持ち物 5 遠足用実芭蕉携帯装置
9月21日 日曜日 13時00分
六畳、板の間。
友親の部屋のど真ん中に、なにやらガラクタのようなものがうず高く積まれている。
牛乳パックにビールの王冠、プラモデルの外枠やガチャのカプセル。
ベルトやウエストポーチなどの小物や端切れなんかもあるが、どれも使いこまれてボロいものばかり。
横にはそれらのはいっていた段ボール箱が無造作に転がっていた。
そんな部屋のすみに勉強机や本棚、ベッドが置いてあるので、広さでいうとそんなに余裕はない。
しかもまだ全員そろっていなかった。
友親が昼ご飯をすませていなかったため、乙乎と音菜はガラクタをはさんで向かい合って座り、友親をじっと待っていた。
「…………」
二人とも正座して背すじを伸ばし、まっすぐ前を見つめてひたすら黙る。
そうしているうちに、階段をドタバタ駆け上がって短い廊下を滑る音が聞こえた。
「フッ。お前ら、待たせたな……だがオレが来たからには、もう安心だぜ!」
たぶんお腹いっぱいになったせいか、ちょっとハイになった友親が、遅れて登場したなにかのヒーローのようなことをしゃべり、親指を立ててニヤリと笑った。
どうやら、昼ご飯は焼きそばだったみたいだ。
「青のりとソースふいたら?」
「気にすんな。で、お前ら少しは作ったのか?」
音菜は首を横に振った。
「なんだよ。やけにおとなしそーな感じじゃねーか。じゃあなにやってたんだ? お見合い?」
「お見合いごっこー」
音菜が正座したまま両手を上げているのを横目に、乙乎はそろそろ足がしびれてきたので姿勢をくずした。
「話がお互いの趣味にまで進んだから『宅は犬がおりましてね食事のあといつもこちらに駆け寄って遊びをせがんできますのよオホホ』といったら乙乎くんが『奇遇でございますわね奥様わたくしもゴリラを放し飼いにしておりましてわたくしを遠くに見つけますと食事の途中でも口の周りベタベタのまま走って来て主人がよくするサムズアップの真似などいたしますのよオホホ』と返してきてそれなら二人で走って来るのをお待ちしましょうってことになったの」
「おう。人間関係がけっこう混み合ってんな。んでその犬とかゴリラとかって誰かモデルいんの?」
口元を手の甲でぐいっとぬぐって友親はどかっと腰を下ろした。
「ま、はじめっか。こーいうモノの中から使えそうなのあさろうぜ」
ついでにガラクタ山のてっぺんをちょいとたたいた。
こういうゴミみたいなものを、友親は捨てずにとっておく習性があって、まあ、たいていはなんの役にも立たずに忘れられていくというお察しのパターンなのだが、たまにはそんなこともない。
で、友親がたたいた拍子にゴミ(まだそうだと決まったわけじゃない)の山がガラッとくずれた。
まんなかの高いところだけがドーナツ状になだれ落ちて、床板が見えそうになったところでとまった。
そこにあったのが、いつもの冊子。
≪遠足大事典≫!!
ひらかれたページは後ろのほうの、メモを取るためのフリースペース。
えんぴつで図形がかいてある。
乙乎がきのう考案した、バナナを持ち運ぶ収納ケースの絵だった。
乙乎は、図工の成績はそれほどよろしくない。
この絵も、聡明なる読者のご高察どおりというべきか、あんまり上手ではなかった。
が、友親も音菜もそこには触れずにそっとしておいてくれていた。
そればかりか、がんばって考えたアイディアを積極的に採りいれて、ついでに「いいね!」が二人分つくくらいにはほめてさえくれた。
はっきりいって、乙乎には過ぎた仲間だった。
「そういえば、友親は夏休みの工作で『ヤルルト』とかの乳酸菌飲料の容器をやたら使ってロボットを基地ごと作ってたな」
乙乎は図案にしたがって、部品になりそうなポーチをひっぱり出し定規をあてがった。
「あーやってたやってた。『汁バニラ大家族』のおうちみたいだったねー」
音菜も革ひもを取り出して、輪っかをこしらえてみた。
「なんだったらあの容器まだあるぜ。押入れから持って来るか?」
友親は机の横から裁縫セットを持ち出して、牛乳パックをためしに針でつっついたりした。
「いやたぶんその出番はない」
「ちっ、在庫がはけねーぜ」
「ウチもおかーさんが小ビンとかハンガーとかいっぱい持ってるー」
9月21日 日曜日 17時20分
休憩をはさみながらも4時間ほど集中して作っただけあって、その日のうちに原型は出来上がった。
まだ改良の余地はあるだろうけど、きょうのところはこれでいい。
「名づけて『バナナホルスター 侍タイプ』!」
乙乎が腰に巻いたベルトは2重になっていて、うち1本はゆるめて少し垂らし、そこから布の筒を提げてある。
布は穴があいてダメになったウエストポーチの一部を縫い合わせたもの。
その筒を、刀の鞘みたいに使ってバナナを収納。
鞘は左腰に2本。
そして、鞘の口からは金属の針みたいなものが、魚の歯のように内側にフックしてちょっとだけ飛び出している。
「激しい動きをジャマしないってことなら、オレのほうがいっぱいはいるぜ! 『バナナホルスター アーミータイプ』!」
友親のは、ナイロンの布ベルトがベース。
それを肩から袈裟がけに巻く。
胸の前にはポケットとして、切り取った牛乳パックを重ねて貼り合わせ、たくさん縫いつけて機関銃の弾薬ベルトみたいにバナナを並べて収納。
バナナは全部で6本もはいる。
つまり友親はバナナを6本も食べて、その後にお弁当とおやつも平らげるつもりのようだった。
別に、友親は大食いキャラとかではないのだが。
「わたしのはちっちゃいけど、その分きれいに出来たよー。『バナナホルスター エージェントタイプ』!」
腰のベルトまでは乙乎と同じ。
音菜の場合は、そこから1本布バンドが垂れ、ももに巻く細い革ひもにつながっている。
バナナは革ひもにつけた外もものポケットに1本だけ収納。
ポケットは100円ショップで売ってた、腰につけるタイプの工具ホルダーを縫い直したもの。
余った布地は友親がもらうことになっていたため、代金は音菜と友親で折半した。
なので、友親は所持金がもう200円しか残ってない。
まだ明るいので、外に出てさっそく使ってみることにした。
装着感と実用性のチェックというわけだ。
バナナはきのうのうちに、少し買ってある。
きのうといえば、あれだけ暑かったのとはうって変わって、きょうは気持ちのいい秋晴れの空だ。
当日もこのくらいだと絶好の遠足日和だろうなと、乙乎は思いをはせた。
余談だが、友親はバナナ代をまだ出していないので、それも計算にいれると最終的に残り80円になる予定だ。
と、いうわけで。
≪バナナホルスター起動!≫
総員、ホルスターの装着。
確認次第報告。
収納箇所バナナ充填。
完了報告。
なお、音菜だけちょうどいい角度の西日に包まれて、戦うヒロインの変身シーンみたいな演出がはいったので、くるんと回ってきゃろーんと決めポーズをとった。
「今のうちに見ておきたいのは、バナナをつけた状態で走ってみることと、バナナを素早く取り出してみることだ」
とは言ったものの、前者については乙乎はそれほど心配していなかった。
実際、取りつけたバナナがおおきくゆれて重心がくずれることもなく、バナナが途中で外れてしまうこともなかった。
前後に振る腕や背中のリュックサックのジャマになることもなかった。
課題が出てきたのはバナナ自体の取り扱い。
これが意外にむずかしい。
バナナをホルスターから取り出して、それから皮をむいていくわけだが、そのときバナナに意識が集中してしまい走るのが遅くなってしまう。
だからと、走るのに一所懸命で皮むきに失敗してバナナが折れてしまったり、バナナそのものを地面に落としてしまったりしては、もっと時間のロスになる。
このままでは、作戦が頓挫してしまう。
それとも、練習を重ねれば解決するものなのだろうか。
乙乎は少し悩んだが、ふと、しゃがんでいる友親の様子を見て気づいた。
「あー、なかなか疲れるなー。いっぺんにいろいろやるとよー」
友親は、バナナの軸を人差し指と中指ではさんで、タバコを吸うまねをして不良っぽくくたびれていた。
――それだ……!
「総員、起立! 第三種遠足態勢!」
起立していないのは友親だけだったが、乙乎が腕を横に振ったのを見てからとりあえず立ち上がった。
「友親! いま貴様が指につまんでいるものはなんだ!」
「サー! バナナの軸であります、サー!」
友親は直立不動でタバコバナナ、略してタババナナをつまんだままの手で敬礼を取った。
「男子のノリって……」
音菜はなんだかよくわからなくてついていけなかった。
しかし、ついていけなかろうが乙乎の話は進んだ。
「友親! 貴様はバナナの軸のほうを持ち手側にして使ってみようぜ! 持ちやすくていいと思うよ!」
「サー! マジかよ鬼軍曹、よさげなアイディアっぽいな! サーすがだぜ!」
こうして。
バナナホルスターの起動方法が確立された。
バナナを収納するときは軸を上にしてポケットに差しこむ。
バナナを取り出すより前に、バナナの先端、つまり根元の軸のないほうを、指で軽くひねったりして、中身が傷つかないくらいにつぶしておく。
それからバナナを取り出すと、あとは皮をてきとうにひっぱるだけできれいにむける、という寸法だ。
もっと正確にいうと、乙乎のバナナホルスターだけは、収納口にちょっとした金属のでっぱり、釣り針でいう返しのようなものが取りつけてある。
バナナを引き抜くときにこの返しが皮をひっかいて、さらにむきやすくなるのだ。
これは便利。
根元の軸の部分から皮をむかないことにした理由は実験のとおり。
バナナがもしあんまり熟していない場合は軸が固くてむきにくいばかりでなく、急いでムリにむこうとすると皮があらぬ方向にむけてしまったり、中の果実が折れてしまったりする恐れがある。
また、軸をむかずにのこしておくことで、軸を補助的なハンドルとしても使える。
これまた便利。
軸だけをつかむというわけではなく、持つときに指を軽くひっかける程度の役割だが、なにしろバナナは走りながら食べるのが前提なので、うっかり手がすべってバナナを落としてしまうリスクを少しでも減らすことができる。
プロのマラソンランナーでも給水などを受け取りそこねて落とす場面は多い。
補給は死活問題であるため、すぐれた選手ほどその練習はかかさない。
「これでオレたちもすぐれた選手、プロの遠足士ってわけだな」
「いいや、これから地獄の特訓の始まりだ! あと2日で完璧に仕上げるぞ!」
「サー! そういや宿題やってねえ、サー!」
そう、あした学校が終わればあさっては秋分の日、祝日だ。
そこでバナナホルスターの調整と、バナナの扱いの練習をしようというのが乙乎の予定だった。
乙乎たちが夕日に向かってダッシュしているころ、その反対側、手に花束を提げた男が立っていた。
彼はゴツイ体格のスキンヘッドだったが、西日が頭に反射しないところにいたため、乙乎たちは彼には気づかなかった。
~ 次回予告 ~
逢魔ヶ刻を白刃閃き。
満ちるは月か。鬼の腹か。
宵の剣士は不敵に嗤い、太陽の実は闇に踊る。
次回、遠足大事典 -Ensoyclopedia-
持ち物 6 必殺技
――ラッキーアイテムは麩。アンラッキーアイテムはスパッツ。