第9話 苦情を言おう
「はぁはぁ」
海水を吸って衣服が重い。
海水が冷たく、体の芯から冷えていた。
体が寒さで震えている。唇が青くなっているかもしれない。
この異世界では、泳ぐ時期じゃないようだ。今、何月なのだろうな。
ザブザブと海水をかきわけながら歩き、浜辺にあがった。
炎を出して、適当な流木を燃やしながらたき火を作り出し、ポロシャツを脱ぎ、絞っていく。ジャブジャブと海水が絞られていく。
あとは、適当に拾ってきた流木に服を引っかけていく。しかし、俺も、ジーンズで良く泳げたな。
しばらく、火にあたっていた。
自分の出した火に、自分であたるのもなんだか妙な気もするが、体は温まっていく。服はまだ、全然乾かないが。
一段落してきたところで、着水しても落とさなかったスマホを手に取る。落としていたら、どうなっていたことか。
ちなみに、モーニングスターは落とした。もっとも、あんな重い物を持って遠泳なんて出来なかっただろう。全く、一切使うことなく、手放してしまった。
スマホで、ポンコツ神もとい、カスタマーセンターにつなげる。
「テメェ、本当に巫山戯るなよ!? 」
スマホ越しに、ポンコツ神に怒鳴った。なぜ、スキルアプリだと電池消耗するなんて重要な情報を言わなかったのか。
「でもね。説明書を読まない君に問題があると思うんだ」
カトリーヌ・大塚はシレっと言い放った。ほう、非を認めないつもりか。
「電池∞なんて、そのまま受け取るに決まっているだろ。∞じゃないだろうが」
「そんなこと言ったら、ウグイスパンにウグイス入ってないじゃん。カッパ巻きにカッパ入ってないじゃん。犬走りに犬走ってないじゃん。孫の手って孫じゃないじゃん。南蛮漬けに南蛮入ってないじゃん。モンブランって登頂できないじゃん。ムーンウォークって月でやらないじゃん! 」
「なんだその屁理屈は!? 」
物の名前にケチつけ出すな。
「清純派って、出演している時点で清純じゃないし、素人ものって素人じゃないじゃん」
「そこには触れてやるな! みんな判っていて、あえて言わないだけだからな! 」
「カレーパンにカレー入ってないじゃん! 」
「カレーパンにはカレーが入っている! どう考えても入ってる。何故例えに出した!? 」
カレーパンにカレーが入ってなかったら、ただの揚げパンだろうが。
「コホン。とにかくね、私が言いたいのは、説明書を読まないで始める人が悪い! 」
確かに、ゲームでも家電でも説明書を読まないタイプではあるし、使いながら覚えるタイプであるが。でも、世の中、そういう人間の方が多くないか?
「知ってて説明しない奴が悪いわ! どうでもいい情報をウィキで拾ってくるぐらいなら、先に説明できただろうが! 」
香川とうどん情報の大半がいらなかったはずだ。
「いや、私は、知る機会を設けた以上、悪くない! プンプン! 」
「プンプンとか態とらしいわ! 可愛くねぇんだよ」
「女子にむかって可愛くないって酷い! うわーん、恋愛太郎がいじめるよ」
「やかましいわ。こっちは、異世界救済士だかなんだか知らないが、初心者なんだよ! お前が説明せんでどうする!? 」
本当に、どうなっているのかと。こっちは、一切、承諾もせずにやっているというのだ。
「初心者こそ、説明書を読むべきだと思うな! 何でもかんでも人の所為にするんじゃありません! 」
「また、そこに戻るのか!? このアマァ! 」
「あーもー。水掛論だし、一旦休戦! 」
うーむ、確かに、話が前に進まない。俺も、火にあたって、体を乾かしたい。いや、海水で潮臭いから、水を浴びたいな……。
「君がずぶ濡れだけに、水に流そう! 」
「おう、上手いこといったつもりか? ドヤ顔しているのか? 誰のせいでずぶ濡れになったと思っているんだ? やっぱり、お前が悪い! 」
しょーもない発言に、ちょっとイラッとした。
「なんだと! 人が下手に出て上手いことを言ったのに! 」
「五月蠅い。下手くそ! 」
「下手って言うなー! 」
結局、服が乾くまで言い合いは終わらなかった。