持ち物 4 特異点
買ったレジャーシートは、音菜が持っていた。
長さ150センチの幅100センチ。
表が防水加工の布で裏地が保温の銀マット。
折り目がついていて、たたんで丸めて小さくできる。
その場合は直径15センチと高さ50センチの筒型になる。
そして、筒の横になる位置に持ち手が来て、かばんのように提げて運べる。
しかも軽い。
このシートは1枚で大人2人用らしいが、買う前に試しに広げさせてもらったところ、小学5年生なら3人座れることがわかった。
デザインも、赤と緑のチェック柄と、音菜の望む『キャラクターものじゃなくてかわいーもの』という条件をクリアしていた。
「これでわたしも、大人の仲間入りー」
「あー、お前がそう思うならそれでいいぞ」
総合的に見て、とてもいいものだったが、その分けっこういいお値段でもあった。
2380円は、音菜が預かっていた予算のほぼギリギリだった。
ともあれ。
本日のミッションのうち半分を攻略して、ほっくほくの顔でレジャー用品コーナーを後にした乙乎たち。
隣にある食品スーパーのほうに移って、お菓子売り場に突入する。
さらには安い駄菓子の並ぶ一角に狙いを定めた。
……わけだが、意気揚々とやって来ておいた割には、お菓子を買いあさろうという感じではなかった。
「スナック系はかさばるし割れるし、あんまり遠足向きじゃあねーな。チョコレートも外だと溶けちまうだろーし」
「基本だね」
モールの入口で乙乎が話したとおり、なにも先におやつを買いそろえなければならないわけではない。
きょうのところは持っていくおやつの種類や価格などを確認する、ただの下見の段階と考えて差し支えなかった。
その証拠に誰も買い物かごを持っていなかった。
「お、オレの好きなヤツ売ってるぞ。ひさしぶりに見るなー。あんまりよそで置いてないんだよこれ。あとあと売り切れてもイヤだし買っとこ」
友親がうれしそうに、プラスチック製の棒のようなものを手に取った。
ちょっと前に乙乎もはまった駄菓子、『ライトニングキャンディー』という飴だ。
パッケージが筒状、より正確にいえば小さいバズーカ砲みたいな形をしていて、その中に大きめの飴玉が“装填”されている。
外側には引き金もちゃんとついていて、バネ仕掛けで飴玉が一個ずつ飛び出すのだ。
レモン味とメロン味、それにソーダ味の3種類がまとめてはいっていて、さらにはどの飴玉の内部にも、炭酸ガスが混ざったパチパチはじける細かい飴が仕込まれているという、なかなかの手のこみよう。
ただ、そこそこお高いもので、1パックあたり飴玉が3個いりで150円。
バズーカのおもちゃはビー玉も飛ばせるくらいの代物なので、合計の値段としてはそんなものだろうが、飴玉だけで計算すると1個50円と、けっこう割高感はあった。
ともあれ、ほかのお菓子も見て回る。
「ねー、このスティックタイプのスナックとかどう? 『じゃがり棒』とかの。これならそんなに場所とらないしたべやすいよ」
「お、いいなそれ。まあオレは歩きながらならこっちの『酢こんぶグミ 納豆パウダー増量』を優雅にかじるけどな?」
「しぶいチョイスだねー友親くん。それ、バスの中であけないでね」
規定によれば、おやつはシートの上でなくても、食べていいことになっている。
ただ、もちろんというべきか、細かい条件づけがされている。
『おやつは道中に於いて、一種類まで食す事を認める。但し、道中とは往路を指す。往路とは、遠足バスに乗車し各人の座席に着席した状態から、現地に到着しシートを敷設する迄を意味する。
又、一種類とは一個包装を指す。即ち、外装の内部に菓子が直接封入されている場合は此れを任意に食す事を認められるが、外装の内部に個包装が存在する場合、食す事が認められる物は其の個包装の任意の一つとする。
尚、復路に於いては此れを制限しない』
ようするに、初めの一文だけ読めればよかった。
もう少し補足すると、アソートパックなんかのつめ合わせを丸々一袋食べてはいけませんよ、ということを注意しているものだった。
それで、友親と音菜は、移動中でも手軽に食べられるおやつを見つくろっていた。
「あーでもない?」「こーでもない!」
しかし、乙乎はちがっていた。
乙乎はまたも二人の前に立ちはだかり、手のひらで自分の顔をつかむようにおおって、ダークヒーローみたいに気どっていた。
「歩きながら、ということなら、こっちのほうがいい」
そう言うと、乙乎はシャツをばさあっとひるがえしてすっと歩き出した。
その姿はまさに颯爽、いまこの瞬間を待っていたとばかりによどみのない足取りだった。
友親と音菜は顔を見合わせてまばたきをしてから、とりあえずついていった。
「食品売り場に来た本当の目的は、ここなんだ」
青果コーナー。
野菜や果物がならんでいる。
「なんだよーお前、ここ野菜とかのとこじゃねーか。お弁当の材料でも探すのかよ?」
「お弁当はシートの上でしか食べちゃダメなんじゃないのー?」
「だよな。……つーことは、おやつか? なに? お前こーいうのをおやつとして持っていくわけ? 大根かじるわけ? 優雅に?」
友親はあごの下で拳を横にふるって、テレビコマーシャルに出てくるアイドルよろしく棒状のものをばりっと食べる真似をしてみた。
その仕草はべつに優雅というわけではなかったが、どっちにしろそれはすげなく無視されて、音菜が売り場の一角を指さした。
「あ、バナナもあるよー。わたしバナナ好きー」
友親は「お、そうだなオレも好きだぜそれなりに」的なことをあたりをきょろきょろしながら興味なさげに言っていたが、乙乎の反応はそうではなかった。
売り場に流れるBGMがとぎれたそのわずかなとき、店のエアコンと冷蔵ショーケースからの風がなんらかのはずみでここまで届いて、シャツのすそを大きくはためかせた。
乙乎はその一陣の風が通りすぎると、バナナの陳列を見つめていた顔を上げて、ゆっくりと身体の向きを変えた。
さりげなく一歩だけ足を引き、友親と音菜に対して気持ち横向きになるよう振り返る。
そして、乙乎は手を広げて、商品を紹介する司会者のように、バナナの山を示した。
「そう、バナナ! 今回もっとも大事な要素がこの……バナナなんだ!」
――バナナ――
バショウ科の多年草で、その中で果実を食用にするもの。
漢字では甘蕉や実芭蕉とも書く。
きわめてポピュラーな果物で、全世界で広く食べられている。
日本で売っているものはほとんどが生食用、つまり火を通さずにそのまま食べられる種類のものが多い。
細長い形で、持ち運びやすく、皮も素手で簡単にむくことができて手を汚さない。
実もやわらかくて食べやすく、滋味に富んでて栄養たっぷり。
乙乎としては、バナナの生産や流通、販売にたずさわる人々に足を向けて寝られない、そのくらい重宝する存在。
『遠足大事典 -Ensoyclopedia- 用語集』(詩得符出版刊)より抜粋
「バナナかー。お前がそれほどバナナ推しなら……ん?」
友親は腕を組んで首をひねった。
「バナナってそもそもおやつにはいるのか? はいらないのか?」
「はいらないよー。さっき見たとき書いてあったじゃない。
『バナナはおやつに含まれない』って」
「じゃあお弁当か……って、それだとシートの上でしか食べられないじゃあねーか」
友親が組んでいた腕をほどいて、やれやれと上に向ける。
「いや……」
と、乙乎は取りっぱなしだったポーズをちょっと変えた(こぶしを握ったりとか)。
「バナナはおやつにはいらない。ただしお弁当にもはいらない」
それからポーズはそのままに、身体の向きだけをちょっと変えて二人に向き直った。
「バナナは……バナナなんだ!」
「バナナはバナナ?」
聞き返されたことに視線だけで力強く答え、つぎの一瞬、乙乎は腕を交差させて背中を丸めた。
その勢いで、乙乎の襟首のところから、紙の束が回転しながら飛び出す。
宙を舞うピンク色の冊子を手を伸ばしてつかみ、それを目の前に突き出した。
≪遠足大事典≫!!
「遠足のしおり P.86 持ち物の章 第7節! 1の項――
『バナナは上記の何れにも属さない独立した存在である。持ち込むに当たり、分量や価格に関しては此れを制限しない』」
友親はリアクションで目ん玉が飛び出んばかりにおどろいた。
「なにーっ! どれだけたくさん持ってってもいいのかッ!?」
「さらに! 2の項!
『バナナは移動に於ける栄養補助食品としての位置づけを有する。食すに当たり、場所や状況に関しては此れを制限しない』」
友親はリアクションで上着がふっとび、筋肉がムキムキになってオーラを発さんばかりにおどろいた。
「すげーっ! しかも歩きながら食べてもいいのかッ!?」
「あー、そーいうの知ってるー。登山とかで『行動食』っていうんだよねー」
音菜がわかりやすくまとめてくれた。
「と……最後のほうにこうもあるな。
『バナナの表皮など、可食部でない部位は廃棄物として各自で持ち帰る事とする』
ゴミのポイ捨てはダメ。ゼッタイ」
読み終わってから乙乎はしおりを投げ上げ空中に飛び上がり前転宙返りしながらしおりをキャッチしてポケットにしまった。
「オレたちの道中での基本的な作戦はこうだ……
1・素早く動けるように荷物は軽くする
2・バナナを小まめに食べてエネルギーを効率よく補給する
両方とも、ミカドのチームよりも先にゴールにたどりつくためのものだ」
今回の買い物のまとめ。
乙乎は指折り数えながら、そう説明していく。
「さっきも言ったけど、バナナはとても重要な役割をはたす。全荷物の中での制限も、バナナだけ明らかにゆるい。持っていける量どころか、運び方にも制限はされていない」
「買えるだけ買っていけばいいってことだろ?」
「この『ヘブンポート』のバナナって、たいていいつも安いよねー。おかーさんがよく買ってきてくれるんだー。きょうは乙乎くん、バナナの値段とか見たかったんじゃないの?」
「もちろんそれもある。きょうのはほどよく熟れてて形もキレイで……値段は1本あたり20円くらいと安いな。けど、もっと重要なのは運び方なんだ。バナナをたくさん買いこんでから、遠足当日はどうやって持っていく?」
「どうって……フツーにリュックに入れ……たら取り出しにくいな。歩きながら、つーか走りながら食うんだし」
友親がまた首をひねった。
「体操服袋とかリコーダーケースとかにいれたりするのは?」
音菜が提案する。
「リュックに入れるよりはマシだろうけど、まだ取り出しにくいな。『袋をあける』っていう一手間もはぶきたい。接戦になるならなおさらだ。それにその場合、肩からひもで下げることになる。それだとばたばたゆれて、重心がずれて走りにくい」
「うーん」「どうした」「ものかなー」
行き詰まってきたので、3人とも腕を組んで考えこみだした。
実のところ、バナナケースという道具そのものは生活雑貨コーナーにある。
細長くて曲がった形の、ふたつきのプラスチック容器で、バナナがつぶれずにすっぽりと入る。
ああいうのもリュックサックにいれる分にはいいんだが、今回ばかりは出し入れに手間がかかるからということで敬遠されていた。
――さて。
乙乎はしおりの後ろのほうのページをひらいてメモを取り始めた。
バナナはこの遠足における最重要補給要素であることは間違いない。
バナナをどのくらい有効に活用できるかで勝負が決まる、といっても過言じゃないわけだ。
バナナの一番の長所、それはなんといっても手軽さ、それにつきるわけだが。
バナナを市販の容器にいれてしまうとその長所がそこなわれてしまう。
バナナの出し入れを邪魔しないで、なおかつ持ち運びに適した状態にするには――
≪バナナケースの自作!≫
乙乎は二人に呼びかけた。
「身近な材料を組み合わせて入れ物をつくろう。デザインは……こういうのなんてどうだろう?」
友親と音菜から歓声が上がった。
バナナ少々と飴(友親)を買って食品売り場を後にするころ。
一行をふと見つけたものがいた。
たまたま『ヘブンポートつくも』の生花店に来ていた園田 灰慶。
気づかれないところからするどいまなざしで3人を見送るその強面っぷりは、どう見てもカタギではなかった。
~ 次回予告 ~
パンドラの箱をあけたとき、ありとあらゆる不幸や災いが飛び出して――
最後には希望が残ったという。
彼らが秘密兵器の箱からいづるは、笑顔かはたまた泣き顔か。
次回、遠足大事典 -Ensoyclopedia-
持ち物 5 遠足用実芭蕉携帯装置
――総員、遠足配置。