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遠足大事典 -Ensoyclopedia-  作者: あうすれーぜ
~ 前日編 サスペンスパート ~
2/21

持ち物 2  仕組まれた希望

 遠く、輝ける約束の地に足を延ばしていた乙乎おとこだったが、すぐに目の前の現実に立ち返った。

 目標を達成するためにはチームを組まなければならない。

 チームを組むためには、自分に賛同してくれる仲間を見つける必要がある。


 さっきまで『遠足のしおり』を読みふけっていたので少し出遅れていた。

 1チームは3人で、1クラスは30人。

 単純計算で10チーム作れて、余りは0。

 あぶれる人は出ないとは思うので、多少の時間のロスは不利にはならないはず。


 それに、乙乎にはチームメンバーのあてもあった。

 彼らがまだ他のチームにはいっていなければ問題はない。


 そこまで考えて、冊子を閉じようとする――


 が、そこで、乙乎ははたと手をとめた。


 ――来る!


 乙乎は一瞬のうちに、数秒間だけ記憶を巻き戻した。

 クラス全体でチームを決めようという運びになったとき、乙乎は冊子を読んでいた。

 そのあいだ、もちろん教室ではチームは組まれ始めていた。

 当たり前すぎることだが、クラスメイトたちはみんな、意思を持つ人間だ。

 こちらから働きかける前に、向こうから行動を起こしてくることだってある。


 乙乎はテーマをしっかり決めるために熟考して、それからチームを作ろうとしたが、ほかの全員にそれが当てはまるわけでもない。

 先にチームを作るところだってあったはずだ。


 つまり、乙乎が冊子を読んでいるあいだに、あてにしているクラスメイトのほうからこちらにチーム結成を持ちかけてくることも充分あり得る、ということ。


 だが。

 乙乎に話しかけてくる声はなかった。

 静かだった。


 教室中がワイワイと騒がしいのに、乙乎の周りだけ、不自然に静かだったのだ。


 乙乎の頭脳に電流が走り、それは脊髄を通って体中を駆けめぐり、末端にまで満ちるや彼を突き動かした。


 冊子を持っていた手を抜き取ってその勢いのまま背後に――振り向きざまに猫だまし。


「おうわぁっ!」


「ひゃあ!」


 乙乎がテーマを決めてから後ろに忍び寄っていた二人分の叫び声を聞くまで、1秒とかかっていなかった。


「え、えぇーっ。逆にこっちが、びっくりしちゃったよー」


「お前、しおり見てたんじゃなかったのかよ。後ろにも目があんのか?」


 乙乎は誰からも話しかけられていないことに気づいたとき、もしかしてあぶれてしまったのでは、とは考えなかった。


「いいや。ただ、お前らのことを信じてただけだよ」


 前の時間に最後のアシストをしてくれた二人に笑ってそう答え、乙乎のチームはこうして結成した。




 チーム登録用紙、というものがあって、メンバー全員の名前を書かなければならなかった。

 乙乎はもったいつけて用紙を最後に出した。

 提出した順番に番号がふられ、教室のうしろの掲示板に貼られた。


  チーム#10

  リーダー 一宮いちのみや 乙乎おとこ

  メンバー 武仁野むにの 友親ともちか

  メンバー 十日町とおかまち 音菜おんな


 最後列の乙乎の隣の席で、ホームルームの初めにおしゃべりしていたのが友親。

 さらにその隣の席が音菜。

 普段からけっこう3人でつるんでいる、いわゆるいつものメンツというやつだった。


「大岩に登るって、あれか。フリークライミングっつーんだっけ?」


「そこまでしんどいのじゃないよー。わたし行ったことあるもん。よじ登ってはないけどねー」


「10番目のチームってことは、どのチームも3人ずつで組んだってことだな」


「そんなん見りゃわかるだろーが。ここにズラッと名簿みてーになってんだから」


 どちらかというと、#10である事実を確認したほうが早かったのだが、乙乎はそれは黙っておいた。

 とはいえ、ほかのチームがどのような構成になっているかも知っておきたかったので、自分たちのところから番号をさかのぼって用紙を見ていく。


 と、すぐに乙乎の視線はとまった。


  チーム#9

  リーダー 黒皇こくおう 魅帝みかど

  メンバー 園田そのた 灰慶はいけい

  メンバー 鬼瓦おにがわら 舞砂子ぶさこ


 こっちはいわゆる、学級委員チーム。

 委員長、副委員長、書記の順に書かれていた。


 音菜がそれに気づいてはしゃぎ出した。


「あ、委員長のとこブサコさんがはいってるー。いーなー。まあ書記だしね。ブサコさん頭いいしなんだか大人だし、同い年なのにあこがれちゃうなー」


 座っている友親のうしろから肩に手をついて、ぴょんぴょんと跳ねる。

 あごのあたりまで伸ばした髪がそのたびに内側にくりくりっとカールする。

 そのさまが、ひまわりをあしらった髪どめとあわせていかにも子どもっぽいが、友親は背後に手を回して音菜のふわふわした頭をがしっとつかんだ。


「なにがいーなーだ。ウチはウチ、よそはよそ! そんなに言うならそっちの家の子になればいいでしょ!」


「ぎゃー友親おかーさんが怒ったー。乙乎くんなだめてー」


「どうどう。ほら、にんじんだ」


「プリントのおりがみじゃねーかそれ」


 やれやれ、と友親が音菜をはなす。

 音菜もぶつぶつ言いながら髪の毛を手ぐしで整えだした。


 そのとき、乙乎はなにげなく、登録用紙ではなく実物の#9、学級委員チームの集まっているところを見ていた。

 

 彼らは最前列の席、教壇の目の前に固まって話をしていたようだった。


 3人とも前を向いていたため、乙乎からは背中しか見えない。


 しかしその中のひとり、委員長の黒皇魅帝が、ふと――身体の向きを変え、ほんの少しだけ、チラッと――こちらに目をやった。


 それと同時――さらにほんの少しだけ、だが確かに――彼の口角が、ギチッと吊り上がった。


「――!!」


 友親が椅子の上でガクッとバランスをくずした。

 うしろに重心をかたむけすぎたときになるように背中から床に転げ落ちてやや角ばったスポーツ刈りの頭のてっぺんだけで逆立ちするような格好でそのまま床を滑ってみんなのランドセルがはいってるロッカーにぶつかった拍子にランドセルの弾力にボムッと押し返されて頭のてっぺんで床を滑り直して自分の席のあたりに戻って背中から倒れて椅子にぴったりおさまった。


「大丈夫か、友親!?」


 友親は、落としたえんぴつを拾いながら起き上がった。


「ああ、なんとかな……」


 ところが、乙乎は友親本人よりも苦しそうにうめいた。


「くっ、なんてこった……」


 友親は「オレは心配いらねーよ」と言いかけたが、そうではなかった。

 友親が椅子から落ちる寸前に垣間見えた、あの表情。

 あの一瞬で、乙乎はすべてを察した。

 乙乎は友親のほうではなく、前を見て言葉を続ける。

 

「どうやらライバル出現らしいぜ……!

 ミカドのチームもこの遠足、ねらいはオレたちと同じ大岩の上みたいだ……!」


 友親は身を乗り出した。


「なんだって!? どーいうことだ!?」


 乙乎は説明しよう、という意味でうなずいた。


「ああ……ヤツの司会進行、学級委員長だからっていくらなんでもスムーズに行きすぎだとは思わないか……?」


「え……じゃあ、まさか……」


 音菜は戦慄しながらも、乙乎の言いたいことを汲み取った。


 乙乎はミカドの策を、こう分析する――


「恐らくこれは、初めから仕組まれていたんだ……3人組になって、チームごとに遠足のテーマを決めるってこと自体が!

 そして多分、作文を宿題に出されるってことさえも……!」


 音菜が「どうやって?」と相づちを入れ、先をうながす。


「書記のブサコの存在だ。読書感想文コンクールで学年入賞したほどの、言葉たくみなブサコの力をあてに、先生に例えばこう持ちかけたんだろう――


『こんどの遠足についてですが、私たちはもう5年生。遠足に関しても上級生であることを示さねばなりません。そこで提案があります。

 各自の主体性や学習意欲を高めるために、チームごとにテーマを設定させ、それを作文という形でまとめさせるというのはどうでしょう?』


 とかな……!」


 乙乎は人差し指を目と目のあいだで上下に動かして、メガネの位置を直すような仕草をいれた。

 ブサコは細いフレームのメガネをかけている。


 それはさておき乙乎は『遠足のしおり』の初めのほうのページをひらいた。

 乙乎が決意を固めた、運命のページ。

 公園の見取り図がサインペンで細かく描かれている。

 すみっこのところに縮尺も書いてあるので、だいぶ正確だろう。


「なぜ教室の班をそのまま使わず、わざわざ専用のチームを作らせたか。それは3人という人数制限を設ける必要があったからだ。

 今回の行き先、九十九つくも森林自然公園には、入口のあたりに遊具なんかもあるにはある。けどそれは、大きなアスレチックとかレンタルサイクルコースとかそういうのばかりで、どれも大人数で遊ぶことが前提のものだ。

 そんな中、この広い公園で面積的にも限られた人数でしか使えない、そもそも行けないものはこの――」


 乙乎はエアメガネをクイクイしていた指を見開きページの右上に突きつけた。


「湖畔の大岩だけだ!」


 友親と音菜はそろって息をのんだ。


「大岩の上はスペースの都合、どちらかのチームしか登り着くことはできない。

 つまり、この遠足……ミカドのチームとは、奪い合いの競争になる……!」


 そう結論づけた乙乎を、仲間のふたりは感嘆しつつ見ていた。


 反応速度と読みの鋭さ。それらを支える集中力。

 そういったものが乙乎は小学生離れしているように映ったのだ。


 だが、乙乎にとっては、それはある意味で必然だった。


「ふたりとも、聞いてくれ」


 遠足当日が楽しみすぎてしかたのない乙乎は、遠足の準備期間も楽しすぎてしようがなかった。

 つまり、みっちりと準備をできる『前日』が、2週間もある。


 加えて、対戦型ゲームをたしなむその性格も手伝って、『遠足』と『勝負』という、好きなことが二つ結びついたこの瞬間、情報収集力と分析力が常軌を逸するまでになったのだ。


「どっちにしろ、オレたちのやるべきことは、ひとつだけだ」


 そして、遠足のあとに書かなければならない作文、大嫌いな宿題の存在。


 その絶望の未来を変えるため、乙乎はとっくに戦闘態勢にはいっていた。


 ただひとつの目的――


≪アイツらよりも早く、大岩を登る!≫




 一宮 乙乎。


 その発想力と先見性で、のちに数々の伝説をのこす男。




 あと、2週間。


 遠足たたかいはもう、始まっている。

  ~ 次回予告 ~


なぜ、人は争うのか。

勝敗とはなにか。傷つけ合った先にはなにがあるのか。

少年は問う。だがあてどなく回りまわっても、どれだけ辞書を読みこんでも、


答えはついぞ見つからないまま。


次回、遠足大事典 -Ensoyclopedia-

持ち物 3  勝利を告げる結束の御旗


――バトルはおやつに、はいりますか?

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