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第二十三話

「エドガー兄上、アルフレド殿。見学ですか?」

「フィリップ。クリスティーネもいるのか」

 フィリップ様がエドガー様たちに声をかけると、皆がこちらを向いた。声を掛けてくださったのはエドガー様だ。その周りには、アルフレド様とシェルストレーム王国の騎士が二名、そして……ヴィクトル様、またアンタか。普段にも増して表情が冷たいのは気のせいですかねぇ。

 正直げんなりしたけど、それを表情に出さないよう努めながらクリスティーネ様の傍らに控えた。主たちの会話を黙って聞く。

「ええ。そこで会いまして」

「プラナスを見に来ていましたの」

 フィリップ様とクリスティーネ様が答えると、エドガー様が「そうか」と頷いた。

「わたしたちもプラナスに惹かれてね。そのまま騎士団の鍛錬場を見学させてもらっていたんだ」

「その剣は?」

 フィリップ様が、エドガー様とアルフレド様がそれぞれ手にしている物を指して言う。

 お二人が持っているのは、練習試合用の木で作られた『模擬剣』だ。芯の部分に金属を用いて重さを調節し、本物の剣と同じ重さとなっている。形も本物の剣と同じ。もちろん刃はないけどね。

 エドガー様も屈託のない笑顔で仰った。

「今からアルフレド殿に手合わせをしていただくところだ」

 ちょ──っ!? 何考えてるんですかアンタ──!!

 王太子と隣国の第三王子が手合わせって、万が一のことがあったらどーすんの? しかもアルフレド様は魔法を使えるっつーの。下手すりゃエドガー様即死だって。

「危険ではないのですか?」

 そう仰ったときの僅かに震える声に気付いてクリスティーネ様の様子を窺うと、案の定、不安そうに瞳を揺らしていた。

「アルフレドは魔法を使えますよ」

 ヴィクトル様が相変わらずの冷淡な表情で言うと、エドガー様は意味あり気に唇の端を片方だけ上げた。

「ああ、もちろん知っている。大陸随一の魔法の使い手だということもな。そしてわたしが魔法を使えないということも、皆重々承知しているであろう。魔法を使うか使わないかは、アルフレド殿にお任せする」

 ちょ、エドガー様! そんな言い方したら、アルフレド様が魔法使えないっしょ!?

「わかりました」

 アルフレド様はいつもと変わらず微笑んでいる。けれど、その微笑みはいつもの柔和な王子様然としたものではなく、どこか勇ましさを感じさせるものだった。

 エドガー様が模擬剣を肩に担いで、地面より一段分だけ高く設えられた円形の闘技舞台へと上がる。

「案ずるな、クリスティーネ。ただの手合わせだ」

 そう言いながら。アルフレド様もクリスティーネ様にふわりと微笑みかけ「心配しないで」と言うと、舞台へと上がった。

 いや、案じないも心配しないも、無理だから。


 闘技舞台の中央で、エドガー様とアルフレド様が数歩の距離を保って相対した。

「まぁ、単なる『手合わせ』です。気楽に行きましょう」

「はい」


 エドガー様が目を細めて言い、アルフレド様もやんわりと返す。そして二人とも剣を構えた。途端にピリピリとした空気が辺り一帯を覆う。

 私は顔を引き攣らせた。

 ちょーっと待った! たった今『気楽に』と言ったばっかりでしょーがっ! ど・こ・が・『気楽』なのよっ!? これじゃ、ガチ勝負じゃない。怪我とかやめて欲しいんですけど。いや、割とマジで。


「では参ります」

 宣言とともに先に地面を蹴ったのはエドガー様だった。剣の柄を両手で握り、真っ直ぐにアルフレド様へと向かいながら斜めに振り被った。アルフレド様は正面に剣を構えながら鋭い目つきでその動きを注視する。

 ガゴッ!

 エドガー様が振り下ろした剣はアルフレド様が横に構えた剣に阻まれた。エドガー様を押し返し、その勢いのままエドガー様の胴を狙って薙ぐ。それを紙一重で後ろに飛び退いたエドガー様は、にこりと笑った。

「驚きました。どうやら剣術も学んでいるようですね」

「ええ、必要最低限は」

「アルフレド殿なら、魔法を使えば、私を負かすことなど一瞬でしょう」

「エドガー殿は、なかなかに面白いことをおっしゃいますね。初めからわたしに魔法を使わせる気などないでしょう。それに、フェアじゃありませんから」

「そのせいで負けるかもしれませんよ?」

「負ける気はありません」

「単なる『手合わせ』でも?」

「ええ、単なる『手合わせ』でも、です」

 答えるアルフレド様は、初めて見せる勇ましく真剣な表情だ。普段のキラキラしたオーラは消え、代わりにその空色の瞳に闘志が見える。

「そうか」

 そう言うなりエドガー様が再び動く。今度は左──アルフレド様にとって右から。速い!

 アルフレド様が反応して身体の向きを変えるのと同時に二人の剣が再び交わった。でもアルフレド様にとっては構えた剣の角度が悪かった。左腕を加えて両手で支えるも、すぐに押されてしまう。

「くっ」

 アルフレド様が剣の角度を変えた。その傾斜に沿ってエドガー様の太刀筋が変わる。空を切ったエドガー様は、すぐさま次の攻撃を加えた。

 激しい剣の応酬が続く。でも、アルフレド様は防戦一方という感じ。どう見ても優勢はエドガー様だ。

 そりゃあそうよね。アルフレド様は魔導師団の副団長だもの。魔法での攻撃は、遠隔からが基本だ。つまり敵と直接相対する剣技とは対極にあるようなもの。むしろ、アルフレド様がこれだけ剣技ができるってコトの方に私は驚いていた。


 クリスティーネ様が祈るように両手を胸の前で組み合わせ、二人を見つめている。ハラハラしていることを隠せないでいるみたいだ。勝負の行方よりも、お二人が怪我しないかどうかの方を心配なさってそうだわ。

 ──クリスティーネ様は、この『手合わせ』の意味、わかってらっしゃるのかしら?

 さっきの会話から察するに、アルフレド様は既にわかっていらっしゃるのだろう。エドガー様にクリスティーネ様を嫁がせるに値する人物なのかどうか、自分が試されているのだと。だから、申し出を受けたのだし、魔法も使わないのだ。


 エドガー様の剣がアルフレド様の剣を弾く。その反動でアルフレド様の胴に隙が生じた。

 危ない!

 エドガー様は容赦なくその瞬間を狙った。剣をアルフレド様の脇腹目がけて振り下ろす。アルフレド様は咄嗟に左腕でその攻撃をガードするも、まともに食らって闘技舞台の隅まで飛ばされる。地面に叩き付けられながらも、転がるようにしてなんとか体勢を立て直したアルフレド様は、追い打ちをかけに向かってきていたエドガー様の剣を迎え撃った。

 ガガガッ!!

 強い音がし、二人の剣が衝突した。ぐぐっと押して来るエドガー様の剣を、なんとか耐えているアルフレド様の表情が歪む。ただでさえ劣勢なのに、左腕にダメージを負ったのだ。相当苦しいはずだ。

「敵になる人間というのは、狡い輩が多い」さらに力を加えながら、エドガー様がアルフレド様に言った。「どんな状況にあっても、クリスティーネを守り通す自信はおありか?」

 アルフレド様の眉がぴくりと動く。

「もちろんです」

 そう答えたアルフレド様は、渾身の力を以って、ついにエドガー様を押し返した。

 ひらりと後方へ下がったエドガー様が再び悠然と剣を構える。エドガー様にはまだまだ余裕がある。対してアルフレド様は肩で息をしていた。左腕がだらりと下がっている。それでも闘志を消すことなく、右手だけでまた剣を構えてエドガー様を見据えた。退くつもりはないらしい。

 エドガー様が静かに問う。

「勝てない状況で勝てない敵と相対することになったらどうする?」

 ちょっとちょっと、エドガー様。それって、今の状況……ですよね? アルフレド様が魔法を使えない状況を作り出して、エドガー様の方が有利な剣での手合わせ。あ、もしかして、この『手合わせ』は、全部、この質問をするため……? 悟った私は内心呆れてしまった。

 私も魔法を扱えるからわかるんだけど、アルフレド様の魔力って底が知れないから、まぁまず『勝てない状況』になることはないと思うんだけど。今だって、その気になれば左腕のダメージくらい一瞬で治せるはずだ。まぁ、クリスティーネ様を思うエドガー様には、そんな理屈なんて関係ないのかもしれない。

 アルフレド様が、真摯にエドガー様の質問に答える。

「守ります。どんな手を使ってでも。──命に替えても」

 その言葉を聞いて、エドガー様はフッと微笑んだ。構えを解いて殺気を消すと、アルフレド様に向かって言う。

「それを聞いて安心した」

 アルフレド様の表情からも雄々しさが消える。大きく息を吐き出しつつ剣を納めた。エドガー様も同様に大きく息を吐き出す。

「本当の敵は、意外なところに潜んでいるものだ。目に見えぬ刃ほど恐ろしいものはない……。アルフレド殿の国は我が国とは比べられぬほど大きい。いろいろな人間がいるだろう。国への忠誠を隠れ蓑に、王家に仇為す輩とているかもしれない。だが、もしクリスティーネの身に危険が迫ったとしても、もうすぐわたしは何もしてやれなくなるのだ。

 アルフレド殿、クリスティーネを、頼んだ」

 エドガー様が闘技舞台を降りる。その背に向かって、アルフレド様が「はい」と返事をしたのが聞こえてきた。


 舞台を降りたエドガー様は、今にも泣きそうな表情をしていたクリスティーネ様に優しく微笑みかけると「行っておあげ」と闘技舞台の上を視線で示す。クリスティーネ様は頷くと闘技舞台に駆け上がり、アルフレド様に駆け寄った。

「アルフ……!!」

「クリス!?」

 あまりに急いだためか、アルフレド様の目前に迫ってもクリスティーネ様の走る勢いは緩まり切らず、アルフレド様が両腕で抱き留めるような形になる。が、アルフレド様は「うっ」と顔を歪めると、クリスティーネ様を腕に抱いたまま尻餅をついた。

 ふぅ、とアルフレド様が嘆息し、自らの腕の中に居るクリスティーネ様を覗く。

「クリス、無事かい?」

「ご、ごめんなさい、アルフ……。あの、腕が……」

 クリスティーネ様が目を潤ませてアルフレド様の左腕にそっと触れる。さっきエドガー様に打たれたのを思い出したらしい。

「僕は大丈夫だよ。ほら」

 アルフレド様はそう言うなり右手に魔力を込めると、左腕の先ほど強かに打たれた箇所に触れた。青白い光を放つ魔力が、触れた場所にすぅっと吸い込まれた後、アルフレド様はなんともないよ、と左腕を動かして見せる。

 はー……こりゃすごいわ。魔力の使い方に少しの無駄もない。必要最低限の量の魔力を凝縮して、怪我をした場所だけを狙って中てるだなんて。

 私はアルフレド様の魔法の精度と技術の高さに感心したのだけど、クリスティーネ様はまったく違うことを考えていたらしい。怪我などしなかったかのように動くアルフレド様の左腕を見て、安心したように瞼を閉じて息を吐く。瞳に溜まっていた涙が一筋すうっと頬を流れた。

「アルフ、お願いですから、もうこんな危険なことはしないと約束してくださいませ」

 クリスティーネ様が縋るようにして懇願した。アルフレド様はいつもの柔和な微笑みを浮かべ、愛しさを滲ませた瞳でクリスティーネ様を見つめる。

「心配させたね。負けるとわかってはいたのだけど、でも、退くわけにはいかなかったんだ。エドガー殿に認めて欲しかったからね」

「アルフ……」

 クリスティーネ様がアルフレド様を見上げる。

 穏やかな風が通り過ぎ、咲き誇るプラナスの樹の枝をさわさわと揺らした。花弁がはらはらと舞い落ちて来る。

 その優しい花吹雪の中、アルフレド様とクリスティーネ様は、抱き合いながら、半分寝そべるようにして、いつまでもお互いを見つめ合っていた……。


 あ──もぉっ、もぉっっっ!!

 あっまぁぁああぁい──っ!! もう! ホントに! 甘過ぎ!! 無理!

 何この雰囲気。絵になるお二人が、これまた絵のようにプラナスの花弁舞い散る中で、絵のように動かず見つめ合ってるとかっ。とかぁっ!

 あ、ダメ。酔う……。私、今なら本当に、砂吐けるかもしれない……。

 てゆーか、爆ぜろ。

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