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遠足大事典 -Ensoyclopedia-  作者: あうすれーぜ
~ 前日編 サスペンスパート ~
6/21

持ち物 6  必殺技

  9月22日 月曜日 3時限目 体育




 運動会は、こんどの土曜日。


 練習にはさらに熱がはいって、体育の時間も増えてきた。

 本当なら、ここは算数のはずだったが、どうも運動会の練習のために、あらかじめ授業を早めに進めておいたらしい。


 体育をこよなく愛する乙乎おとことしては願ったりかなったりだ。

 さすがに、国語まではつぶれてくれなかったので、心の中がお祭りさわぎというほどにはならなかったが、それでもまあ、そこそこワッショイな気分だった。


 そういった事情もあるし、きのうまでの作戦にかなりの手ごたえを感じているということもあるし、で。


 組体操、ピラミッドのてっぺん。

 雲ひとつない青空をいっぱいにほおばってあたりを見渡し、乙乎は大岩の上に立ち上がって公園中を眺める練習をついついやっていた。


 このピラミッド、あまり高く作るとあぶないので、九十九つくも市ではどの小学校でも、3人組でおこなう2段ピラミッドが主流になっているらしい。

 ただ、小さいものをちょこんとやったところで物足りないのはたしか。

 それで、今年は小さいピラミッドを連続して作るような構成に挑戦していた。

 3つの頂点をローテーションで担当して、不公平のないようにする。

 流れるような演技が美しい予定だ。本番では。


「……ん?」


 視線を移すと、ミカドがピラミッドを分解して、ほかのクラスメイトになにかしゃべっているのが見えた。

 相変わらずネクタイがバッチリ決まっている。

 体操服の色に合わせた、赤と白の市松模様。

 一列になったピラミッドの、2つ向こうだったので、話の内容までは聞こえない。


 しばらくすると、ミカドたちはピラミッドを作り直した。

 さっきまでよりきれいに仕上がっている。

 たぶん、位置や角度を調節するように言っていたんだろう。


 その一連の動きを、乙乎はじっと見ていた。


 そのあいだ、ずっとちょいワッショイ状態だったので、下から「早く降りろ」と言われた。




  9月22日 月曜日 18時25分




 友親ともちかの家から乙乎たちが解散したのとほぼ同時刻。

 ベッドスタンドの間接照明がほのかにともる部屋に、電話の着信音が鳴った。

 ミカドはコール2回半で受話器を取った。


「どうした、ソノタ!?」


 電話の向こうから、渋い重低音の声が聞こえてきた。


「ミカドよ……やつら、どうやらバナナの重要性に気づいたようだ」


 ミカドはソファーに腰かけ、猫をなでながらワイングラスをゆらした。


「そうか……だが、お前のその様子からさっするに、乙乎といえどもまだバナナの力の半分も引き出せてはいまい?」


「いかにも。それで、夕飯前にお前にかけたのはほかでもない。例の策の発動タイミングについてだ。予定どおりでいいのか?」


「ああ、変更はない。そちらも当初の計画のままで進めてくれ」


 電話を切ったあと、ミカドは牛乳を飲み干して含み笑いをもらした。


「祝日明けの水曜日……乙乎たちはさらに修業を積み、バナナの力を自分のものにしてくることだろう。だが、それゆえに、僕たちとの差がひらいてしまうことになるのだ……。

 2日後、やつは思い知る……バナナの真の恐ろしさをな……!」




  9月23日 火曜日 祝日 17時30分




 夕焼けにいろどられた友親の家の前の生活道路。


 住宅地と大通りのさらに奥から、刈り取られた田んぼのにおいがタタン、タタン、と電車のかすんだ音といっしょに風に乗ってやって来る。


 乙乎は少し腰を落として右手をバナナの軸にかけ、左手の指で先端をつまんで軽くつぶした。

 そうしてから布の筒のふち、安全ピンで作った返しの部分を握りこみ、針をバナナの皮に3ミリほど食いこませた。


 頭のはちまきが、秋風の心変わりをふと告げてくる――その一瞬!


 抜きはなったバナナは純白の軌跡と皮のみを残し、乙乎の手から消えていた。


 乙乎は手をゆっくりと後ろに回して、皮をあらたに取りつけたウエストポーチにいれた。


≪居合バナナ≫――!


 風が乙乎の前髪をとかす――乙乎はどこか横のほうに流し目を送り、つまらないものを切ったような無常感をただよわせてみた。

 キリッとしつつもどこかさみしそうな目元とは裏腹に、口はひたすらもぐもぐもぐもぐとバナナを咀嚼するのに忙しかった。


 やがて飲みこんでから近くの電信柱に向き直り、こぶしを胸の前にかざして勇ましそうな決め顔を作った。


「練習すれば実際にできるかもしれないから、これを読んでるみんなもやってみよう!」


「乙乎くんそっちに誰かいるの?」


 などと、そんなことを言ってるあいだに、友親が後ろからさっと出てきて胸の前で両手を交差させた。


 指にはさんだバナナを、一度に3本も引き抜く。


≪ガトリングバナナ≫っ!


 友親は先端だけ皮のむけたバナナをうまいこと口にほうりこむや、そのまま押しこみながら皮をむきつつ中身を完食した。

 それを、あっというまに3回繰り返すと、残った皮を腰の後ろのウエストポーチに突っこんだ。


 乙乎はひそかに胸をなで下ろした。

 理由は、バナナをいっぺんにたくさん食べてのどに詰まらせなかったから、ではない。

 友親が自分よりはるかに大人だからだ。


 友親は『舞妓ハザード』というガンアクションゲームがうまい。

 襲い来るゾンビやドラゴン、巨大ロボットなんかのモンスターどもを舞妓さんが二挺拳銃で華麗にやっつける感じのゲームだ。

 友親はそれの最高難度をクリアーできる。

 しかもやりこみ派。

 ノーコンティニューから始まりバズーカなし、回復アイテムなし、エレキ三味線による補助効果なしをそれぞれ成功させ、現在は飛び道具自体なしで初期装備の扇子ブレードのみの格闘戦縛り、というクレイジーなことをやっている。

 それよりも重要なのは、そのゲームがR12指定であること。

 けっこうグロイ。

 なのに、まだ11歳の友親は平気。

 それに、友親のバナナホルスターは、たぶんこのゲームから着想を得ている。

 弾薬ベルトの形なんかがまさにそれ。


 そんなわけでほっと安心した乙乎が神に感謝することがある。

 はるかなる友親を敵に回さなかったことだ。


 と、視界の端で夕闇の一部がゆらめいたと思ったら、あかね色の空に音菜おんなが飛び出した。


≪バナナスタッブ≫☆彡


 今の、光と影の対比で目がくらんだのか、その瞬間がよく見えなかった。

 もものところにしこんだバナナを暗器のように取り出して、最小限の動作でいつの間にか食べている。


 動きが少ないので、バナナを取り出すときのストレスやエネルギーの消費もほぼない。

 バナナは1本しか持てないが、そのデメリットを打ち消しているといっても過言ではないだろう。


 友親は初めだけヒャッホゥってなったが、すぐに顔をそむけて悔しそうに肩を打ちふるわせた。

 音菜はフレアスカートにスパッツを合わせていたので余裕でセーフだった。


「バナナホルスターを隠せてちょいミステリアス女子をアピール☆

 フェミニンなアタシとスポーティーなアタシのギャップで彼のハートを一突き♪

 その上お茶の間も安心の気配り上手っ!」


「なんか最近そーいう雑誌でも読んだのか?」


 友親は顔面にこぶしをめりこませられながら聞いた。


「おかーさんがお友達からもらったって」


 音菜はバナナの皮をウエストポーチに片づけながら答えた。

 このように、3人とも食べた後の皮をしまう入れ物を別に用意することにしていた。

 そのほうが、ゴミ袋を取り出す手間がはぶけるのだ。


 先述のとおり、ゴミのポイ捨ては禁止されている。

 具体的には、持ち主が最後に触った状態で地面についたゴミは、最優先で拾って片づけなくてはならない。

 また、ゴミ拾いを妨害する行動もしてはいけない。

 持ち主以外がわざと最後に触って地面についたゴミは、触ったものが拾いに行かなくてはならない。

 わざとでない場合は、持ち主が拾わなくてはならない。


 つまり、初めからポイ捨て自体をしなければいいだけのことなので、簡単に処分するための道具があれば解決する。


「これで作戦の土台は完成だ! バナナを制すものは遠足を制す!」


「おうよ、バナナは装備だ! 2人とも、ホルスターの手入れはサボるなよ!」


「えー友親くんに言われてもー」


「バッカ、オレはスッゲーマメだっての! 保育園のときにおみせやさんごっこで使った牛乳ビンのフタも現役だっての!」


「え、どんなふうに使うのそれ……」


「え、いや、家の手伝いとかすると、カーチャンが小づかいがわりにくれて、週に1回換金してくれるんだけど……たくさん集めるとその分レートがいいんだけど……あ、あれ? みんなん家じゃあ、そんなんやらねーの……?」


「やるわけないと思うけどー」


 必死の訓練と道具の調整を繰り返した結果、乙乎たちはバナナホルスターによる遠足術をついに体得した。

 一方で、そんな雑談を耳に流しながら、乙乎はふと胸騒ぎがした。

 一陣の冷たい風なんかも吹いた。




  9月24日 水曜日 4時限目 家庭科




 調理実習があって、そのまま給食になだれこもうという実に素晴らしいひとときだ。

 乙乎にとってここ最近の、運動会をはさんで遠足までの時間割は、もう盆と正月がいっぺんに来た上で今ならさらに! 抽選で20名様にクリスマスとこどもの日が当たりますさあこの機会をお見逃しなくっフリーダイヤル0120――


「いーから早く手ぇ洗えよ」


 ノリノリで調理室の壁に向かってポーズを決めていたところを友親にせっつかれた。


 まあそんなわけで、調理実習、『サンドウィッチとサラダとスープを作ろう!』が執り行われた。



 材料を紹介する。

 分量はいずれも3人前。

 ちょっと少ないようにも思われるが、給食もあるのであしからず。


・サンドウィッチ

 食パン(6枚切り) 3切れ

 マーガリン     パンの片面に塗るだけの量

 ロースハム     3枚

 スライスチーズ   3枚

 きゅうり      1本


・サラダ

 レタス       6枚

 トマト       2個

 サラダ油      大さじ1

 酢         大さじ1

 塩・こしょう    少々


・スープ

 水         300cc

 卵         1個

 コンソメキューブ  1個

 塩・こしょう    少々


 ※食材のアレンジや追加もOK!

料理の得意な人は、自分たちに出来る範囲でチャレンジしよう!



「じゃあ、乙乎くんがレタスちぎってるあいだにスープのお湯沸かすねー」


「まかせろおおお!」


「おいおい、水がすげー飛び散ってんじゃあねーか……よし! オレの超オリジナルアレンジサンドウィッチデラックスだ!」


 パンが3段がさねで、コンソメとドレッシング以外のすべての具材、それに友親の家から持って来た冷凍ハンバーグといわしの水煮缶まではいっていてゴージャス。

 ただしほかのメニューに回す食材も使い切った。


「友親くんのだけ具なしスープとトマトのヘタのサラダね」


 友親はちょっと泣きそうになった。




  9月24日 水曜日 給食




 食後、友親がデザートとかも作りたかったなどと言い出してきた。

 しかし、そんな材料は持っていない。


「……ん?」


 乙乎がプリントをおりがみにしてケーキを作ってやったところで、ふと横を見た。


 調理室のすみっこに、クラスメイトが何人か集まって、なにやらはしゃいでいる。


「うおー」「すげー」「やったー」


 そして、そのクラスメイトが取り巻くまんなかに、ミカドがいた。


「――!!」


 友親が椅子の上でガタァッとバランスをくずした。

 背中から床に転げ落ちて頭だけで逆立ちした格好のまま床をひたすら滑りたまたまドアのあいていた掃除用具をいれるロッカーに突っこんだ拍子にドアが閉まって中にあったほうきとちりとりとバケツとはたきと雑巾からご丁寧にあいさつをいただきやがてドアがもう一回ひらくやモップかなにかのしなりに弾かれて同じ姿勢のまま勢いよく吹っ飛びもとの椅子に背中から倒れてほどよくぴったりおさまった。


「大丈夫か、友親!?」


 友親は、落とした先割れスプーンを拾いながら起き上がった。


「ああ、なんとかな……」


 しかし、乙乎は友親本人よりもつらそうにうなった。


「くっ、そんなことが……」


 友親は「オレはケガとかしてねーよ」と言いかけたが、そうではなかった。

 友親が椅子から落ちる寸前に聞こえてきた、あの歓声。

 あの一瞬で、乙乎はすべてを理解した。


 乙乎は友親のほうではなく、前を見て言葉を続ける。

 

「マズイ事態だぜ……!

 ミカドはこの遠足、他のチームを味方につけるつもりだ!」

  ~ 次回予告 ~


速く、軽く、鋭く。

乙乎たちの作戦は完璧だった。

だが、ミカドはさらに、その上を行っていた――


悪魔の計画が、いまその全貌をあらわす!


次回、遠足大事典 -Ensoyclopedia-

持ち物 7  夢の対価


――箱の底に残っていたもの。それは――

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