第二十七話
ちょうどそこへ、時を告げる鐘の音が聞こえてきた。夜会の開始時刻になったのだ。
皆が大階段を注目する。そして階段の上にある扉から国王様ご家族とアルフレド様がお見えになるのを待った。
しばしの後、重厚な扉が両側に開き、向こう側からロイヤル・ファミリーが姿を見せる。国王様、王妃様に続き、エドガー様、ウィリアム様、フィリップ様。そして最後に、仲睦まじく腕を組んだクリスティーネ様とアルフレド様だ。
七名が階段の上で横一列に並ぶ。そしてちょうど中央に立たれていたシェルストレーム国王陛下が声高らかに宣言した。
「皆の者、よくぞ集まってくれた。喜ばしいことに、我が娘クリスティーネと、隣国ヴィカンデル王国の第三王子アルフレド殿との婚約が、先日めでたくも結ばれた。今宵は祝いの宴だ。存分に食べ、飲み、楽しんで貰いたい」
大広間が沸き、拍手が起こる。外から打ち上げ花火の上がる音が聞こえてきた。
そして、楽団によるゆったりとした音楽が流れ始めた。ダンスのための曲は、もうまもなく始まるはずだ。
国王様方が階段をゆっくりと降りて来られる。気が付けば、私たちの集団の後ろには、既に国王様や殿下たち、そして今夜の主役であるお二人に挨拶をしようと、たくさんの貴族たちが集まり、機会を窺っていた。
私もクリスティーネ様とアルフレド様にお祝いをお伝えしないとね。まぁ、ほぼ毎日お二人のラブラブな姿を拝見してるから今更感はあるけど、でも、今の私は『専属侍女』じゃなくて『侯爵令嬢』だから。ちゃんと礼儀に則ってご挨拶はしておきたい。
「マリー!」
階段の最下段を降りた途端、クリスティーネ様が私に向かって呼び掛けてくださる。たった数歩の距離だというのに、エリオットが私をエスコートし、クリスティーネ様とアルフレド様の元へと連れて行ってくれた。ドレスを摘まんで優雅に一礼すると、エリオットと共に祝いの言葉を述べる。
「クリスティーネ様。この度はご婚約おめでとうございます」
「私からも、お祝いをさせてください。おめでとうございます」
「ありがとう。ヤーロース侯爵。それに、マリーも」
クリスティーネ様が、薔薇の蕾が花開いたかのような可憐な微笑みを浮かべ、私をご覧になった。
「今夜のマリー、とても綺麗よ」
「そうだね。僕もそう思うよ。本当に、素敵だ」
クリスティーネ様とアルフレド様が口々に仰ってくださる。
「まぁ……。ありがとうございます。お恥ずかしい限りですわ」
私は手で口元を隠して微笑んでみせた。
ここは言葉通りには受け取らないに限る。普段、侍女のお仕着せ姿しか見せてないから、ドレスアップしたことでギャップ補正が入るものだし。まぁ、お世辞とわかってはいても、嬉しいけどね。
そのまま流れでエリオットをアルフレド様に紹介する。二人が挨拶をしているとき、とん、と私の背中に誰かの身体が当たった。
「おっと、失礼。──ん? もしかしてマリーか?」
そこにいたのは、エドガー様だった。誰かと談笑されていて、私に気が付かなかったみたい。私はエドガー様の方へ向き直ると、やはりドレスを摘まんで淑女の礼を執った。
「エドガー殿下、ご機嫌麗しく。こちらこそ、大変失礼いたしました」
「いや、今のは私の方が悪かっただろう。それにしても、馬子にも衣装と言うやつか」エドガー様がフッと目を細めた。「見違えた。後で一曲頼む」
それだけ言うと、すぐに元の相手との会話に戻られてしまう。
ん? 一曲? エドガー様とダンスしろってこと?
ハテナが並ぶ頭のまま私もエリオットの方へと向き直ると、既にクリスティーネ様とアルフレド様は別の招待客の方々からのお祝いの言葉を受けており、エリオット自身はウィリアム殿下と話していた。私と目が合ったエリオットが心得たように口を閉じてくれたので、私はウィリアム様に向かって三度目の淑女の礼をする。
「ウィリアム様。ご機嫌麗しく。この度は、クリスティーネ殿下のご婚約、おめでとうございます」
「マリー、なのですか?」ウィリアム様は目を瞬かせ、そして微笑んだ。「これは……驚きました。エドガー兄上がダンスを誘うとは、一体どこのご令嬢かと思っていたのですが」
あ、さっきのアレって、やっぱりダンスのお誘いだったのね。誰にも誘われないだろう私に同情してくださったのかしら。でもできれば、エドガー様と踊って目立つよりも、そっと隅で眺めてたいんだけどなー……。
「まったく、なんだかんだ言って、兄上は抜かりないですね」
ぼんやりと考えごとをしていた私の耳に、ウィリアム様の苦笑交じりの言葉が聞こえてきた。
「エドガー様らしいです」
エリオットが笑顔で言う。
そのとき、楽団の奏でる曲調が変わった。ダンスホールの中央へと、ご令嬢やご婦人たちと彼女らのパートナーである紳士たちが、手に手を取って進み出る。いよいよダンスの時間が始まるのだ。
多分、エリオットは一曲目からダンスに参加しないはずだ。馴染みの方への挨拶を優先するだろうから。私としても、できれば目立ちたくないから、一曲目からダンスに参加するのは勘弁被りたい。
それでも一応エリオットに尋ねておこうとしたとき、ふいに横から手を取られた。
驚いてそちらを見る。ウィリアム様だった。私の手を掬い上げたまま、眼鏡の奥にある瞳を細めて、じっと見つめられる。
「マリー、一曲お相手をお願いしても?」
えっと、一応私、エリオットと約束してるんだけど……。助けを求めようとエリオットの方をちらりと窺ったが、エリオットはにっこりと微笑んでいるだけだった。
あー、これは申し出をちゃんと受けろって意味だ。助ける気はありませんってコトね。まぁ、侯爵家の人間として、王子殿下からのダンスの申し出を断る選択肢なんてあるわけないんだけどさ!
「喜んで」
と笑顔で応えつつも、一曲目から、しかも王子殿下とダンスだしなきゃいけないなんて、聞いてないよ! と心の中で叫ぶくらいは許してもらいたい。声には出しません、多分。ウッカリ出ちゃったらゴメンナサイ。
既にダンスの曲は始まっている。皆がくるくると回りながら踊っているその中へ、私はウィリアム様にエスコートされて入って行った。
線の細い見かけによらず(って言い方が失礼なのはわかってるんだけど)、ウィリアム様はとてもダンスがお上手だった。私があまり得意ではないことを直ぐに見抜き、巧みにリードしてくださる。おかげですんなりと曲に乗ることができた。
ダンスしながら、ウィリアム様が話しかけてくださる。
「エリオット殿は優秀な方ですね。未だわたしよりも一つ若いと言うのに、既に先代のヤーロース公爵に引けを取らない働きをしてくれています」
「ありがとうございます。本人が聞いたら喜びますわ」
「わたしも頑張らねばと思いますよ。宰相殿に匙を投げられないようにね」
「まぁ。宰相様は厳しいのですか?」
ウィリアム様、十分に頑張ってらっしゃると思うんだけど。ウィリアム様が主導されている政の案件が、そこそこたくさんあるのは知ってるし。
私の質問を聞いて、ウィリアム様は苦笑を漏らした。
「厳しいには厳しいですが、わたしが『わからない』と言えば教えてくださいますよ。良き師を持ったと思います。わたしは運がいいのでしょうね」
曲に合わせて手を引かれ、それに導かれるようにくるりとターンする。再び正面を向いた私に、ウィリアム様が微笑みかけてくださった。
「そうそう、マリー。先日の話、考えておいてくれましたか?」
「え?」
何のことかわからず聞き返してしまった私に、ウィリアム様は特に気を悪くした様子もなく教えてくださった。
「クリスティーネが嫁いだ後の話です」
「ウィリアム様専属の侍女にってお話ですか?」
「え? 専属侍女?」
眼鏡をかけていらっしゃるのに、ウィリアム様の目が点になったのがハッキリと見えた。その反応に、どうも私の理解と違うっぽいぞと思い当たる。
「違うのですか?」
「なるほど……エリオット殿の言う通りだ。これは手強いですね」ウィリアム様はまた、苦笑した。「わたしは『わたしの伴侶になっていただけませんか』という意味で言ったのですけどね」
あぁ、そういう意味だったんですか。伴侶。へー、奥さんって事か。つまり、結婚しようっておっしゃってるのね……んっ?
「──はい!?」
ダンスの真っ最中だというのに、私は足を止めて大きな声を上げてしまった。慌てて口元を抑えるも、周囲の人たちからの視線を浴びる。うっわ、マズい。どうしよ。
ウィリアム様は突然のトラブルにも動じず、私を安心させるように優しく微笑むと、優雅な仕草で私の手を引いてダンスホールから私を連れ出した。




