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第三十六話

 教会に、朗々とした声が響く。

「汝等、今日よりいかなる時も共にあり、幸せな時も、困難な時も、富める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時も、死がふたりを分かつまで愛し、慈しみ、貞節を守ることをここに誓いますか?」

「はい、誓います」

「誓います」


 あれから二週間。

 ヴィカンデル王国の王都にて、今日、アルフレド様とクリスティーネ様の婚姻の儀が執り行われている。

 シェルストレーム国王とアルフレド様との協議は、結局アルフレド様の一人勝ちみたいなものだった。それでも二週間の猶予をもぎ取ったのは、シェルストレーム国王陛下がクリスティーネ様を泣き落とし、クリスティーネ様からアルフレド様にお願いをしたからだ。

 ちなみに、アルフレド様の自己申告によると、私を退場させた後、クリスティーネ様には何もしなかったらしい。

 大急ぎで二人のいる部屋に戻ったときに、私を飛ばしたときと同じ状態──というか、体勢のままだったから、本当にその言葉の通りだったんだと思う。

「クリスの僕を見つめる瞳が純粋過ぎて手を出せなくって」

 とか、照れ臭そうに頭を掻かれたら脱力するしかない。

 あぁ、そうそう。私の醜聞が広まるのは、未然に防ぐことに成功した。ヴィクトル様の部屋のすぐ外で呆然としていた従者その四に、誰にも言ってくれるなって頼み込んだからね。

 その際、私の両手が魔法の炎に包まれてたらしいけど、気にしないでって言っておいた。なにせあんなことがあった直後だし、気が動転して魔力制御が甘くなってたのね、きっと、うん。


 祭壇に立つ神父様の前には、アルフレド様とクリスティーネ様が立っている。

 シェルストレーム王国が誇る最高の織物技術で仕上げられた純白シルクのウェディングドレスは、シンプルなラインながら金糸と銀糸で細かな刺繍が丁寧に施されており、クリスティーネ様をさらに可憐に輝かせていた。

 アルフレド様もヴィカンデル王国の正装を纏っているせいで、完璧な美しさがさらに際立っている。

 幸せそうな息子を目を細めて眺めながら王妃様と側妃様に寄り添うヴィカンデル国王様とは対照的に、シェルストレーム国王様は公の場だと言うのに咽び泣き、呆れ顔の王妃様に涙を拭いて貰っていた。

「さぁ、誓いの口付けを」

 神父の言葉に、新しい夫婦は向かい合い、クリスティーネ様が少し頭を下げた。アルフレド様がクリスティーネ様のヴェールをめくり上げる。これでにキスしたら、結婚の儀は終了だ。

「クリス、一緒に幸せになろう」

 アルフレド様がクリスティーネ様にそう囁き──にキスを贈った。

 教会内がざわつく。シェルストレーム国王様が目を剥いて椅子から腰を浮かせたのを、慌てて王妃様が引っ掴んだ。

「今ここに、神の下、新たな夫婦が誕生しましたことを宣言いたします」

 神父様は何事もなかったかのように、にこにこと穏やかな笑みを浮かべて宣言する。

 同時に鐘の音が鳴り響き、アルフレド様とクリスティーネ様の結婚が無事成立したことを国中に告げた。愛し合う二人の婚姻を祝う鐘だ。

 それに重なるように参列者の拍手が起こり、アルフレド様と真っ赤になったクリスティーネ様は揃って来賓の方々へと笑顔を向ける。

「末永く爆発してください」

 お二人に惜しみない祝福の拍手を贈りながら、私は微笑んだ。

「式でまで呪文ですか、マリー?」

 私と同様に拍手しながら、私の隣に立つヴィクトル様が呆れたように口にする。鐘の音と拍手でかき消されるかと思ったのに、しっかり聞こえていたらしい。地獄耳め……。

「ええ。祝福の呪文ですわ。何か問題でも?」

 ヴィクトル様からの返事はなく、溜め息だけが返ってきた。

 私は顔を二人の方に向けたまま、ちらりと目線だけでヴィクトル様を窺う。ヴィクトル様は顔も視線もお二人の方を向いたままだ。

 ヴィクトル様は騎士団の正装を着ており、役職柄、今日も帯刀を許されている。格好のおかげで雄々しさも凛々しさも倍増しているんだけど、左の頬に貼られた手のひら大の絆創膏が、せっかくの見た目を台無しにしていた。

 うーん、これって私の魔法でできた傷だよねぇ。確かに思いっきり風圧を当てたし、痣ができたのも知ってるんだけど、こんなに長引く程だったかしら。二週間もあれば治ると思うんだけど。

「私の顔に何か付いてますか?」

「ええ、絆創膏が。少々当たりが強かったのかと。手加減はしたつもりだったのですが、そんなにひ弱な方だとは思っておりませんでしたので」

「ああ、これですか」

 ヴィクトル様はそう言ってぺりりと絆創膏を剥がした。

「ほぼ治っています。母が煩いもので」

 その言葉通り、まだ少しだけ痣が残ってるけど、よく見ないとわからない程度だ。残るような傷をつけたら、ヴィクトル様を慕うご令嬢たちに命を狙われるところだ。そうでなくても、シェルストレーム王国から戻ったヴィクトル様の頬の痣は、いろんな憶測を呼んだらしいから。

「大袈裟な演出で、私に罪悪感を植え付けようとしていたのかと」

「そんな小賢しい真似はしませんよ。誠実でありたいのでね」

「誠実、とおっしゃる割には、まだ謝罪の言葉を頂いておりませんけど」

「何に対するですか?」

 しれりとそう述べたヴィクトル様は、そこでようやく目だけで私を見た。その目が本当にわからないと言っている。

 アンタはアホですか。……まさか忘れたわけじゃないでしょうね?

「頬の痣の原因をお忘れですか? 未遂ではありましたけど」

「悪いことをしたとは思っていませんが」

 こっ、こいつ、何様──!?

 えぇ、えぇ。そりゃあ、さぞおモテになるヴィクトル様には、女性と臥所を共にした経験なんて無数にあるんでしょうね。私にとっちゃ、できればお互いに想い合う相手と経験したいことなんですけどね。なのに、あのときはちょいと貞操の危機まで感じたんですけどね。

 今度ヴィクトル様にお茶を淹れるときは、絶対、雑巾で磨いたティーカップで用意してやる!!

「ところで、マリー。貴女、何故ここにいるんです? しかもそんな格好で」

 ヴィクトル様が首を私の方に向けて目を眇めた。

 私とヴィクトル様がいる場所は、祭壇のすぐ脇だ。新郎新婦に何かあったらすぐに飛び出せるような、いわゆる『護衛』が立つべき場所。そして、私の着ている服は宴に招かれた者が着るような肩を出すドレスではなく、シェルストレーム王国でも数回着たことのある、仕立ての良い、侍女の正装だ。


 ハイ。私、アン=マリー・ヤーロースは、侯爵令嬢としてじゃなく、クリスティーネ様の専属侍女兼護衛としてここにいます♪


 先日、両親やエリオット、そして侍女頭さんへ打診したクリスティーネ様が嫁いだ後の進路。実は、王城への出仕を辞して、クリスティーネ様の専属侍女としてヴィカンデル王国へついて行きたいと希望したのだ。

 私の身分や魔法の力のことを知っている侍女頭さんはさすがに渋ったけど、私が既に両親やエリオットに許可を得ていることを話すと、とりあえず候補者リストに入れて国王様に話を通してくれると約束してくれた。

 シェルストレーム国王様には、クリスティーネ様専属の侍女兼護衛になっていることで、私が女性として幸せを得る機会を奪ってしまったという自覚があったらしい。侍女頭さんから国王様にお話が行った直後、直々に呼び出された。そして、侍女を退職した後も、シェルストレーム王国で慎ましやかに暮らして行くには十分な退職金と屋敷を都合してくれると申し出てくださった。

 でも私はそれらを丁重にお断りさせていただき、クリスティーネ様の専属侍女としてヴィカンデル王国へ行くことのみを望んだ。

 だって、なんか放っておけないんだもの。本当の妹みたいだし。純粋過ぎるし。何より私が、これからもクリスティーネ様と共に在りたいと思ってるし。

 国王様も、私が一緒にヴィカンデル王国へ行ってくれるなら安心できると、最終的には了承してくださった、というわけだ。


「私は、クリスティーネ様の専属侍女ですもの」

 私がきっぱりと言うと、ヴィクトル様は意外そうな表情で私の方を見る。

「よく、許可が降りましたね」

「心強い味方がおりましたので」

「貴女はそれでいいのですか? エドガー様やウィリアム様と離れて暮らすことになりますが」

 なんで突然殿下の名前が出て来るかな?

「それが何か?」

「いえ、別に。前に『心に決めた方がいる』とおっしゃっていましたので、気になっただけです」

「ええ、その通りですわ。だから、クリスティーネ様と共に在ろうと決めましたの」

「……そうですか」

「ところで、さっきも言いましたけど、私は結局、ヴィクトル様から謝罪の言葉をいただけないのですか?」


 ヴィクトル様が私に艶を含んだ笑顔を向けた。

「何をいまさら。一つのベッドで身体を重ねた仲ではないですか」

 ちょっと! いかがわしい言い方すんな! 誰かに聞こえたら完全に誤解されるでしょーが。

 まったくもう! なんでこう、この人は、私の神経を逆撫でするのがやたらと上手なのよ!!


 ある程度覚悟はしていたけれど、これから始まる新生活に、私は早くも頭を頭を抱えたくなったのだった。

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