第十八話
カウンターに常用している鍋式型の魔法陣を置いてお湯を沸かす。
お客様がお見えとなれば、お茶菓子を出さないとね。
私は、カウンターの脇に置いておいたクロッシュを開けた。中には、キラキラと輝くフルーツタルトが入っていた。色とりどりのフルーツが本当に美味しそうだ。昨夜、バックヤードで「突然アルフレド様がお見えになるからおもてなしに困る」ってことを何気なく料理長に話したら、わざわざ用意してくれたのだ。「マリーも一緒に食べな」って。とっても嬉しいんだけど、だからってワンホールは多すぎない? ……どう消費しろと? いや、もちろん食べるけど。食べ切るけど。
まぁとにかく、今はお二人のお茶の準備が優先。
このお菓子を引き立てるようなお茶は、と。私は戸棚の上段を開けた。種類別に茶葉の詰められた瓶が並んでいる。中から、フルーツタルトの甘味を程よく中和してくれるよう、少しだけ渋みのある『カンド』を選ぶ。上手に淹れられると、コクとまろやかさが出るんだけど、気を付けないと渋くなり過ぎちゃうのよね。
沸いたお湯を使ってお茶を淹れ、切り分けたフルーツタルトと共にアルフレド様とクリスティーネ様の下へ運ぶ。
「マリー、ありがとう」
「ありがとう、アン=マリー嬢」
わざわざお礼を言ってくださるお二人に頭を下げ、いったんカウンターまで下がる。そして用意しておいた従者その三(名前覚えてなくてホントごめん)の分をワゴンに乗せた。
「よろしければ、どうぞ。お疲れでしょう」
そう伝えながら邪魔にならない位置に運んだワゴンを見て、従者その三は瞠目した。まさか自分の分まであるとは思わなかったのだろう。
どう対処すべきか困ったように主の方を窺った従者その三に、アルフレド様は優しく微笑みかけた。
「わたしに気兼ねせず、ビリエルも呼ばれるといい。それに、アン=マリー嬢のお茶は絶品だから、飲まないと損だよ」
あ、従者その三は『ビリエル様』ですか。おかげでわかりました、ありがとうございます。でも、アルフレド様、それ、何気にプレッシャー!! 褒めてくださるのは嬉しいけど、絶対に失敗できないじゃん。
主の許しを得たビリエル様は、遠慮がちに「では、失礼して……」とカップに手を伸ばした。立ったままの飲食になってしまって申し訳ないけど、護衛っていうお役目があるから椅子を勧めるわけにもいかないしね。
カウンターへ下がろうとしたところで、後ろから「美味しい」という呟き声が聞こえてきた。ビリエル様のお口にも合ったようでよかったわ。私は自然と笑みをこぼした。
その声を聞きつけたらしいアルフレド様が言う。
「だろう? やはりアン=マリー嬢はお茶を淹れるのが上手だね。けど、今日のお茶は先日いただいたお茶と香りも味も違う。もしかして、フルーツタルトの味を邪魔しない茶葉を選んだの?」
「ええ。お茶請けがタルトでしたので、それに合うものをと思いまして」
「さすがだね。おかげでどちらも美味しくいただけるよ。こんな素敵なお茶の時間を過ごせるだなんて、クリスは幸せ者だね」
「ええ、わたくしもそう思いますわ」
そして、クリスティーネ様とアルフレド様が互いの顔を見て微笑み合う。そしてまた二人、仲良くおしゃべりを始めた。よくそんなに話すことがあるわよね。聞こえてくる内容は本当に他愛もないことばかりだけど、お二人とも笑顔が絶えず楽しそうだ。
──もういいじゃん、恋人同士で!
少しヤケ気味なままお茶のおかわりの用意を始めようとお湯を作り始めたとき、ビリエル様が空になった食器の乗ったワゴンを押して私のところまで来てくださった。
「ありがとう、アン=マリー嬢。本当に美味しかったです」
「いえ。お気に召していただけたのならよかったですわ」
スカートの裾を少し摘まんで、私は礼を返した。
ビリエル様の丁寧な言葉遣いに、育ちの良さを感じる。そうよね、貴族男性との会話って普通こういう感じよね。誰かさんとばかり会話してたせいか、なんか基準がおかしくなってきちゃってる気がする。
ビリエル様が私を見て優しく微笑んだ。
「なんとなく、分かった気がします」
「何がですか?」
「この国に来てから、ヴィクトルが変わったんですよ。表情が出るようになった。以前は、本当に不愛想で無表情だったんですけどね」
「はぁ……」
ビリエル様は何を仰りたいのかしら? 確かに、最初お会いした時は、ヴィクトル様の冷たい無表情さに驚いたものだけど、実際にもう少し表情筋使おうよって何度も思ってたけど。でも今では結構な割合で、嫌味な表情も私をバカにしたような笑顔もよく見せていると思うわよ? まぁ、不遜な態度は全っ然変わらないけどね。
「あいつは不器用な上にプライドが高くて、なかなか他人に心を開かない困ったヤツなんです。寛容な目で見てやってください」
ビリエル様はそう言い残して元の場所へと戻ってしまう。
意味が分からず聞き返そうとしたけどできなかった。お湯が沸いてしまったのだ。
お茶を淹れるときは、温度と時間が命、である。私は迷わず主を優先し、お茶のおかわりを淹れることを選択した。
だから私は、ビリエル様が何を『分かった』のか聞けなかった。まぁ、たいしたことじゃないでしょう、うん。
お茶を淹れた後、お二人の会話の邪魔にならないタイミングを選んで、アルフレド様とクリスティーネ様の空になっていたティーカップへと注ぐ。
ありがとう、と早速一口飲んだアルフレド様が、そのまま続けた。
「用意がいいのだね。それに、さっきと同じく飲みやすい温度だ。アレに何か仕掛けがあるのかな?」
アルフレド様が指差す先には、カウンターに置かれた鍋式型の携帯魔法陣がある。さすがアルフレド様。完全に見透かされてるわー。
「見てもいい?」
アルフレド様に乞われて「お持ちします」と頷く。
「あ、いいよ」
アルフレド様は私を制止すると右手の人差し指をひょいとカウンターに向かって振った。携帯魔法陣がふわりと浮き上がり、アルフレド様の手元まで一直線に飛来する。重力を無視したその現象に驚き、クリスティーネ様が目を見開いた。
「ごめんね、驚かせてしまったかな」
そう優しく宥めながら、アルフレド様は手にした携帯魔法陣へと視線を移した。
あれは、厚手の布地に私が刺繍を施して作ったものだ。これでも侯爵令嬢ですからね。貴族女性的な刺繍もできるのよ、一応。
「なるほど……ただの模様かと思ったら刺繍で陣を施しているのか。それにしても魔力充填式の陣だなんて随分古い技術を知っているのだね」
アルフレド様が関心したように呟き、うんうんと頷いている。
そうか、古い技術なのか。まともに魔法を教えてもらったことなんてないから、そんなことすら知らなかったよ! 本で読んで「あ、便利そう」って思って自分なりに応用・改良しただけだもの。もともとはとっても大きくて強力な魔法陣だったんだけど、機能を省いて出力を下げて、鍋式に納まる大きさにした。結果的に、魔力を籠めることによって、発熱してポットの中の水を指定した温度にしてくれるという物になった。魔力が持つ限り保温効果も続く。逆に言うと、籠めた魔力がなくなってしまったら、ただの鍋式ってコトなんだけど。
「ありがとうございます。お褒めに預かり光栄ですわ」
とりあえず微笑んでお礼を述べておく。アルフレド様も微笑み返してくださった。
「アン=マリー嬢はいい師に学んだんだね」
うーん、この状況。実は師がいない、なんて言えない……。
それにしても、魔法について会話したのは初めてかもしれない。私が魔法の使い手だってことはずっと秘密にされているから、シェルストレーム王国にいる他の魔法使いと会っても、その話題で盛り上がることはなかった。
初めての経験で、しかも大陸随一の魔法の使い手に褒められ、このとき私はきっと少し浮かれていたんだと思う。
だから、気が付かなかった。クリスティーネ様が私とアルフレド様を見て微笑んでいるのを。その目に切なさが滲んでいるのを。




