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第三十一話

 二人の傍まで近付いて、ようやくそれぞれの表情を知ることができるようになる。

 エリオットは私が想像していた通りの通常運転な微笑みを浮かべ、ヴィクトル様は変なところから登場した私に呆気に取られているようだった。

 私はヴィクトル様の前に立つと、ヤーロース侯爵令嬢としてドレスを摘まんで礼をする。

「大変失礼いたしました。盗み聞きするつもりはなかったのですが、出て行く機会を失ってしまいまして」

「それで、どこから聞いていたんです?」

 階段の上に立ったままのエリオットが、大変いい笑顔で尋ねてくる。位置関係もあって、なんだか尋問される咎人の気分だわ。

「私が居ること、初めからわかっていたんでしょう?」

「いえ、話している途中で気が付いたんですよ」

 ってエリオットは言うけど、自己申告だからかなり怪しい。ヴィクトル様に、どこから私が聞いていたかを明確に伝えるために、わざとこんな言い方をしているような気がしないでもない。ただ、誤魔化すのも変な気がして、私は正直に答えた。

「エリオットがヴィクトル様に呼び掛けたときだから、多分、初めから……」

「そうですか」

 エリオットが笑みを深める。何に、なのかわからないけど、満足したらしいことはわかった。

「さて、姉上にも出て来ていただいたことですし、私はそろそろ失礼させていただきます」

 エリオットが私たちに向かって会釈した。

 え、ちょっと待って。今のこの状況で、私を置いて行くつもり?

「今夜中にどうしても、宰相殿とお話がしたいものですから」

 私の疑問に答えるかのようにエリオットはそう言うと、「それでは」と言い残して大広間の方へと去って行く。エリオットの向かう先には、シェルストレーム王国の国王様とお話してらっしゃる宰相様の後ろ姿があった。

 ってゆーか、エリオット、大広間の方を向く間際に、一瞬、私に向かって悪戯っぽく笑ったよね? 見間違いじゃないよね? アンタ絶対に確信犯でしょ!

 エリオットがこういう行動を採るってことは、何か意図があるはずだ。その意図を私がまったくわからないってのが大問題なんだけど。

 まったく、私にどうしろって言うのよ……。


 エリオットが居なくなると、当然、ヴィクトル様と私だけがこの中庭と大広間の境目に残された状態になる。この場所の中途半端っぷりが、この微妙な空気をさらに助長してる気がする。

 さっきの会話を(本意ではないとはいえ)盗み聞きするという、誰がどう考えてもマナーに反することをしてしまった手前、居心地が悪くて仕方がない。

 ヴィクトル様をちらりと窺うも、聞かれていたことが気拙いのか、何か考え事をされているのか、エリオットの去った方に視線を投げたまま私と目を合わせようとしない。この場を離れようにも、エリオットの後を追うタイミングも逃しちゃったし。

 この沈黙、とにかく気拙いんですけど……。

 ヴィクトル様に気付かれないようにそっと溜め息を付く。そこへ、ヴィクトル様の普段と変わらない声が聞こえてきた。

「不思議な方ですね」

「え?」

「ヤーロース侯爵のことです。掴みどころがない」

「そうですわね。ウィリアム様には有能と仰っていただきましたけど、我が弟ながら、何を考えているのかわからないときがありますわ」

 まさに今とかね。

 私が応えると、それが合図だったかのようにヴィクトル様が私の方を向いた。ようやく目が合う。ヴィクトル様はまじまじと私を見た後、目を僅かに細め、唇の端を持ち上げた。

「普段とは随分違いますね。先程、大広間でお見かけしたとき、一瞬誰なのかわかりませんでした」

「それはお互い様ですわ」

 私の言葉に嘘はない。

 今宵のヴィクトル様はいつも見ているアルフレド様の護衛騎士としての出で立ちではなく、ヴィカンデル王国の公爵家の人間として正装を着ていらした。瞳の色に合わせた青藍色のベルベット地でできた服は、一目で最高級の品だとわかるものだ。長い薄い茶色の髪は緩く左肩で結い纏められ、前に落とされている。普段と同様に表情が薄いものの、ヴィクトル様のもともと美しく整った顔立ちが、さらに際立って見えた。

 じっと私を見つめてくるヴィクトル様の微笑が少し深くなる。その表情が、私を挑発しているようにも、ただ微笑んでいるだけのようにも見えて、私はどう反応すべきか逡巡した。

「本当に、侯爵令嬢、なんですね。とてもお綺麗です」

 しばしの後にヴィクトル様が発した言葉に、やっぱり挑発してたのかと私は少なからず憮然とする。

「お褒めの言葉、光栄ですわ」

 ヴィクトル様の世辞を粗略に受け流すと、ヴィクトル様が苦笑を漏らした。

「本当に、そう思っているのですがね」

 いつの間にか、先程感じていた気拙さはなくなっていた。

 その代わり、ヴィクトル様の視線が今日はやけに痛く感じる。それから逃れたくて、私はヴィクトル様に提案してみることにした。

「そろそろ大広間あちらに戻りませんか?」

 しかしヴィクトル様は躊躇うように目を伏せた。

 うーん、戻りたくないのかな。さっきエリオットに女性の相手が苦手だって言ってたけど、ヴィクトル様なら簡単に一蹴できるでしょうに。それとも、私を一人で大広間に戻らせようとしてるのかしら。私としてはそろそろ戻らないと本当にヤバいんだけど。一応クリスティーネ様の専属侍女だし。いつまでもこんなところで油を売ってもいられない。

 先に戻らせていただきますわね、そう伝えようとしたとき、ヴィクトル様が口を開いた。

「貴女にお伝えしなければならないことがあります」

 そう告げた割に、ヴィクトル様は顔を上げようとしない。

 何なの? 言いたいことがあるなら、ちゃんと目くらい合わせなさいよ。

 何を言うつもりなのかとヴィクトル様の表情を窺うと、眉尻が僅かに下がっているように思えた。

「貴女は聡い。ですから、きっともう私が何を言いたいのかとっくにわかっていらっしゃるでしょう」

 ヴィクトル様はここでいったん言葉を切り、やがて意を決したように続けた。

「この国に到着し、陛下に謁見した後、部屋へと案内してもらっていた際、たくさんの侍女とすれ違いました。アルフレドという国賓級の来訪者が来ており、城内のどこを通るかわかっているはずなのに、わざわざ姿を見せる彼女たちのことも、彼女たちが送ってくる秋波にも、私は辟易した。侍女でありながら、我々に対してあるまじき態度だと、なんと身の程を知らない無礼な者たちだろうと、そう思っていました。まさか、貴族の女性が侍女として従事しているなど、思いもしなかった」

 あー……そういえば、あのとき行儀見習いの侍女たちにたくさん擦れ違ったわね。うん、確かにアレは身分ウンヌンを抜きにして無作法だったと思う。侍女頭さんから侍女全員に対して失礼のないようにって事前に注意されてたんだけどね。

 なるほどね。貴族でない人間が侍女をしていると思っていたのなら、ヴィクトル様が気分を害するのも無理はない。そのままの流れで私が専属侍女って紹介されたから、あの子たちと同類ってみなされたのね。すごく不本意だけど、状況的には仕方のないことだったのかもしれない。

 ようやくヴィクトル様が顔を上げた。やはり眉が僅かにハの字を描いているような気がする。でも、真っ直ぐに私を見つめてきた。

「数々の無礼な言動、とても気を悪くされたでしょう。今更許されるとは思いませんが……お詫びいたします」

 そう言ってヴィクトル様は再度目を伏せる。私は目を見張った。

 フィリップ様と会話されていた際、反省しているという話を私も傍で聞いていた。だからこそ、プライドの高そうなこの人が、わざわざ、直接、私に対して謝罪の言葉をくれるとは思っていなくて。

 私もきっと、ヴィクトル様のことを一方向からしか見ていなかったんだ。性格は捻じれているけど、この人は意外と繊細で、変なところで義理堅くて素直なのかもしれない。

「もう、いいです。私もそちらの事情を知りませんでしたし、知ろうともしておりませんでしたから。お互い様ですわ」

 私がそう告げると、ヴィクトル様は弾かれたように顔を上げる。その表情に驚きの色が見えた。

 多分私たちは、お互いに第一印象が悪すぎたんだ。悪条件が重なって、先入観が邪魔をして、常識の違いにも気付かずに。

「それに、こうして文化に差があると知ることができたのですから、今後はお互いに気を遣えると思いますし」

 私が微笑みかけると、ヴィクトル様は安心したように吐息を漏らし、表情を綻ばせた。それはとても僅かな変化だったけれど、私にははっきりと読み取れた。

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