プロローグ
人には役割がある。
例えば、学生だったら図書委員や生き物係であったり、受験生なら受験勉強であったり。社会人となれば、新人であれば、一日も早く仕事を覚えること、先輩なら、新人に仕事を教えること、社長なら会社を引っ張っていくこと。親になれば、子供を育てなければならない。
警官だったら、犯人と対峙しなくてはならないこともあるだろう。
教師だったら、生徒を守らないといけない。
作家だったら、締め切りを守って、名言を考えなくてはならない。
音楽家だったら、音楽を作り上げないといけない。
名は体を表すの通りに、その名前にあった役割が存在する。無論、役割を放棄することだってできる。しかし、その役割が必要であれば、なかなか放棄できないだろう。ただし、必要なのが自分にとってなのか他人にとってなのかでも、状況は違うだろう。
人には役割がある。
きっと役割がある。
絶対に役割がある。
取るに足らない役割かもしれないし、重大な役割かもしれない。
それでも、役割がある。
役割があるということは、その役割を果たすべきなのだろう。どんな些細な役割でも、果たすべきなのだろう。
それが、例え、冷凍食品工場のアルバイトであっても。
いや、別に行きたくないわけじゃない。アルバイト先の人も悪い人はいない。それなりにいい人もいる。
ただ、寒い中で永遠と単純作業をするのが退屈なだけだ。今、お前はこんな事をするべきなのかって問いかけたくなるだけだ。でも、実際問題、それ以上に重要な役割なんて今の俺にはない。
今日は、朝の目覚めは良好。
大学に通うために住みだしたアパートの一室にも最近は慣れてきた。大学の友達も新しく出来てきたし、講義の内容にも慣れてきた。最も、履修の必要単位がなんなのかはよくわからず、サークルの先輩に頼ったりもした。
バイトまで時間があって、テレビを見ながらダラダラと過ごしていた。普段なら大学で講義を受けているが、今日は土曜日だった。
時刻も出発に迫っていたので、立ち上がって玄関に行くと、郵便受けにはチラシのたぐいがいつの間にか突っ込まれていた。あんまり溜まっていると家が留守だと思われて、空き巣に狙われるという忠告に従い、チラシを大雑把に引き抜く。
ダイレクトメールに、家庭教師のアルバイトの知らせ、派遣のバイトの知らせ、町内の行事の知らせ、電気料金の知らせ、等々、そんな中に1枚、シンプルな紙が混ざっていた。
世界を救いませんか? 急募異世界救済士 若干名採用予定 時給780円より
・未経験者歓迎、先輩が優しく指導します
・やる気、熱意さえあれば、誰にでもできる仕事です
・週2回3時間からOK
・とても風通しがよく、笑顔の絶えないアットホームな職場です
・若い仲間が、がんばっています
・年齢に関係なく、頑張りに応じてドンドン昇給します
「なんだこりゃ? 」
一つだけ妙なチラシを見つけた。求人チラシのようだが内容はブラック企業じみたうたい文句が白の背景に明朝体でタイプされていた。今どき、こんなけったいな宣伝で人が集まるわけもないだろうに。しかも、文字だけでイラストや写真すらない。宣伝費を徹底的にケチったに違いない。
これは所謂、ブラックバイトって奴だろうか?
「異世界救済士? 」
そんなものは、18年生きてきて一度も聞いたことがないし、この先も聞く予定の無い言葉だ。もしかすると、これは宗教かなにかの勧誘なのだろうか。もしくは、誰かの悪ふざけか。
「ま、いいや、どうでもいいし。バイトバイト」
と俺は玄関にチラシを放置してアパートを出たのだった。
今の自分に与えられた些細な役割を果たすために。
ただし、それが運命の変わり目とも知らずにね。