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第十一話

 とんでもない爆弾を投下してきたウィリアム様を思わず二度見する。本人の目の前とはいえ、私の意向も聞かずに勝手に勧めないで欲しいんですけど。てゆーか、ウィリアム様。つい先日、自分専属の侍女にならないかって提案してくださいましたよね? アレはどーなったんですか?

 しかし当のエドガー様は私をご覧になって難しい顔をされた。

「確かに身分は足りているし賢いのも認める。認めるが……」エドガー様の拳に力が籠る。「私はもっと優しく可愛げのある肉感的な女が好みなんだッ!!」

 おい。今ドコ見て言った?

「見ろよ。マリーの方も、私の嫁などお断りだという顔をしているじゃないか」

 エドガー様の言葉に、引き攣っていた顔に慌てて作り笑顔を乗せる。目が合うと、エドガー様はニヤリと笑っていた。バッチリ見られてたっぽい。

 あーあ、やっちゃった。でも、まぁ、いいや。相手はエドガー様。性格はバレてる。それにエドガー様の言う通り私は王妃候補なんて柄じゃないし、失礼なのはお互いさまだから。

 てゆーか、賢くて優しくて可愛くて肉感的って、まんまクリスティーネ様のことじゃないの? まさかもしや、妹姫を自分の好みに育てたってヤツですか?

 思わずじと目でエドガー様を見てしまう。エドガー様はそんな私の視線など意に介さず仰った。

「まぁ、私相手にそんな遠慮のない表情ができるのはマリーくらいのものだがな」

 エドガー様の言葉に、ウィリアム様は苦笑し、フィリップ様は大笑いする。

 えぇ、確かにそうでしょうけどね。しれっと女性をディスっといてよく言うわ。

 私のエドガー様に対する言動は、普通なら不敬罪だけど、エドガー様はたいていのことを笑って許してくださる。度量が大きいからなのか、付き合いが長いからなのか、よくわからないんだけど。


 小鳥の鳴き声が聞こえてきて窓に目をやると、空が少し白んできているのが見えた。

 そろそろクリスティーネ様のお部屋に向かわなきゃ。専属侍女である以上遅刻なんてできるわけない。

 私は殿下たちに退室させて欲しいと意を伝える。

「そうか。問題はまったく解決していないが、マリーにはクリスティーネの面倒を見てもらわないといけないからな」

「急に呼びつけてすみませんでしたね」

 エドガー様とウィリアム様が口々に仰る。

「結局、アイツが何を考えているのかわからなかったが……」

 エドガー様はそう言うなりソファから立ち上がった。

「そうですね。これでは対処も対策も難しい」

 とはウィリアム様の弁。

 すみませんねぇ、お役に立てなくて。

「あからさまに牽制するわけにもいかないしなぁ」

 腰に下げた剣をチャキと鳴らしながら、フィリップ様も溜め息を吐く。

 何気に物騒なことを仰った気がするのは気のせいですよね、そうですね、そういうことにしておきます。

「試すくらいはしてもいいだろう」

 ちょっと、エドガー様。試すって何をなさるおつもりですか。

 再び顔が引き攣りかける私の両肩に、私の目の前に来たエドガー様がぐっと力強く手を置く。

「マリー、クリスティーネをアイツの毒牙から守ってやってくれ」

 毒牙って……。確かに、今回の婚姻って何か裏がありそうだな、とは思う。でもクリスティーネ様だって、そんなこと、とっくに承知なさっているのだ。なら私は──

 私は背筋を伸ばし、目の前のエドガー様を真正面から見据えた。

「私は、クリスティーネ様のご希望に沿うよう行動させていただきますわ」

 エドガー様はそんな私を見て瞠目し、ふっと微笑むと私から離れた。

「それでいい。頼んだぞ」

「アルフレド様とクリスティーネ様のご結婚を認められるのですか?」

「認めるとは言っていない。クリスティーネがアイツをどう見ているのか未だわからないし、私自身もまだアイツを見極めてないからな。可愛いクリスティーネを嫁に出すのだ、私の眼鏡にくらいは叶ってもらわないとな。

 ただ、我々は王族として国を守らねばならないし、父上が決めたことを覆すことができないのも事実だ。まぁ、せいぜいヴィカンデル王国との繋がりを利用させてもらうさ」

 エドガー様はまたニヤリと笑った。

 あ、この顔、絶対に何か企んでらっしゃるわ……。気にはなるけど、今はそれよりも何よりも早くクリスティーネ様のお部屋へ向かわないと。

 私がソファに置かれたままのシーツに手を伸ばすと、フィリップ様が先に取ってしまわれた。そのまま渡してくださるのかと思いきや、殿下の逞しい左腕に皺にならないよう引っ掛けられてしまう。

「未だ暗いから。部屋まで送るよ」

 いや、私、いつもこの時間に一人で城内を歩いてるんですけど。エドガー様やフィリップ様だってそれを知ってて私をここに連れ込んだんでしょーが。

 遠慮したものの、騎士団の部屋に行かなければならないから、と言われ、失礼ながらお言葉に甘えることにした。クリスティーネ様のお部屋は騎士団の部屋に向かう途中にあるしね。


     * * *


 薄暗い廊下を、フィリップ様とともに歩く。

 道中、フィリップ様が気さくに声を掛けてくるので、私もそれに応じて会話していた。もちろん、未だ眠っている人が多い時間帯だから、小声で。

「マリーって、エドガー兄上と仲がいいよね」

「え?」

「いや、そう見えたからさ」

「それは、エドガー様とお会いする機会が他の方より多かったからですわ。クリスティーネ様の遊び相手をしていた頃からのお付き合いですもの」

「そう?」

 あれは『仲がいい』じゃなくて『付き合いが長いから遠慮がない』の間違いだと思うけど。

 エドガー様と初めてお会いしたのは、クリスティーネ様の遊び相手として城へ上がるようになって間もない頃──私が十歳の頃だから、もう十三、四年も前だ。そりゃ、遠慮もなくなるわ。

 私の沈黙をどう解釈したのか、フィリップ様が苦笑する。

「でも、エドガー兄上があんな軽口叩く女性ってマリーくらいだよ。子供の頃は、誰にでも失礼な物言いしてたけど」

 フィリップ様の鋭い指摘に、私もついくすりと笑ってしまう。

「確かに、エドガー様は変わられましたね。ウィリアム様は変わりませんけど」


 そう。エドガー様は変わられた。子供の頃は、自分の身分を実力と見誤り、自らを過大評価しているだけの、手のかかるワガママ王子だったのに。齢が十二を迎えたあたりから、勉学にも武道にも励むようになられたのだ。

 性格だって変わられた。ワガママは鳴りを潜め、自らを高めるべく忍耐強く日々努力されるようになった。

 おかげで今では、シェルストレーム王国を背負う王太子として、恥ずかしくない教養や品格を身に着けているし、人望だって厚く集めていらっしゃる。

 それでも、政ではウィリアム様の方が長けているし、武道ではフィリップ様に敵わない、というのが現実だ。

 以前、とある貴族にそれを指摘されたことがある。「次期王たる者がそれでいいのか」と。けれど「結構なことじゃないか」とエドガー様は仰った。

「いつか私が父上の後を継いだ後、私が暴走したときはウィリアムが止めてくれる。私の身に危険が降り掛かったときはフィリップが助けてくれる。人はそれぞれ、役割が違うのだ。そなたにもそなたの役割があろう」

 そう言って、エドガー様は笑ったのだった。

 ──何がエドガー様をそうさせたのかは、わからないんだけど。


「フィリップ様は逞しくなられましたね」

 私が言うと、フィリップ様は嬉しそうに笑った。

「マリーにそう言われると、嬉しいな」

 フィリップ様が騎士団に入団されることになったときは貴族の中で賛否両論あった。でもフィリップ様はご自身で理解されていたのだ。自分には政の適性がないということを。その代わりに、剣技や武術の才を授かったということも。

 もちろん、国王様がフィリップ様に教育を施さなかったわけではない。兄王子たちと同様に育ててきている。でも、生まれ持った適性というものはどうしてもあるものだ。ウィリアム様に武道や運動の適性がないように。

 フィリップ様は貴族や他の騎士団員からの悪意や嫉妬の目を理解された上で、それに屈することなく努力された。おかげで今では、騎士団員でもトップクラスの強さを誇っていらっしゃる。

 エドガー様もウィリアム様もフィリップ様も、それぞれシェルストレーム王国の未来を背負う王子として努力されているのだ。クリスティーネ様はそんな三人のお姿を見ているからこそ、あんな心優しい王女になられたんだろうな。

「マリーってさ、本当にエドガー兄上との結婚は考えてないの?」

「恐れ多いことですわ」

「じゃあ、ウィリアム兄上とは?」

「どちらにしても、恐れ多いことです」

「そっか。了解」

 何故か満面の笑顔になったフィリップ様からシーツを手渡される。いつの間にかクリスティーネ様の部屋の前に着いていた。

「じゃ、クリスティーネをよろしくね」

 フィリップ様はそう言うと騎士団の部屋の方へと去って行った。


 ──何だったの、最後の質問?

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