「今まさに、ろくでもない輩に絡まれているな」
「……コホン、これにて面接を終了します。本日は採用試験にお越し頂き有りがこうございます。では、結果ですが、厳正なる選考の結果誠に残念ではありますが、今回は採用を見送らせていただき」
「帰るな?」
そう言って、遠慮無く立ち上がると、カトリーヌ・大塚は慌てて立ち上がった。
「イッツジョーク! いやいやいや、形だけって言ったし、他に応募者がいないから採用するしか無いし!」
「だったら要らんボケかますな! 名前からして胡散臭いし、何なんだよ一体!?」
「名前を弄るな! そういう君も今どきのラノベにも登場しないような恋愛太郎じゃんか!」
「やかましい」
さらに遠慮無くカトリーヌ大塚の顔面を力一杯つかむ。
「痛い痛い痛い! ギブギブギブ!」
「いいか? 二度とその名前で呼ぶな?」
その名前は、大昔からからかわれた過去がある。誰だろうとその名前で呼ばせるわけにはいかない。
「いいから、緩めて!」
「するなよ?」
「わかった、わかったから! 緩めて、割れるって! 潰れるって! やーめーてー!」
ようやく離してやると、カトリーヌ・大塚はこめかみを押さえながら、おーいてーと呟いている。
「はい、とにかく、採用です。最も、送られた以上は誰であっても雇うしか無いんだけどね」
「だったら、要らん面接なんざしてんじゃねーよ」
「いやさ、せっかくスーツも着たし、一度は面接ごっこしてみようかと。いやー、スーツって肩凝りそうで面倒だね」
しょーもなさ過ぎる理由だった。
そして座敷から居間らしき部屋に案内される。居間にはコタツに薄型テレビ、空気清浄機にパソコン、据え置きゲーム機なんかが置いてある。本当に、ここって神域とかいう世界なのだろうか。
「というわけで、基本的にここで待機してもらって」
と口を開いたと事でジリリリリと音がなる。カトリーヌ・大塚ははいはいと小走りで古くさい固定電話に出ると。
「はいはい。え、うどん? うどんか。うーん、うちはやってないけど、え、ほうほう、なるほど。オッケ! 」
なにやら頷き始める。何だろう、うどんとか聞こえたが出前の間違い電話だろうか?
受話器を置くと同時に。
「早速ですけど派遣ですね。いってらっしゃい」
「どうやって? どこに? 」
「こんな感じ」
そう尋ねた瞬間に、床がスライドして現れた穴に俺は落下していた。
「てめぇぇぇ、このヤロウォォォォォォォ!? 」