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第十話

「マリー、ちょっとこっちに来い」

 アルフレド様を迎えた次の日の朝、未だ空には星が輝いているような早い時分。クリスティーネ様のお部屋へと新しいシーツを運んでいる最中だった。突然腕を掴まれて廊下の脇道へと引っ張り込まれたのは。

「ふゎっ!」

 両手が塞がっている状態であらぬ方向から引っ張られたからたまらない。私は情けない悲鳴を上げながら転びそうになる。が、咄嗟に魔法を発動して転倒を免れた。

 幸いにも、私の悲鳴を聞いた者はいなかったらしい。まぁ、こんな時間帯にこの廊下を歩いている人なんて滅多にいないもんね。

 私は体勢を立て直し、シーツを抱え直して、私の腕を掴んだ張本人に言った。

「ふぅ。急に引っ張らないでくださいませ。危ないじゃありませんか」

「悪いな」

 と口では言いながらも全く悪びれた表情をしていない、蜂蜜色の髪と深い緑色の瞳の持ち主──シェルストレーム王国第一王子であらせられるエドガー様がそこにいた。

 もともと声をかけられた時点で誰の仕業か予想していたから、特に驚きはない。エドガー様は私と幼い頃からの顔馴染みな上、私の性格や魔法の能力を知っているので、遠慮というものがないのだ。いや、性格は初めからオープンにしてたわけじゃないわよ? 付き合いが長過ぎて、徐々にバレていっちゃっただけ。

 クリスティーネ様と同じ色の髪と瞳をしているところは、やはり兄妹だなぁと思うけど、顔立ちはあまり似ていらっしゃらない。王妃様に似たクリスティーネ様に対して、国王様に似たエドガー様、といった具合だ。

 実はクリスティーネ様の専属侍女となった経緯にも、エドガー様は深くかかわっていらっしゃったりする。

「まぁ、マリーなら多少無茶なことしても大丈夫だろう?」

「それは殿下がご存知の通りですわ。それで、エドガー様、どういったご用件でしょうか」

「とにかく付いて来い。話はそれからだ」

 そう言ってずんずんと歩き始めたエドガー様を、私は仕方なく追った。

 私の抱えるシーツを持とうと仰ってくださったけど、丁重にお断りする。確かにエドガー様は男性で私は女性だけど、侍女が王太子様に荷物を持たせるわけにいかないもんね。


 エドガー様に連れられて辿り着いた場所は、エドガー様の私的な客間だった。

 中に入るよう促されて「失礼いたします」と頭を下げて入室する。

「やぁ、マリー。待っていたよ」

 部屋の中から掛けられた声に、伏せ気味にしていた顔を上げた。

 そこには先客が二名いらっしゃった。第二王子のウィリアム様と、第三王子のフィリップ様だ。クリスティーネ様の兄君三人がプライベートな場所に揃っている。

 なんとなく用件に察しがついて、来なければよかった、と私は早くも後悔した。

 フィリップ様が私の抱えているシーツに気付き、そっと取り上げると皺にならないようソファに置く。フィリップ様は第三王子という身でありながら騎士団に所属しているだけあって、騎士道精神を持ち合わせていらっしゃるのだ。

 ちなみに、フィリップ様はウィリアム様と同じく、シェルストレーム国王様譲りの青藍色の髪と黒色の瞳をしていらっしゃる。顔立ちもどちらかと言うと国王様に似ているので、外見は兄妹の中で一番国王様の若い頃に似ているらしい。若い頃の国王様なんて絵姿でしか見たことないけれど、確かに似ていらした。

「さて、マリー。聞きたいことがあるのだが」

 扉を閉めたエドガー様が口を開いた。

「何でございますか?」

 とは応えたけど、何だろう、嫌な予感しかしないんですけど。

「昨日、アルフレド殿がシェルストレーム王国へ到着されただろう?」

「はい」

「午後に、アルフレド殿がクリスティーネの部屋を訪問したそうじゃないか」

 やっぱりその件デスヨネー!

 クリスティーネ様を溺愛している兄殿下たちが、アルフレド様の行動を黙って見過ごすわけないと思ってた、思ってたよ! 先日、ウィリアム様もクリスティーネ様のお部屋にいらしてアルフレド様の真意がわからないって仰ってましたもんね。そりゃあ、兄殿下たちとしては、気になって当然ですよね。

「はい、いらっしゃいました」

「チッ、真だったか。勝手にクリスティーネに近付きやがって……」

 うわー、舌打ちしたよ、エドガー様。

 内心呆れる私の耳に、ウィリアム様の「兄上」と窘める声が聞こえてくる。しかしエドガー様はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 子供か。エドガー様って確か私より一歳年上でしたよね?

「まさかとは思うけど、クリスティーネに手を出したりしてないよね?」

 フィリップ様に尋ねられ、私は力強く首肯した。

「もちろんです」

 未だ正式に婚約もしていないのに、そんなこと許せるわけがない。クリスティーネ様のためなら、返り討ちに遭ってでも阻止させていただきます。

「じゃあ、何しに来たんだ?」

 エドガー様が不愉快さを隠さない表情で仰った。

「特に、ご報告するようなことはございませんでした。お茶を飲まれ、お二人で談笑され、クリスティーネ様の次のご予定の前にお部屋に戻って行かれました」

「クリスティーネはアルフレド殿について何か言ってましたか?」

「それも特には。ただ会話を楽しまれていたようでした」

「そうですか」

 私の報告を聞いてウィリアム様が頷き、フィリップ様が溜め息を吐く。エドガー様は眉間に皺を寄せ、腕を組むとソファにドカリと座り込んだ。

「何を考えているんだ、アイツは……」

 ちょっと、アルフレド様を『アイツ』よわばりですか!? いくらシェルストレーム王国の王太子様でも、隣国の第三王子をそんな言い方したら問題になりますって!

「あ・に・う・え」

 私と同じことを考えたのだろう。ウィリアム様が窘める。しかしエドガー様は反論した。

「フン、クリスティーネを掻っ攫って行く輩など、『アイツ』で十分だ」

「ですが、兄上はシェルストレーム王国の王太子ですよ。立場があるでしょう」

「今はプライベートだろう。ただの『クリスティーネの兄の一人』だ」

 エドガー様のあくまでも謝ろうとしない姿勢にウィリアム様が嘆息した。

「まぁ、エドガー兄上の気持ちは俺もわかるけどね」とフィリップ様が仰った。「いつかはクリスティーネが誰かの下へ嫁ぐとわかってたけど、いくらなんでも急過ぎる。せめて心の準備をする時間があったら、もっと違ってたんだろうけどさ」

「フィリップもそう思うか?」

 エドガー様の表情が、同志を見つけたとばかりに輝いた。フィリップ様は軽く頷き、ウィリアム様の方を見る。

「ウィリアム兄上はそう思わない?」

「わたしだって、クリスティーネを嫁がせるのは嫌ですよ。でも、もう父上が決めたことです。明らかに国益になる申し出ですし」

 ウィリアム様がメガネをついと押し上げながら言う。エドガー様は納得できないらしく眉間に皺を寄せた。

「それが一番アイツを信用できない理由なのは、お前もわかっているだろう。

 アイツとクリスティーネとは、十年以上前に一度会ったきりなのだぞ。それを、相手を選り取り見取りで選べるような立場のアイツが、わざわざシェルストレーム王国と繋がりを強くしたいと思うか? 普通に考えて『否』だろう。少なくとも私がアイツの立場なら『否』だ。そんな状態で何か裏があると勘ぐらない方がおかしい。嫁いだ後、クリスティーネが辛い目に遭ったらどうするんだ」

 そう息まくエドガー様に、ウィリアム様は嘆息した。口には出さないが、ウィリアム様もエドガー様と同意見なんだろう。

 確かに政治的な考え方から見ればエドガー様の言う通りなんだけど。でも、客間でのアルフレド様の言動からは、裏の思惑があるようには思えなかったのよね。

 つまり、急にアルフレド様からクリスティーネ様へ求婚されることになった理由はわからないまま、というわけだ。

「確かに『何か』はあるんだろうけど、今の段階ではわからないね」

 フィリップ様がそう言い、嘆息する。ほぼ同時にエドガー様も溜め息をついた。

「もしかしたら、それだけクリスティーネが魅力的ということかもしれませんね」

 ウィリアム様が言うと、エドガー様が顎に手を当てて考え込むようにぶつぶつと言った。

「む……。確かに、クリスティーネは可愛いから、嫁いで欲しいと請われるのは仕方がないことなのかもしれない……」

 エドガー様ってば、ホント相変わらず兄バカですよね。バカっぷりが他のお二人より群を抜いておられますよね。確かにクリスティーネ様は可愛らしいですし魅力的ですけど。

 どうやら本気で言っているらしいエドガー様を見た私は、呆れの感情を表情に出さないよう必死に隠した。


「それにしても兄上、クリスティーネのことも心配ですが、この問題が片付いたら、次はきっと兄上の番ですよ」

「確かにね。父上だっていつまでも健在とは限らないし」

 ウィリアム様がエドガー様に脅すように言うと、フィリップ様も追い打ちをかけた。エドガー様はそんなお二人を一瞬見やると、片手で頬杖をついて、ふん、とそっぽを向く。

「相応しい相手が見つかれば、すぐにでも婚約してやるさ」

「マリーはいかがです?」

 はい、私!?

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