表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/41

第五話

 アルフレド様は、数名の従者を伴って予定通りの日程でシェルストレーム王国へと到着した。


 国賓扱いでのお客様をお迎えするっていうのに、準備期間がほとんど与えられなかったから、城の警備計画立てる役付き騎士さんたちが涙目だったよ。そりゃそうよね。ホントご苦労様。

 って他人事みたいに思ってたら、謁見の間にてアルフレド様を迎える際には、私も同席するよう国王様より命令を受けた。正直お堅い公の場は苦手で面倒なんだけど、王命なら仕方ない。クリスティーネ様の輿入れ準備とかもあるから、情報として知っておけって具合かしらね。

 そんなわけで、私はまたまた謁見の間の片隅にいる。今日いるのは、国王様ご家族がいらっしゃる壇の下、下手しもて側だ。王家の方々のご様子もお客様のご様子も窺うことができる位置になる。位置が位置ということもあり、私以外にも王族専属の護衛騎士が控えていた。上手かみて側には宰相様や騎士団長様がいる。皆、少々緊張した面持ちでアルフレド様が到着されるのを待っていた。

 私はと言えば、緊張よりも自分の疲労感と戦っていた。いや、ね。クリスティーネ様の身支度と自分自身の身支度、二人分をこなしたせいでさすがにちょっと疲れてるのよ。

 王宮勤めの侍女には制服が支給されるんだけど、時と場合によって種類が違うのね。今着ているものは専属侍女に与えられている正装。紺の地に白いレースがあしらわれたワンピースだ。パフスリーブになっていて、スカートのシルエットも通常のものよりもずっと膨らんでいる。どう見ても侍女としての業務をこなせる服装じゃない。こういう場で着るために支給されているのだけど、滅多に着ないから、いつまでも着慣れないのよね……。クリスティーネ様は私に似合っていると言ってくださるのだけど。

 長時間の立ちっぱなしは辛いし、早くいつもの服装に戻りたいから、早く始まって、サクサクっと終わってくれないかな。

 私の願いが届いたのか、シェルストレーム側の人間が全員揃って程なく、謁見の間の扉を守る騎士のラッパの音色が聞こえてきた。アルフレド様がいらしたのだ。

 ラッパの音を合図に、私を含め、謁見の間にいたシェルストレームの王族と壇の下、下手しもてにいる者、そして守衛の騎士を除く者たちが首を垂れる。

 重く大きな両開き扉が左右に開き、シェルストレーム王国の騎士の案内でアルフレド様たちが入室された。

 先頭に案内のシェルストレーム王国騎士がいて、その後ろに男性が五名。一人を囲むようにして他の四名がいるところを見ると、中心にいる方がアルフレド様なのだろう。王様の前まで来ると、アルフレド様のみ一歩前へ出て、他の四名は横一列に並んだ。

 足音が止まり、国王様が合図してくださるのを待って皆が頭を上げる。


 騎士たちを率いるようにして国王様ご家族の前に立たれていたアルフレド様は、噂以上かつ私の想像以上だった。

 美しく整ったかんばせには常に優しげな微笑みを湛えていて、艶のあるプラチナブロンドの髪と澄んだ空色の瞳がさらに魅力を加えている。背は平均より少し高い程度で、体つきはどちらかと言うと細い。猛々しさは一切なく、柔和という言葉がぴったりだ。

 それにしても、ま、眩しい……。アルフレド様の周りだけ、キラキラした星屑が常に舞ってるみたいに見える。この輝きはもう、後光に近い。まるで、現世うつしよに最上位の天使が降臨されたみたいな?

 でも不思議と女性的な感じは受けなかった。むしろ、男らしさを感じるくらいだ。

 はぁ、確かにあんな男性ひとが目の前で微笑んだら、年頃の女性なら即刻ノックアウトでしょうねぇ。

 ──って考えてる自分に気が付いて、軽い自己嫌悪に陥った。何だよ『年頃の』って、ババアか私は。

 そんなことを考えてる内に、アルフレド様が挨拶し、シェルストレーム国王が長旅を労う。そのまま二言三言形式的なやり取りを交わした後、各々の紹介となった。

 まずはアルフレド様が同行してきた方々の紹介をなさる。

「こちらは、今回私の護衛の任に就いているヴィカンデル王国騎士、アンドレ・フェーダール、ビリエル・ブローマン、マルク・グスタヴソン、ヴィクトル・ニークヴィスト」

 自分の名が呼ばれるのに合わせて、同行された騎士様たちが一礼していく。

 その様子をぼんやりと眺めながら、私は必至で欠伸を噛み殺していた。

 やっぱり私、疲れてるわー。それに、一気に紹介されても、覚えられるわけないじゃん? 従者その一、その二、で覚えておけばいいか。あ、でも最後の『ニークヴィスト』って姓は聞いたことあるわ。確か、ヴィカンデル王国の公爵家の名前だったはず……。

 記憶を辿っている内に、最後になったアルフレド様が名乗られる。

「そして、私がヴィカンデル王国第三王子、アルフレド・ヴィカンデルでございます」

 アルフレド様は頭を下げるというその何でもない仕草にまで、気品に満ち溢れていた。

 引き続き国王様がご自身の家族を順に紹介なさる。

 そっとクリスティーネ様の様子を窺うと、深い緑色の目でアルフレド様をじっと──でも不自然さや無礼さを感じさせない程度に──ご覧になっていた。そりゃあ、ご自身の伴侶になる方だもの、気になって当然よね。

 そして他にも、アルフレド様を値踏みするように凝視──と言うよりも睨み付けているとも取れる目つきでご覧になっている方がいらっしゃった。エドガー様、ウィリアム様、フィリップ様の三名だ。三名とも表情は微笑んでいるのだけど、どぉ見ても目が笑ってない! 大方、大切なクリスティーネを掻っ攫って行く不届き者はお前か、とか思っているんだろうけどさ。宰相様もそんな三人に気が付いていらっしゃるようで、呆れ半分、冷や汗半分、といったご様子だ。

 当のアルフレド様と言えば、射殺さんばかりの視線に気付いてないわけないのに、まるで気にしていらっしゃらない。入ってきたときと同じく、柔らかい微笑みを湛えて、国王様が紹介なさる方一人一人に視線を移していらした。

 アルフレド様の後ろに控える騎士たちは、皆、少々硬い表情をしている。まぁ長旅直後のこの雰囲気じゃあ仕方ないと思う。

 そこで気が付いた。一人だけ、無関心とも取れる冷たい表情でシェルストレーム王国の国王ご家族を見ている騎士がいる。

 うわぁ、感じ悪ぅ……。自国の王子の伴侶となる方のご家族に向かってそういう表情する? 位置からすると、今回メンバーでは筆頭の騎士みたいだけど……。名前何だっけ? さっきアルフレド様がご紹介されているとき、ちゃんと聞いてなかったからなぁ。


「陛下」

 私の思考は、アルフレド様の言葉で途切れた。いつの間にか、家族の紹介が終わっていた。

「クリスティーネ王女殿下にご挨拶してもよろしいでしょうか」

 アルフレド様の願いを国王が聞き入れると、アルフレド様は壇上にいらっしゃるクリスティーネ様の前まで歩み寄る。そして跪いた。

「クリスティーネ王女殿下。ヴィカンデル王国が第三王子、アルフレドにございます。ようやく拝謁が叶い、大変喜ばしく思います」

 心底嬉しそうな、とろけるような微笑みと共にアルフレド様がそう告げて、クリスティーネ様の手を取ると指先に唇を落とす。二人の容姿も相まって、その様子は異様に絵になっていた。

 見ていた兄殿下方からは殺気が漏れ出し、謁見の間にいる女性たちは頬を染めて黄色い声──は出せないから黄色いオーラを出していたのは言うまでもない。まぁ、私はその中には入っていないんだけど。

 だって、さっきから何か引っ掛かってるのよ。ずーっと前に、同じような光景を見たような。うーん、なんだっけ……。

「この度は婚媾の約を結び、殿下を我が国へお迎えするために参りました」

 ──あ。

 アルフレド様の、クリスティーネ様の手を取ったまま話すその一途な表情に、輝く瞳に、遠い日の記憶が一気に蘇ってきた。

 もしかして、アルフレド様って、昔、クリスティーネ様にプロポーズした男の子じゃない!? そうだ、絶対そうだよ。髪の色とか、目の色とか、雰囲気とか! それに、さっきの挨拶でも『お初にお目にかかります』とは言わなかった。

「身に余る光栄にございます」

 クリスティーネ様が洗練された淑女の微笑みと仕草で、丁寧に挨拶した。それは公の場で他人と挨拶するときの模範とも言える所作そのもの。さすがです。


 ただ、そのせいで私は一つの事実に気が付いてしまった。

 それは、クリスティーネ様は、あのプロポーズを覚えていないみたいだということ。多分、昔アルフレド様にお会いしたことがあるっていうこと自体を覚えていないんじゃないかな。

 まぁ無理もないんだけどね。あれから何年だ? 十二年? 当時、クリスティーネ様は五歳だもんね。十七歳にもなれば、五歳のときの記憶なんてもはやあやふやで当然だ。

 アルフレド様が覚えているかどうかまでは、まだわからないけど。


 アルフレド様が下がり、一歩前へと出ていたクリスティーネ様も元の位置に戻る。

 最後に王様が婚約の儀は十日後に執り行うと宣言して、解散となった。


 やっと着替えられる! そう思っていた私は、この後自分の身に起こるちょっとした事件のことなど、まったく予想していなかったのである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ