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エピローグ

「アン=マリー嬢」

「アルフレド様」

 向かいから近付いてきた人物に気が付いて、私は頭を下げた。

 アルフレド様とクリスティーネ様の結婚式も王都内を巡るパレードも終わり、今は各自で今宵催される祝宴の準備のための時間だ。

 私が、ヴィカンデル王国の城内に用意された輿入れで持参した荷が仮置きされている部屋からクリスティーネ様の控えのお部屋へ、夜会用にドレスアップしていただくための道具を持って移動しているとき、たまたま通りがかったらしいアルフレド様に声をかけていただいたのだった。

 アルフレド様は今日のような重要な日であるというのに、やはり供の者を連れずにお一人でいらっしゃる。いい加減驚かなくはなったけど、ヴィカンデル王国に来て、他の王族の方はやはり常に護衛と共にいるのを見たために、やはりこのお方は『特別』なんだなぁと思ったりした。

「相変わらず、忙しそうだね」

「今日はクリスティーネ様が花嫁で主役ですもの。ヴィカンデル王国はシェルストレーム王国とは比べ物にならない程大きな国ですし、クリスティーネ様をこの国の方々に印象付けなければなりませんから。気合も入りますわ」

 私が力説すると、アルフレド様は苦笑を漏らした。

「アン=マリー嬢はクリスの専属侍女として働いているときが一番活き活きしているよね」

 そう仰ったアルフレド様が、空色の瞳を優しげに細めた。

「ありがとうございます。これからも誠心誠意、クリスティーネ様をお守りし、尽くさせていただきますわ」

 私がそう言うと、柔和な笑顔はそのままに、何故かアルフレド様が僅かに目を伏せた。

「今言うべきことではないとはわかってるんだけど、アン=マリー嬢には申し訳ないことになってしまったね」

「何のことでございますか?」

「貴女をクリスの専属侍女としてこの国に連れて来てしまったことだよ」

「私自身が望んだことです。アルフレド様が謝罪する必要などございませんわ」

 私はきっぱりと笑顔で言い切った。

 こちらの国に、クリスティーネ様のコネクションはない。もちろんアルフレド様がいるし、多分ニークヴィスト公爵家も味方になってくださるだろう。でも、異国での生活や文化に慣れるのも、新たに人脈を作るのも、時間がかかるものだ。だからこそ、私がクリスティーネ様のお傍でお仕えしたいのだ。

 だけど、アルフレド様の表情はまったく晴れない。

 もしかして、アルフレド様は私がついて来ることに、反対だったのかしら。こないだのこともあるし、何かとうるさい小姑、みたいに思われてるのかも。

 そんな考えが一瞬頭を過ったが、アルフレド様はその思考を読んでいたかのように小さく嘆息した。

「勘違いしないで欲しいんだけど、僕としては、アン=マリー嬢がクリスと一緒に来てくれて嬉しいし、正直、ありがたいと思っているんだよ。貴女が傍に居ることで、クリスも安心しているのがわかるしね。ただ……その分きっと、君に苦労をかけることになってしまうだろうから」

 アルフレド様はそう言って、私のことを気遣わしげに見つめてきた。

 今の私のいでたちは、シェルストレーム王国の侍女の正装に、両腕いっぱいのドレスや小道具たちを抱えている、という感じなのだけど、もちろん魔法を駆使して荷の重さ自体はほぼ感じない状態になっているし、それをアルフレド様も察していらっしゃるはずだから、アルフレド様が今気にしてくださっているのは私の荷物の多さや重さのことじゃない。今後の、ヴィカンデル王国での生活についてだろう。

「アン=マリー嬢が思うよりも、シェルストレーム王国とヴィカンデル王国の違いはいろいろなところにあるんだよ」

 続いたアルフレド様の言葉は、私の想像とほとんど違わぬものだった。

 でも私は、クリスティーネ様と共に在ろうと決めたのだ。だから、これからの苦労のことなんて。

「とうに覚悟しております」

 私が言うと、アルフレド様はようやく微笑み、頷いた。

「ありがとう。でも、もしも何かあったら僕に報告して欲しい。僕が捉まらなかったらヴィクトルでもいいよ。僕もできるだけ、貴女がこの国で不便なく過ごせるように図らうつもりだから。

 さて。それじゃあ、クリスの身支度、お願いね」

 アルフレド様はそう言うと、去って行こうとなさる。その後ろ姿に向かって、私は失礼とわかりながら声をかけた。

「あの、アルフレド様」

 アルフレド様は特に気にされた様子もなく「どうしたの?」と振り返ってくださる。

「一つ、お願いがございます」

「お願い? 何だろう」

「先日のようなお戯れは、今後控えていただきたいのです」

「戯れ……?」

「先日の、転移魔法のようなことです」

 遠回しに伝えると、アルフレド様は「あぁ」と頷きつつ、不思議なことを尋ねて来られた。

「そういえば聞きそびれてた。結局、何処に跳んだの?」

 その質問の内容に、私は眉根を寄せた。

 転移魔法は始点と終点を決めて、魔力によってその間の空間を捻じ曲げ、トンネルを開けて跳ぶものだと魔法書で読んだことがある。その点と点を正確に繋ぐこと、そして転移させるための穴を、大き過ぎないよう、かつ、小さ過ぎないように開け、移動が完了するまで固定しておくための、魔力と精度が必要になるらしい。つまりは、最高難度の魔法だ。通常は、成功率を上げるために、始点と終点に対となる魔法陣を設えておくらしい。

 そんな魔法を魔法陣もなしに使いこなす様な方が、私を跳ばした終点を知らないわけないと思うんだけど。

「ヴィクトル様のお部屋ですが……」

 答えた私の声に訝しさが混じっていることを正確に読み取ったらしいアルフレド様が「そっか」と苦笑した。そして続ける。

「あの魔法ね、あのとき城内にいた人の中で一番君を想う人の元へ跳ぶようにって編んだんだよね」

 え? ちょっと待って。転移魔法ってランダム性のある終点の決定方法ができるものなの? そんなことができるなんて聞いたことがない。いや、でもアルフレド様は稀代の魔法使いだ。常識が通用しないくらいの。だから転移魔法に特殊条件を付与するなんて簡単なことなのかもしれない。

 私は、アルフレド様の魔法の底知れなさに改めて驚嘆した。そのせいでよほど変な表情をしていたんだろう。アルフレド様に「大丈夫?」と尋ねられてしまった。

「あ、いえ。転移魔法の終点に条件を付けることができるということを初めて知ったものですから」

 私が答えると、アルフレド様は柔和な微笑みのまま眉をハの字にして仰った。

「アン=マリー嬢は、賢いし思慮深いのに、ある一点に於いてだけは思考を避けているんだね。敢えてなのか、無意識なのか、どっち?」

 何のことだかわからず、首を傾げた。アルフレド様は私のそんな心境を知ってか知らずか、いや、多分分かった上で、念を押すように言った。

「アン=マリー嬢。僕がさっき言った転移魔法の付加条件こと、その結果跳んだ場所のこと、ちゃんと、真剣に、考えてあげて」

 アルフレド様は優し気に微笑むと、今度こそ踵を返して去って行かれる。

 私は呆然と立ち尽くしたまま、その背中を見送った。


 アルフレド様の転移魔法の、条件。確か。

 ──あのとき城内にいた人の中で一番私を想う人。

 その結果、跳んだのは……?

 私に結婚を申し込んでくださったウィリアム様でもなく、私と居ると心地いよいと仰ったエドガー様でもなく、私に認められるために努力したというフィリップ様でもなく。



 なるほど、これがアルフレドの言っていた『異性に好意を寄せている』ということなのでしょうね


 仮にも私は、貴女に想いを寄せていると告げたんですよ?


 一つのベッドで身体を重ねた仲ではないですか



 胸のあたりで、ごとり、と音がした。頬に、急速に熱が溜まっていくのをはっきりと感じる。


「こんなところにいたのですか」

 な、んで、寄りにも寄ってこのタイミングで……っ!

 今、一番聞きたくなかった声が背後から聞こえてきた。私は振り返るどころか動くことすらできずに逡巡する。

「クリスティーネ様の世話役より、クリスティーネ様が貴女の戻りが遅いので心配している、と伝言を受けたのですが……」

 ヴィクトル様の声が近付き、私の正面へと回り込んだ。

 私の顔を見て、ヴィクトル様がぎょっとしたように目を見開く。そして眉根を寄せて尋ねてきた。

「マリー? どうしたのです?」

「な、なんでもありませんっ!」

 私は慌ててそう断言すると、荷物を抱えてクリスティーネ様の待つ部屋へと逃げ込んだ。

 そして熟れ過ぎた果実のようになった私の顔を見たクリスティーネ様に、いたく心配されてしまったのだった。

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