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第二十二話

 ここ数日ずっとばたばたしていたけど、いよいよ明日には婚約の儀が執り行われる運びとなった。

 クリスティーネ様はついにアルフレド様に恋しちゃたみたいだし、まぁこのまま何事も無く、問題も無く、婚約の儀は行われるはずだ。

 ちなみに、先日のアルフレド様のお話を聞いた後、エドガー様には書簡にてクリスティーネ様との婚姻を望んでいるのは政略ではないようだとご報告させていただいた。もちろんプライベートな箇所は省略して。エドガー様からは確かに読んだと連絡を受けただけだ。何もないのが逆に怖かったりするけど、まぁ平和な内はそれでいいことにする。


「いい天気ね」

 窓からそよそよと吹き込む風に蜂蜜色の髪をなびかせながら、クリスティーネ様が言う。

「ええ。そういえば、プラナスが綺麗に開花していますよ」

 先日、外出先から城へ戻る際に見た景色を思い浮かべながら私は相槌を打った。

 シェルストレームの王城には、城下町と城を隔てる城壁に沿って、城下町側にプラナスの樹が植えられている。

 ちょうど薔薇と同じ時期に開花を迎えるプラナスは、五枚の花弁を持つ白い小さく可憐な花だ。それが、木の枝や幹を隠す程の勢いでいっぱいに咲き乱れるのだ。花の咲く時期には葉が出ていないこともあって、大樹ともなればそれはもう圧巻の一言に尽きる。予想はつくと思うけど、薔薇と並んで人気がある花なのだ。

 あのときはまだ五分咲きだったけど、そろそろ満開を迎えているはずだ。

 実は私は、薔薇よりもプラナスの方が好きなのよね。香りはないけど、見た目が可愛らしくて。ただ、花が散るときに儚く感じてしまうのだけど。

「本当? 是非見に行きたいわ」

「城下へご案内することはできませんが、騎士団の鍛錬場の周りにもプラナスが植わっていたはずですわ」

「そうね。じゃあ散歩しに行こうかしら。予定は大丈夫よね? 付いてきてくださる?」

「ええ、次のご予定までしばらくありますので大丈夫です。もちろんご一緒させていただきますわ」

 私は早速、クリスティーネ様の御髪を散歩の邪魔にならないよう簡単に結い直す。着替えの必要はないかな。今着ているドレスなら、鍛錬場の辺りまで行っても裾が邪魔になったりはしないだろうし。鍛錬場は、城の敷地内だけど屋外にあるのだ。だから服装や髪型には気を遣う必要がある。

「お待たせしました。それでは参りましょうか」

 クリスティーネ様と共に部屋を出るのと同時に、私は感知魔法を発動した。


 実は、クリスティーネ様と一緒に部屋を出るときは、常に感知魔法を使っていたりする。どこでどんな災難に遭うかわからないし、用心するに越したことはないと思って。感知範囲は、万が一曲者がいたときに逃げ切れる程度。だから、場所によって範囲を広げたり縮めたりしている。広げたまま保持できた方がそりゃ安全だけど、感知範囲を広げると範囲に比例して魔力の消費量が増えるのだ。いざってときに魔力切れを起こしてたら意味ないじゃない?

 今日は行き先が決まっているから、私たちの周囲と、さらに進行方向に向かって感知範囲を伸ばす。鍛錬場の付近まで状況が把握できる状態にして、少し感度を上げた。


<我が国とは異なる文化がたくさんあって興味深いですね。エドガー殿自らご案内していただけるとは光栄です>

<こちらこそ、アルフレド殿とお話できる機会をいただけてよかった。ヴィカンデル王国程大きな国ではありませんが、我がシェルストレーム王国にも誇れる文化がたくさんあるのですよ>

<おや。あれは、プラナス……。見事ですね>

<あぁ、あのプラナスは、騎士団の鍛錬場に植えられているものですね。寄ってみますか?>

<わたしが見ても問題ないのであれば>


 感知魔法によって聞こえてきた声に驚いて、私は動きを止めた。この会話、間違いなくエドガー様とアルフレド様だ。どうやらエドガー様がアルフレド様に城内を案内なさっているみたいだけど。

「マリー、どうしたの?」

 クリスティーネ様の声で我に返り「失礼しました」と謝る。

「何でもありませんわ」

 笑顔で答えてまた歩き始めたものの、何だろう、すごく嫌な予感がするんですけど。


 鍛錬場は、城の裏手の少し奥まったところにある。『鍛錬場』と言うだけあって、そこそこ広い場所が確保されているのだ。騎士団員であれば、自分の技を磨いたり体力作りに励んだりするために、自由に鍛錬場を使用することができる。騎士団の部屋もその一角に城とは別棟で建てられていて、休憩や会議をするのに使われる。原則として騎士団員は寮に住むことになっており、それはまた別棟として用意されている。


 鍛錬場に行くには、城から屋外へいったん出て少し歩かなければならない。

 クリスティーネ様とともにその鍛錬場へと続く屋外廊下まで来たところで、向かいからフィリップ様がやってきた。

「まぁ、フィリップ兄様」

「クリスティーネ。それにマリーも。こんな場所にいるなんて珍しいね。散歩?」

「ええ。プラナスが満開だと聞いたものですから」

「じゃあ、一緒に行こうか」

 フィリップ様がクリスティーネ様に手を差し出す。クリスティーネ様もその手を取り、二人連れ立って屋外廊下を歩き始める。私もその後を追った。

 生け垣を超えると、前方に鍛錬場にあるプラナスの白い花が見えてくる。大きな樹だから、遮るものがなければ見つけるのは容易いのだ。

 エドガー様たちは、どうやら騎士団の部屋の方へ行かれているらしく、姿は見当たらなかった。それはそれでちょうどよかったかもしれない。

 プラナスは鍛錬場と屋外廊下のちょうど境目に植えられていた。一本だけしかないけど、私が五人いてようやく抱えられるくらい太さがある幹を持つ大樹だ。大きく広がる枝に咲き乱れる白い花に、誰もが魅了されるのは、間違いナシだ。

「まぁ……! 本当に、美しいわね」

 自然と足を止めたクリスティーネ様の口から溜め息が零れる。クリスティーネ様の自然に微笑みを湛えるその表情から、本当に深く魅せられているんだとわかる。

 そんなクリスティーネ様を見ながら、私は連れてきてよかったと思った。

 クリスティーネ様がフィリップ様の腕を放し、プラナスをご覧になりながらゆっくりと樹に近づいて行く。

 近くで鍛錬していた騎士団員がクリスティーネ様の姿に気付いて頭を下げたが、クリスティーネ様はそれにすら気が付いていないご様子だ。

 ふわり、と柔らかい風が吹き、プラナスの花弁がはらはらと散る。

「まるで雪みたいね。でも、暖かいわ」

 クリスティーネ様はプラナスのごつごつとした主幹に触れ、上を仰いだ。花弁が優しく頬を撫でる。

 クリスティーネ様を見守っていると、フィリップ様が私の隣へとやって来た。

「マリーさ、最近は騎士団の鍛錬場に来なくなっちゃったね」

 フィリップ様が私に言う。

 確かに、以前は魔法の練習として騎士団長さんや副団長さんに相手になってもらっていたのに、最近は全然行っていないのよね。護衛としての任務があるから、対人を想定した実践感覚は、常に磨いておかなきゃならない。普段の生活で、対人戦用の魔法を使うことなんて滅多にないことだもの。だからこそ、万が一の事態に備えておく必要がある。それはわかってるんだけど。

「申し訳ありません。いろいろと忙しくて」

「また来てよ。今度は俺が相手になるから」

「フィリップ様がですか?」

「うん。団長から許可は降りてる。

 一対多での訓練ではマリーとやったことあるけど、今まで一対一での訓練のときは団長か副団長しかマリーの練習相手をしなかったでしょ。アレさ、クリスティーネに危険が及ぶとしたら相当な手練れが相手になるだろうから、それに匹敵する力のある人を相手にしなければ意味がないっていう、団長の考えからなんだ。だから、強くなりたくてずっと鍛錬してたんだよね」

「そう、なんですか」

 そうだったんだ。知らなかったわ。

 確かに、騎士団長さんも副団長さんもすごく強くて、鍛錬場に通い始めたころは負けちゃってばかりいたけど。でも、そこで対人戦におけるイロハをいろいろと教えてもらったのよね。剣術も魔法も、戦闘における基本は同じだからって。そこにそんな意味があったなんて。

「そ。楽しみにしててよ。俺も随分強くなったからさ」

 ええ。では近い内に伺いますね。そう答えようとしたのに、発動している感知魔法がそれを遮った。


<どうでしょう、アルフレド殿。私と手合わせしませんか?>


 この声は、エドガー様!?

 思わず声の聞こえてきた方角にバッと顔を向ける。鍛錬場の中にある闘技場の前に、エドガー様とアルフレド様たちがいるのが見えた。

 ちょっと、エドガー様、アルフレド様と手合わせってどういうつもりなの?

 私の動きを不審に思ったらしいフィリップ様が、私の視線を追って闘技場の方を見る。

「あ、エドガー兄上とアルフレド殿だ」

「えっ?」

 フィリップ様の声に、クリスティーネ様が反応する。

 すぐに私たちの視線の先にアルフレド様とエドガー様がいるのに気が付いたらしい。じっと見つめるその姿を見て、フィリップ様が溜め息混じりに苦笑した。

「行ってみる?」

 フィリップ様の提案に、クリスティーネ様の顔がぱぁっと明るくなる。鍛錬場は、原則として女性が入るのを禁止sしているのだ。まぁ、危険だもんね。

 私は、例外中の例外。なにせ国王様が許可をくださっているから。もちろん、魔法の実践演習以外では入らないようにしてるけどね。

「フィリップ兄様、よろしいのですか?」

「わたしの側を離れなければね。マリーもだよ」

 再びフィリップ様がクリスティーネ様に腕を貸し、鍛錬場の敷地内へと入っていく。私も静かにその後を追った。

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