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遠足大事典 -Ensoyclopedia-  作者: あうすれーぜ
~ 前日編 サスペンスパート ~
12/21

持ち物12  いにしえの紅き盟約


  9月27日 土曜日 12時30分




 昼食をマッハで終わらせた乙乎おとこは、すぐに麻門宮まかどみやをさがしに走り出した。


 昼休みのこの時間は、校庭のあちこち、木陰や芝地なんかで、家族ごとに集まって食事をとっているところが多い。

 その様子が、来週の遠足当日に展開されるべき夢のような風景を思い起こさせる。


 しかし、乙乎はその桃源郷的パノラマを振り切って、さもひとりで徒競走でもしているかのように突き進んでいた。

 理由はふたつ。

 まず、そういった楽しげな光景をおがむのは遠足当日にとっておきたかったということ。

 もうひとつは、その『校庭のあちこち』という場所には、麻門宮はそもそもいないと予想をつけていたということ。


 乙乎のたどりついたのは中庭だった。

 麻門宮は、チームメイトの鹿洲かしゅう旅岡たびおかといっしょに、キャッチボールに興じていた。


 普通の日でも、天気さえ良ければ、この3人は中庭でキャッチボールをしている。

 そして、普通じゃないこの日もそうだった。

 根っからの野球好きだ。


 乙乎は息をはずませて、風のように麻門宮に近寄った。

 麻門宮は、亜麻色の長い髪をたなびかせて日課のスポーツに夢中だった。

 かたわらには白い花が咲いていて、それは有名な歌にありそうな景色だったが、あいにく人物の性別が逆だったので、そのへんに関しては大変申し訳なかった。


「おーい麻門宮ー!」


 乙乎が呼びかけたが、麻門宮は背中を向けていて反応がなかった。

 ほかのふたりは気づいたが、ボールを次々に回すのにいそがしくて、ちょっと手が離せないようだった。


 このキャッチボール、せまい中庭でやっているせいか、3人の距離がかなり近い。

 どちらかというとお手玉みたいな感じになっていたが、ボールはちゃんとした軟球だし、オーバースローやサイドスローも含まれていたので、だいぶスピードに乗っていた。

 しかもボールはふたつあった。


 乙乎は意を決して、3人の輪の中に割ってはいった。

 文字通り。

 助走をつけてボールの軌道に身をさらし、身体をくねくねと曲げて弾幕を見事に回避、一気に反対側まで突っ切った。


「危ないじゃないのさ」


 いったんボールをおさめた麻門宮が腰に手を当てて注意をしてきた。

 が、乙乎ならやりかねないと思っていたのか、それとも乙乎なら大丈夫だと思っていたのか、ともかく口調とは裏腹にあまり怒ってはいなかった。


「いやー、ついな! きょうも練習か」


「ま、ね。ほら、きょうは中庭すいてるし」


「なら、広くとってもよかったんじゃないか?」


「とったよ。普段より3歩後ろだし」


 乙乎はあたりを見まわした。

 たしかに、いつもはもう少しせまかった気がする。

 このくらいで慣れているんだろう。


 それにしても、ボールが増えているのは間隔を広くした分の難易度調整のためだろうか。

 あるいは、さらなる上達のためだろうか。

 もしくは、この前のダブルサッカーで乙乎に負けたから、雪辱に燃えているんだろうか。


 誤解してはいけないが、乙乎と麻門宮は、スポーツ面での宿敵同士ではあるが、べつに普段からいがみあっている険悪な仲というわけでは決してない。

 競技中はもちろんスポーツマンシップにのっとって正々堂々と勝負するし、それが終わればノーサイド、互いに健闘をたたえあう、とてもさわやかな間柄だった。


 だから、この会談も、終始なごやかなムードでおこなわれたことをここに記しておく。


「へえ。バナナ・オレねえ」


「ミカドからはバナナチップスをもらったんだろ? 当日、ヒマそーなオレたちを野球にでも誘ってやれって頼まれて」


「そうだよ、よく知ってるね」


「や、麻門宮なら、ぜったいそうだろうなーと思ってたからな」


「ははっ、言えてる」


 乙乎はいま、サラリとかまをかけていた。

 ミカドの作戦を推理こそしていたが、なにぶん証拠がなかったので、ここで少しでも裏づけが欲しかったのだ。

 いま、乙乎はここまでの自分の策が、読みどおりだったことを確信した。


「ミカドのほうも誘ってやってくれよ」


「? もちろん誘うよ。ミカドも強いからね」


 これは意外だった。

 いや、麻門宮の性格を考えればむしろ当然だったか。

 いずれにしろ、重要なのはここからだ。


「オレも野球したいんだけどなー、当日は先にすませたい予定があるからな。だからミカドのほうを先に誘ってやってくれないか?」


「予定ってなに? そういやミカドにも似たようなこと言われたよ。当日の予定をちょっと手伝ってくれってさ。その内容が、乙乎を野球に誘うことだったんだけど」


 ――さて、どうしたものか。


 ここで、麻門宮に大岩の件をすべてはなしてしまうべきか否か。

 麻門宮は基本的には、義理堅くて口も堅い。

 どう転んでも、遠足そのものを根底からだいなしにするようなことはないはずだ。


 しかし、はなした場合、麻門宮はミカドのほうに先に雇われている以上、ミカドに義理立てして説得が失敗する可能性がある。

 いっぽうで、事態をくみとってあるていどはゆうずうをきかせてくれる可能性もある。


 はなさなかった場合は、おそらく、さらに不利だ。

 隠しごとと翻弄されることを嫌う麻門宮の性格からして、全貌を伝えずに協力だけを取りつけようという、虫のいい話はまず通用しないだろう。

 最悪、積極的に敵対される。

 体育系の行事で麻門宮の恨みを買うと、瞬殺の憂き目にあうこと間違いなしだ。


 と、いうことは、大岩に関して両陣営の計画をここではなすほかない。


 ――どの道、ここは賭けだ。


 乙乎はもう一度、瞬時に意を決して、それでいて気どられないようにさりげなく、雑談っぽくはなし出した。


「ミカドのチームと競争してるんだ。公園のてっぺんの大岩に登るために。でも、どっちかしか登れない広さしかなくてさ。で、そのためには麻門宮たちの力が必要なんだ」


「大岩? そんなとこに、なにかあるの?」


「いやあ、見晴らしいいだろ?」


「……乙乎って、遠足バカなんだね……」


「よせやい、照れるぜ」


 乙乎は鼻の下を指でこすった。


「しかし、そうなると、わたしら先にミカドに協力してあげなきゃなんないんだけど?」


 やはり、そう来たか。

 それに対するは、この手札。


「わかってる。それで、このバナナ・オレだ。これなら、バナナチップスよりも効率よく摂取出来るだろ」


「うーん。ま、そりゃあそうだね……」


 バナナ・オレで体力回復と水分補給をいっぺんに出来るよ! 

 たくさん運動したあとはコレっきゃないよ!

 エネルギーとビタミン、ミネラルにすぐれ、その上消化吸収にきわめてやさしいバナナ・オレ。

 飲めばたちまち元気が湧いてくることうけあいだ。

 当然、圧倒的に超ものすごくおいしい!(個人の感想です)


 と、バナナ・オレの魅力を熱く語る乙乎。


 少年野球チームにはいってるため、すでに行動食としてのバナナの効力を知る麻門宮。

 それももっともだと、ここでうなずいた。


「けどさ、」


「条件がふたつ。だろ?」


「!!」


 麻門宮は言おうとしていたことの先手をとられておどろいた。

 と同時に、乙乎のペースにはまっていることに気づいた。


「まず、バナナ・オレの実際の効力。それを証拠として見せるために、いま昼休みの時間にここをたずねたんだ。

 午後の部は、種目ごとの配点も高い花形競技ばかりだけど、ここに来るまで多少は疲れてるし、お昼ごはんをたらふく食べたあとで眠いしで、かならずしもベストコンディションというわけじゃあないよな」


 乙乎は背中からとり出したちいさいペットボトルをちゃぷちゃぷと振った。


「ここで約束だ。バナナ・オレの合法ドーピング効果で、午後のリレー、勝つぞ」


 そう言って手の向きを変え、重なって4本になっていたペットボトルのうち3本を投げわたした。

 いうまでもなく麻門宮たちのチーム3人の分だ。

 試飲用というやつだった。

 麻門宮以外のふたりはリレーには参加しないが、遠足当日の協力を頼むには当然の手付けだし、なによりふたりに飲ませてあげられないとなると麻門宮が納得しまい。


「……じゃあ、もうひとつはわたしから言うよ。バナナ・オレに免じてミカドのチームを先に誘うけど、後でちゃんと乙乎たちにも野球に参加してもらうからね」


 どちらかというと、いまだしぶしぶといった感じの麻門宮だったが、乙乎はここで積極的に条件をのむ姿勢を見せた。


「もちろん、というか、オレのほうから野球にいれてもらいたいくらいだったぞ。ここんとこ、素振りを欠かしてないんだし。ぜったい、麻門宮から3割打ってやるからな」


 バットをぶんぶんと振り回す仕草をいれて、乙乎は快諾した。

 それでやっと、麻門宮が心からの笑顔を見せた。


「言ったね。楽しみにしてるよ。……にしても最近、ずいぶんとまた面白そうなことをやってんじゃあないの」


 会談が終わって、乙乎が中庭を後にするとき、3人は高速のキャッチお手玉を再開した。

 調子が出てきたのか、速い速い。

 動体視力も鍛える効果があったりするんだろう、と乙乎は尻目に見ながら思った。


 校庭の、自分の椅子に戻ると、友親ともちかがすでに座っていた。


「よく言うぜ、乙乎」


 友親は見ていたようだ。


「麻門宮たちをのせるために、ちょっとだけウソを混ぜたな。お前、バット自体を持ってねーだろ」


「ああ。そりゃもう心苦しかったよ」


 乙乎は、友親と目を合わせないように遠くの空を見上げた。


「でも、それ以外は全部本当だ。あとは麻門宮に、バナナ・オレの実力を知ってもらうだけだ」


「お前……」


 友親はどこか心配そうな顔をしたが、乙乎の瞳には一片の曇りもなかった。




  9月27日 土曜日 15時30分




「あっ、乙乎くん。リレーどうだったのー?」


 音菜おんながケガ人を保健室に連れて行って戻ってきた。

 保健委員の音菜は、こういうところで間の悪いところがあったりする。


 結論からいうと、運動会は優勝した。


 最後の競技、全学年合同リレーに出場した乙乎と友親、麻門宮の3人は事前にバナナ・オレを飲んでいて、そのエネルギー補給効果でスタートダッシュと後半の伸びがそれはもう素晴らしかったのだ。


 乙乎がしたり顔で「だろ?」と問いかけると、麻門宮はどこかあきれた様子で「はいはいそうだねわたしの負けだよごちそうさん」ときたものだった。

 べつに、麻門宮と勝負はしていないはずだったのだが。


 とはいえ、これで麻門宮のチームの調略を終えた乙乎たち。

 フタをあけてみれば、割とあっさりした結果だった。


「じゃあ、麻門宮さんたちは味方をしてくれるんだね。よかったー」


 そう音菜が言うと、乙乎は息をついた。


「これで作戦は成功……もしくは、大成功だ」


「? なにがだ?」


 思わせぶりなことを言う乙乎に、友親はたずねたが、それには答えなかった。


 やはり一片の曇りもない瞳で校庭の真っ赤な夕空を映し、乙乎は未来を見据えていた。


 未来。それは、具体的には、あさって。


「なあ、ふたりとも」


 乙乎はあらたまって向き直った。


「月曜日の代休、現地の下見に行かないか?」




  9月29日 月曜日 11時10分




 きのうの日曜日にたっぷり休んで、体力を回復させた友親と音菜を連れて、乙乎は自転車をひたすらひたすらこいでいた。


 九十九つくも森林自然公園――自転車でもゆうに3時間はかかる。

 当然ながら校区外だ。


 高学年の場合、校則では自分たちだけで校区外に出るときは、保護者の許可が必要になる。

 許可は、連絡帳にそのむねを記入してもらってハンコも押してもらって、先生に後日でもいいので提出しなくてはいけない。

 もちろん、理由もなしにただ許可だけがおりるわけがないので、乙乎たちは口実を作っていた。


 きのう、乙乎にしてはめずらしく、みんなで集まって宿題をさっさと終わらせた。

 そのとき、のこり少ない消しゴムをわざと全部使い切ったのだ。

 で、その消しゴムを買いに行く、おつかいの用事を作ったのだった。

 クラスメイトのひとりがいつか言っていた、校区外のとある文房具店にある消しゴムにいいものがあるんだということを小耳にはさんでいたのが功を奏した。

 まあ、そのことがなければほかの用事をひねりだしていたのだが。


 と、そんないきさつを背負って朝から集まり、えっちらおっちら到着したのが、遠足当日に行くはずの現地。


「おう……やっと、ついたな、おい」


「おー、そうだな……これはちょっと、実際キツイな、さすがに……」


「わたしもーだめー……足パンパンー」


 超絶汗だくな3人が息も絶え絶えにしゃべっているのは、観光バスも楽にとめられる広々とした駐車場。

 すみっこに、駐輪場もあったので、ありがたく利用した。


 すぐそこに、ちょっとした木陰があったので、そこにたむろして小休止。

 各自、訓練を欠かしていないバナナホルスターによる遠足術を駆使して、通常攻撃のようにバナナを消し去っていく。


「ぷはーっ! ……さて、さっそく大岩まで行くのか?」


 友親が率先してきいてきた。

 このごろ、友親はなにかと乙乎を気遣ってくる。

 どうも、乙乎が遠足に集中するあまりムリでもしていないかと心配しているようだ。


 実際、乙乎は勝利のために極度に集中している。

 そのため、消耗もだいぶしているだろうが、そこはまだそんなに気になるほどではなかった。

 一応、いきなり身体をこわしたりしないよう、気をつけてはいるつもりだ。

 きのう一日、休みをとったのはそのためでもある。


 だが、乙乎にはそれよりも、いまだ隠していることがあった。

 友親にも、音菜にも、まだはなしていない。

 それがいくぶん後ろめたかったが、まだその内容を悟られるわけにはいかなかった。


 ただ、隠していること自体には確実に気づかれている。

 そもそも、遠足当日のお楽しみにしておくべきはずの、行ったことのない現地の様子をきょうのうちに下見、なんて、そこからしてもう違和感のかたまりだった。


 それはつまり勝利のために、本来の目的である楽しみを犠牲にしている、ということ。

 そして乙乎のほうからはそれに対してなにも言わず、知らんぷりをしているということ。

 完全に丸わかりだろうし、それに気づかないほど乙乎はにぶくない。


 なのに、それを指摘することなく、また投げやりになったり見捨てたりすることなく、じっと見守ってくれている友親と音菜。

 乙乎にはそれが非常に心苦しかったが、それ以上にとてもうれしかった。

 前にもいったが、乙乎には過ぎた仲間だった。


「……ああ!」


 よく噛んで飲み下したバナナをお茶でしっかり流しこみ、乙乎は立ち上がった。


 スケッチブックと絵の具を持って。


「大岩まで、写生しながら行こう」


 難易度の爆上げ宣言に、友親の目ん玉が飛び出しそうになった。

  ~ 次回予告 ~


下見を終え、帰還してきた乙乎たち。

とどめの作戦と、いよいよ近づく当日のための準備。

だが、そこに。

最後の暗雲が立ちこめはじめた……!


次回、遠足大事典 -Ensoyclopedia-

持ち物13  未来への紅き灯火


――変貌、あるいは変身。いずれにしてもアバンギャルド。

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