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第二十話

 クリスティーネ様の私的な客間の中央、ソファに、アルフレド様とクリスティーネ様が向かい合って座っている。また、クリスティーネ様の空いている時間を狙って、アルフレド様がいらしたのだ。──ちゃんと手順を踏んで。

 いつもの通り朗らかなアルフレド様に対して、クリスティーネ様は少し緊張されているご様子だ。無理もないか。アルフレド様がいらっしゃることになって、小さな身体に抱いている不安をアルフレド様にぶつけてみると決意されたのだから。

 今後夫婦として、一生を共に過ごすことになるのだ。婚前から余計な不安やわだかまりはないに越したことない。勇気のいる行為だとは思ったけど私は黙って見守ることにしていた。

 アルフレド様は、クリスティーネ様のご様子が少しぎこちないのを既に見抜いているみたいだ。他愛もない会話をしつつ微笑んでいながらも、クリスティーネ様を窺っている様子が見えた。


「──で、何故今日はヴィクトル様がいらしてるんですか」

 クリスティーネ様の客間で、私は可能な限り唇を動かさないように気を付けながら小声で言った。

 私は客間の入り口近くの壁際に立っているんだけど、そのすぐ隣には、天敵ヴィクトル様が同様に立っていた。もっと離れてくださっても全く構わなかったんですけどね。

 私の心情など汲み取ろうという気もなさそうなヴィクトル様が、私と同様に小声で答えた。

「護衛の仕事をしろとおっしゃったのは貴女でしょう」

 そーいえばそうでした。何故そんなこと言った、あの時の私! ……でもさ。

「アルフレド様の従者はその四までいらっしゃるじゃないですか。わざわざヴィクトル様でなくてもよろしいんじゃないですか?」

「その四……?」

 怪訝な表情で聞き返すヴィクトル様に、私はしれりと答えた。

「名前を覚えるのが面倒だったものですから」

 ヴィクトル様が小さく吹き出し、くつくつと声を殺して笑い出す。そんな面白いコト言ってないでしょ?

「私の名は覚えてくださったのですね。光栄です」

「もともと知っていただけですわ」

 笑いが少し落ち着いたヴィクトル様に私は簡潔に答える。

 一応侯爵令嬢だから、他国であっても有力な貴族のことはざっと頭に入れてある。ヴィカンデル王国のニークヴィスト公爵家のことだって、それで覚えてただけ。

「なるほど。で、私が来ては何か不都合でも?」

「大有りです。私の心の平穏が乱されます」

 こうやってヴィクトル様といると、行儀見習い侍女として出仕してる若い貴族令嬢の子たちにいろいろ言われるのよ。バックヤードでつい侍女頭さんに愚痴っちゃう私が悪いのかもしれないけどさ。有力イケメンとお近づきになれるのに何が不満なの、とか、ヴィクトル様への対応がヒドすぎる、とか、私がヴィクトル様に女性として相手にされないから辛く当たるんじゃないか、とか、嫌なら自分が代わる、とか。

 いや、できることなら私も代わって欲しいくらいなんですけどね。年頃の女の子たちの、あわよくばヴィクトル様といい関係になりたいっていう思惑が前面に出てるのも、あからさま過ぎていっそ清々しいし。

 でも、もちろん専属侍女わたしがいるのに勝手に交代だなんて侍女頭さんが許さないし、私自身の護衛としての仕事もあるものですからね。まぁ、侍女頭さんは私が護衛兼務だって知ってるけど、他の侍女は知らないからねぇ。

 それにしても、女の適齢期は狭いのに、イケメンの適齢期は広いって、なんっつー格差社会だ。ヴィクトル様、私と同じ年齢としで未婚だよ? 男性版の行き遅れだよ?

「それくらい我慢するのも専属侍女の仕事の内でしょう」

 誰のせいだと思ってんのよ、溜め息つかれても説得力ないし!

「ヴィクトル様がアルフレド様と一緒に来なければ我慢する必要すらなくなるのですけど」

「それは無理ですね。ですから」

 あぁ、過去の私、本当に何故あんなことを言った……。

 横目でにこりと笑顔を向けてくるヴィクトル様を見て、私はこれ以上ない程に後悔した。なまじ綺麗なお顔をされているので、なんだか余計にムカつく。

 ビリエル様、私、ヴィクトル様を『寛容な目で見る』のは無理そーです。不愛想で無表情を貫いてくれていた方がマシだったわ。今となっては、本当にそうだったの? って思いたいくらいだけど。


「ところで……」

 肩を落とす私の耳に、ヴィクトル様の何かを言いかける声が聞こえてくる。でも、私の意識はそちらに向かなかった。ほぼ同時に、それまでの朗らかな雰囲気とは一変した、クリスティーネ様の僅かに震える声が聞こえてきたから。

 きっと、あの件をアルフレド様に直接ぶつけるんだ。私は顔を上げて主を見守った。

「あ、あの、アルフ。お聞きしたいことがあるのです」

「クリス? ……どうかした?」

 アルフレド様はやはり、クリスティーネ様の様子がいつもと違うと感じていたらしい。驚いた様子はないものの、柔和な微笑みが隠れ、クリスティーネ様を気遣う眼差しで見つめている。

「何故、わたくしなのでしょう? 他にもたくさんの女性がおりますわ。でも、何故わたくしを?」

 アルフレド様はクリスティーネ様をじっと見つめている。その視線に耐えられなくなったのか、クリスティーネ様が目を伏せた。

「せ、先日想いを伝えてくださったアルフの言葉を信じていないわけではないのです。ただ、その。先日はマリーと楽しそうにお話していらっしゃいましたし、昔一度しか会ったことのないのに、何故わたくしを選んでくださったのかがわからなくて。いつか、幻滅されるのではないかと、不安、で……」

 アルフレド様が無言のまま席を立つ。クリスティーネ様はその気配にびくりと肩を震わせ、やっと聞こえる程度の小さな声で謝罪の言葉を漏らした。

「あ、の、ごめん、なさい……」

 アルフレド様は唇を引き結び、テーブルを回り込むとクリスティーネ様のすぐ隣に座った。そして膝の上で堅く握られていたクリスティーネ様の手に自分の手を優しくそっと重ねる。

「クリス、そんな顔しないで。言うから。ちゃんと、答えるから」

 クリスティーネ様が顔を上げてアルフレド様を見る。アルフレド様は、声には出されなかったクリスティーネ様の想いに応えるように一つ大きく頷くと、ふっと柔らかく微笑み、クリスティーネ様の頭をふんわりと抱いた。

「ごめんね。この前、誤解を解いたときに言うべきだったね。恥ずかしくて言えなかったんだ」

 アルフレド様はそう言って身体を離し、代わりにクリスティーネ様の手に指を絡めて繋ぐ。

 しばしの沈黙の後、アルフレド様が再び口を開いた。

「少し長くなるけど、僕の話、聞いてもらえる?」

 クリスティーネ様が首を縦に振った。アルフレド様は懐かしむように目を伏せると、ゆっくりと語り始めた。


「むかしむかし、ある国に、幼い王子様がいました。王子様は側妃の子で、とても強い魔力を持って生まれてきました。どれくらい強い魔力だったかというと、王子様の感情が昂ぶると暴走し、王子様本人にも制御ができなくなるくらいに強力なものだったのです──」


 私は息を飲んだ。これ、きっとアルフレド様ご本人のことだ……。

 クリスティーネ様も気が付いたのだろう、緑色の目を見開いてアルフレド様を見つめている。アルフレド様は微苦笑し、そのまま続けた。


「王子様には広い部屋とたくさんのオモチャが与えられました。機嫌を損ねて魔力を暴走させられては大変と、城の皆がそう思っていたのです。

 実は王子様が赤ん坊の頃、大泣きして魔力を暴走させてしまったことがありました。被害は甚大で、城の一角を破壊した上に、数名の騎士や侍女が大怪我を負ってしまうほどでした。だから、恐れられて当然だったのかもしれません。

 もちろん、王子様の父親は王子様のことを愛していました。ですが、王子様の父親は一国の主、王子様一人のために国や民をおろそかにすることはできなかったのです。


 王子様の周りは物で溢れていましたが、王子様はいつも一人ぼっちでした。

 三歳みっつになる頃には、王子様は自分が城の皆に恐れられていると朧げに気が付いていました。だから、せめて皆を怖がらせないよう、常に微笑を浮かべるよう心がけ、求められることに逆らったり我が儘を言ったりしないようにしていました。幸いなことに、王子様は容姿に恵まれていましたから、それだけで『素直ないい子』と周囲に見てもらえるようになりました。実際は、ただの無気力な子供だったというのに。

 それに気が付いていたのは、未だ幼い王子様を少しも恐れずに接してくれていた、王子様の母親と王子様の腹違いの兄の二人だけでした。

 もちろん王子様は、王位継承権を持つ者として様々な教育は受けていました。でも、与えられていたものをただ享受しているだけ。貪欲に学ぼうとせず、期待以上の成果を見せようという気概すら持っていませんでした。せっかく授かった魔法の力を磨こうともしていませんでした」


 初めて聞くアルフレド様の幼い頃の境遇に、私は驚いていた。知っていたのかしらと隣を窺うも、ヴィクトル様は特に変化なく主たちを眺めている。ヴィクトル様にとっては既知の事実なんだわ。

 朗々と続くアルフレド様の話がどこに行きつくのか、私にも、多分クリスティーネ様にも、まったく検討が付かなかった。

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