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第二十四話

「まったく。私たちのことなど見えていないようだな」

 エドガー様が大きな溜め息を吐き出しながら言った。

 お二人の世界に中てられたのは私だけではなかったらしい。まぁ、そうだよね! あれだけバカップルぶりを見せつけられたらね!!

 エドガー様は明らかに面白くない、と言いたげな表情をされている。しかし、お二人の仲に割って入ろうとはしなかった。

 『手合わせ』でアルフレド様の心意気を認められたからかもしれないし、クリスティーネ様が既にアルフレド様に対しての恋心を抱いているのはどう見ても明らかだからかもしれない。

 エドガー様はもう一度嘆息すると、フィリップ様に手合わせ用の剣を押し付け、連れていた護衛の騎士たちには解散を命じた。

 あれ? アルフレド様に城内をご案内している最中じゃなかったの?

 ──などという素直な疑問を抱かない私も、エドガー様に相当慣れてしまっている。

 今の状況からして、エドガー様がアルフレド様を絶対必要というわけでもない城内見学にわざわざ連れ回していた理由は明白だ。試してたんだろう、アルフレド様を。突然の求婚や迅速な来訪にあった、その裏の目的を知るために。そして、アルフレド様の人柄を知るために。

 どうやら、アルフレド様は一応エドガー様の眼鏡に叶ったらしい。

「アイツに、せめて私の見ていないところでやれと言っておけ。いつか殴りそうだ」

 エドガー様は指をパキパキと鳴らしながらそう言うと、一人城の方へと戻って行こうとし……何かを思い出したかのように振り返った。

「そうだ、マリー」

「はい。何でございますか?」

「結婚することが決まっているとはいえ、今は未だ婚約の儀も済んでいない。万が一、アルフレド殿がクリスティーネに手を出した場合は、極刑に処していいからな」

 エドガー様はそう言うと、不敵な笑みを残して去って行く。

 いやいいやいやいや。そんなの絶対無理だから! アルフレド様の魔力は私とは桁違いだっつーの。返り討ちに遭うから!!

 私の心の叫びは、エドガー様には届かなかった。エドガー様の後ろ姿が、城の方へと消えて行った。

 これだから魔法の使えない人は……っ! 剣技に人それぞれの得意な型や実力差があるように、魔法にだって適性とか実力差とかあるんだからね? 誰もがアルフレド様みたいにオールマイティーに何でもできると思うなよ?

「兄上に信用されてるみたいだね、マリー」

 いつの間にか隣にいたフィリップ様が私にそう言った。

 王家に忠実な家臣として信用されているのは嬉しいけど、自殺行為を命じられるのは勘弁して欲しいわ。そりゃ、クリスティーネ様の本意でないことなら、私が犠牲になってでも止めるけどね。でも、今のこの状態じゃあ……ねぇ?

「エドガー様もご冗談がお好きですね」

 溜め息混じりに当たり障りなく返すと、フィリップ様は苦笑した。

「アレ、多分本気じゃないかな。まぁ、本当にマリーが制裁を加えなきゃならなくなったとしても、兄上に任せておけば大丈夫。揉み消してくれるよ」

 うわー、フィリップ様も、何気にえげつないこと言うわー……。

 思わず顔を引き攣らせてフィリップ様をガン見する。

 フィリップ様は「ん?」と首を傾げながらニッコリと笑うと、ポンと手を打った。

「そうだ、マリー。さっきの話だけどさ。あんまり深く捉えなくていいから。気軽に来てよ」

 突然変わった話題に一瞬思考が止まったが、すぐにフィリップ様が私の対人を想定した魔法訓練の話をしていることに思い至る。

 誘ってはいただいたけど、もうすぐ私は、クリスティーネ様の護衛の任が解かれるはずだ。クリスティーネ様が嫁がれた後まで『護衛』の立場である必要はないから。まぁ、そういった事情に関係なく、対人戦に慣れた魔法の使い手を持っておくことも、対魔法に慣れた騎士を増やすことも、シェルストレーム王国にとっての益にはなるんでしょうけど。

 だからと言って、クリスティーネ様の輿入れ後、魔導師としての道を歩むつもりは今のところないし。まぁ選択肢の一つではあるんだけど。

「ありがとうございます。できるだけ、時間を作って伺います」

 胸中を過ぎるものはいろいろと複雑だけど、私は微笑みながらフィリップ様にそう答えた。


 そのとき、ふと視線を感じた。その方向へと振り向くと、ヴィクトル様と目が合った。どうやら、私とフィリップ様を見ていたらしい。

 また皮肉気な表情を浮かべて「今日は呪文を唱えないんですね」とか「侯爵令嬢ともあろう方が騎士団員と実践を想定した訓練ですか? 本当に貴女は女性らしくありませんね」とか、とにかく私の神経を逆撫でするようなことを言って来るんだろうと私は身構えた。

 でも、ヴィクトル様は表情を変えることも口を開くこともなく、ふいと私たちから未だ闘技舞台の上に居る主たちへと視線を移した。

 あれ? 絶対に何か嫌味を言ってくると思ったのに。

 意外な結果に私は拍子抜けしてしまった。そういえば、こないだもいつもとちょっと違う反応をしていた気がする。

 私は主たちを見つめるヴィクトル様の横顔をそっと窺ってみた。気のせいかもしれないけど、ヴィクトル様は、いつも以上に感情の乗っていない表情をしていた。……考えすぎ、かな。ヴィクトル様がシェルストレーム王国へいらしてから、お会いする度にいろいろ言われてきたから、久しぶりに見た冷たい無表情と不愛想さに違和感を覚えているだけかもしれない。

 自分の眉間に皺が寄っていることに気が付いて、慌てて表情を緩めたとき、ヒュンッという音とともに、私の頭の脇を何かが勢いよく通り過ぎて行った。それは回転しながら真っ直ぐに飛び、横を向いたままのヴィクトル様へと向かう。ヴィクトル様はすぐに気付いて、身体の向きを変えることなくそれを右手で受け止めた。

「どういうおつもりです?」

 ヴィクトル様がそう言ってこちらを向く。その右手に収まっているのは模擬剣だった。つい先程まで、エドガー様とアルフレド様が使っていた剣。怒っているのか驚いているのかすら読めない表情のまま、ヴィクトル様の視線は私を通り過ぎ、後ろにいたフィリップ様へと注がれていた。

「ヴィクトル殿も俺と『手合わせ』しませんか?」

 フィリップ様がヴィクトル様に向かって声を掛けた。その手に、エドガー様から渡されていた模擬剣がない。ヴィクトル様に剣を投げたのはフィリップ様だったってことね。

 フィリップ様も案外破天荒よね。余所を見ている人に凶器にも成り得る物を投げるとか、普通はしないと思うんだけど。しかも、国賓扱いのお客様の従者、かつ、大国の公爵家の方に向かってとか。まったく、本当にどういうつもりなのかしら?

 フィリップ様の表情は笑顔だけれど、その目は笑っていない。何か、意図があるように見える。

「先日ヴィクトル殿が、我が国で()の任を負った者に少々失礼な言動をされたと小耳に挟みまして。そう言えるほどにお強いのでしょう? 貴方の武勇伝は我が国にまで聞こえてきていますし」

 ん? 何の話だ?

 話が読めていない私を無視し、相変わらずの無表情なヴィクトル様と笑顔のフィリップ様が見つめ合う。いや、これは睨み合うって言った方がいいかもしれない。お互いに無言なのに、不穏な空気が漂っていた。

 ──どうしてこうなった……。

 先に沈黙を破ったのはヴィクトル様の方だった。

「いえ、やめておきます。私が貴方と手合わせしている間、アルフレドを守る者が不在となってしまいますから」

 そう言って、フィリップ様に剣を投げ返す。普通に腕を振っただけなのに、剣はすごい速さで飛んだ。

「それは残念。俺の力がヴィカンデル王国のような大国で、どの程度通用するか知りたかったのですが」

 まったく危なげなく剣を受け取りながら言ったフィリップ様に、ヴィクトル様が答える。

「フィリップ様であれば、我が国の騎士団の小隊長でも敵わないでしょうね。私と、となるとやってみなければわかりませんが、負ける気はありませんよ。ただ……」ヴィクトル様は、私たちの方が正面となるよう姿勢を正した。「なかなか機会がなくできていませんが、には謝罪したいと思っています」

 そう言ってヴィクトル様は目を伏せた。

 私は驚いてヴィクトル様を見つめた。『謝罪したい』と言ったとき、一瞬だけ目が合ったような気がしたけど、気のせい、よね?

 呆然としていると、隣からフィリップ様の嘆息が聞こえてきた。

「許しを請うということですか?」

「……それで許していただけなくても仕方がないと思っています。私には、知らないことがいろいろと多過ぎた」

 ヴィクトル様はそう告げると、再び闘技舞台の方を向いてしまう。舞台の上にいた主たちは、ようやく二人の世界から戻ってきたのか立ち上がり、アルフレド様がクリスティーネ様の手を取ってこちらへと歩んで来ていた。

 仲睦まじいお二人を眺めながらも、実は私は何も見ていなかった。先程の目の前で繰り広げられていた会話を反芻する。でも、尊大だと思っていたヴィクトル様が『謝罪』という言葉を口にしたということに驚愕し過ぎてしまったせいで、うまく頭が働かない。

 『王族の護衛』で『彼女』──つまり王族護衛の任に就いている女性──は、今、私だけだ。じゃあ、さっきの話って私のことだったワケ?

 反省してるっていうこと? なんで急に? 初対面から今日までずっと、会うたびに私に対して失礼な態度を取ってた癖に……。

 でも、本当にそうだった? 先日お会いしたときは? 私から突っかかって行かなかった? 私が勝手に、また失礼なコトを言ってくると思い込んで、構えて。

 それにあの日、ヴィクトル様は、私に何かを言いかけていたような気がする。もしかしてあのとき、謝りたかったの……?

 そのときアルフレド様の声が聞こえてきて、私の思考が途切れた。

「あれ? エドガー殿は?」

「執務に戻られました。城内の案内も終了のようです」

 ヴィクトル様が言う。

「そうか」

 と答えながら先に闘技舞台を降りたアルフレド様が、ごく自然にクリスティーネ様に腕を貸す。クリスティーネ様はドレスの裾を少したくし上げながらそっと足を下ろした。

 改めてヴィクトル様の方を見たアルフレド様が、少し首を傾げた。

「ヴィクトル、なんか機嫌悪い?」

 しかし、ヴィクトル様は質問に対して肯定も否定もせず、「エドガー様が本気でなかったことに感謝してください」とだけ言った。

「本当だね」

 アルフレド様が苦笑した。


 気が付けば、クリスティーネ様の次のご予定まで時間が迫っていた。

「また一緒にお茶をしましょう」

 アルフレド様とクリスティーネ様がそう約束し、私たちはアルフレド様へのご挨拶もそこそこに、大急ぎで部屋へ戻ることになった。

 ヴィクトル様とは、目が合わなかった。一度も。

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