第16話 相談しよう
相談室の中もうす暗い。デスクスタンドがあちこちで使われて、手元だけ明るく、窓はカーテンを全部開けはなっているため、太陽光が入ってきてはいるが、もうすぐ夕暮れになるからさらに暗くなるだろうか。
どのみち、うす暗いから、目が悪くなりそうではある。
壁には節電、節水、と手書きの張り紙があちこちに貼ってある。エネルギーも資源も不足して、魔石に頼っていると。日本というのは、やっぱり輸入に頼っている国なんだなと妙に感慨深くなる。
「名前は愛本恋太郎」
「アイモトレンタロウさんね。字は? 」
相談員のおっさんが、何かの裏紙らしきものにメモしていく。使っている鉛筆も持ちにくいぐらいまで短くなっている。筆記用具も貴重なのだろうか。
「愛するの愛に、本。下心の恋に太郎」
「愛本、恋太郎……ん? 」
相談員のおっさんが、字を書いてから一瞬動きが止まり、二度見してくる。
うるせぇ、キラキラネームだからってなめんなよ。
俺なんて、読めるだけ、まだましな方だろうが!
まかり間違っても、小学校の担任みたいに恋なのにラブ太郎とかおかしな読みするんじゃねぇぞ。
「本名です」
気持ちを抑えつつ、とりあえず、財布から修得したばかりの自動車運転免許証を差し出す。名前はともかく、相変わらず、目つきの悪い自分が写っている。
「あ、いえ、そういうわけでは」
相談員のおっさんは、そう言って誤魔化すように咳払いをした。
そういうわけだろうが。
「では、どこに転移したのです? 」
「さぬきの海岸です」
「転移するまでは、それまで、どこにいましたか? 」
「福井です」
「福井からこちらに? 場所が離れてますね」
「ええ。自分でも判りませんが」
一応、嘘ではない。嘘ではない。間に、死亡と召喚とフェニックス国のことが抜けているけどな。とはいえ、嘘ではないなら良い訳でも無かろうにな。
「ええっと、では、どんな状況で転移しましたか? 」
「道を歩いていたら、突然。そうとしか言えませんでした」
正確には、道を歩いていたら突然信号無視のトラックに轢かれたが正しい。
「なるほど……香川が転移した時とは状況が違いますね」
「こちらはどういった様子だったのです? 」
「小さな地震が長く続いたかと思ったら、いつの間にか……何とも不思議なことですけどね」
ふむ、地震が起きて転移か。転移に伴う地震だったのか。そもそも、何故、香川だけ転移したのだろう。
香川だけを召喚した?
ありえるのだろうか?
しかし、相談員のおっさんは、それ以上のことを知っている様子もないな。
「ちなみに、地球はどうですか? 日本はどうなってます? 香川が無くなってどうなりましたか? 」
矢継ぎ早に質問してくる。もしかすると、元の地球になにか未練でもあるのだろうか。おっさんだけでなく、家族と離ればなれになったなんてことも、珍しくないだろうし。
「いや、俺がいた日本では、香川があった」
「そんな、だって、現に、香川がこちらに転移しているのに」
「俺もそれは不思議です。こっちにも香川があるなんて……」
本当はパラレルワールドらしいけどな。
「そうですか。いえね、娘がいるんですが、東京の大学にいまして。連絡も仕送りも出来ない状況なので、無事でいるかだけでも知りたい物でして」
そう言って、相談員のおっさんは、眼鏡を外して眉間を押さえる。色々と思い出が溢れてきたのだろうか。しかし、仕事中だと思い出したのか、改めて姿勢を正して俺にむき直す。
「失礼……ひとまず、状況はわかりました。すみませんが、課長にもう一度おなじはなしをしてもらえますか? 私だけではなんともできませんし」
「あ、はい」
いや、これ、たらい回しにする気ではないだろうか。おっさんが困惑しているのがはっきりと判る。
「その前にお手洗い良いですか? 」
「いいですよ。部屋から出て左に案内があります。節水のために使えない便器もあるので、注意してください」
「わかりました」
そう言って俺は、相談室から出てトイレに向かい、そのままスルーした。行き着く先は、非常階段だ。
「スパイにでもなった気分だな」
呟きながら、非常階段のドアを開けた。




