番外編【万里さん修行編】
突然ですが番外編です。
我王院戦より行方不明な万里君のお話です。
唐突ではあるが、時は遡り龍星がスウェンガナルDを修復する為に風流堂に向かったのとほぼ同時刻。
「オラオラオラオラッ!もっと速く捌かねぇとミンチになるぞ!」
「ノォォォォォォォォッ!?」
とある山奥で着流しを着た男性の怒鳴り声と万里の悲鳴が木霊した。
「オラッ避けろよ?」
男性は韋駄天のごときスピードで万里に迫ると万里に向かって攻撃を仕掛ける。
「ちょぶらっ!?」
「避けろって言ってんだろうが!」
「へぶっ!」
「何で避けねぇんだよ!」
「ごもらっ!?」
男性の攻撃は目にも止まらないスピードで万里を打ちのめし最後の攻撃で万里は空を舞った。
(空ってこんなに広いんだなぁ)
万里は空を舞いながらそんな事を思い、直後地面に激突した。
「ったく、禁呪なんぞに頼ってっからあの程度の攻撃も捌けねんだよ」
男性は地面に激突し気絶した万里に水をぶっかけて起こすと呆れた様な感じで万里に話し掛ける。
「いや、千里さん。あのスピードの攻撃であの程度って(汗)」
因みに男性の拳は軽く160キロは越えていた。
「あ?あれでも一割も力出してねぇぞ?」
「マジですか・・・・・・」
「ったりめぇだろ。馬鹿弟子に合わせて修行しねぇと意味ねぇだろうが」
男性は言いながら万里の襟首を掴むと無理矢理立たせる。
「強くなりてぇって言って俺に泣きついて来たのはてめえだろうが。いつまでも休んでねぇでとっとと立ちやがれ」
「はい!千里さん」
万里は自らの足で立ち上がると千里と呼ばれた男性と向かい合う。
「よし!んじゃ行くぜ!」
そして千里の怒鳴り声と万里の悲鳴が再び山に響き渡った。
さて、何故万里がこんな事をしているかと言うと、ワスティアに見逃され我王院家跡地を後にした万里はその足でとある山奥に向かった。
「千里さん、いらっしゃいますか?」
「ん?なんだ、万里じゃねぇか」
万里が向かったのは山奥にある山小屋。
そこは嘗て万里がワスティアを殺す為に修行した場所でもあった。
「・・・・・・万里、てめえ禁呪なんぞに手を出しやがったな?」
そして山小屋に暮らすこの男は宮野千里と言い、万里の父親の弟、即ち万里の叔父に当たる人物で人類の中でも最強の男だった。
「・・・・・・わかりますか?」
「その禁呪独特の気配が分からねぇ奴なんぞ居ねぇよ。んで?何しに来やがった?」
「ワスティアと一戦交えました」
「ほう。で?ぼろ負けしたか」
「はい。手も足も出ませんでした」
万里は千里にそう言って床に座り正座する。
「お願いします。俺をもう一度鍛えて下さい!俺は強くなりたい!皆を守り抜ける位強く!」
万里は頭を下げ、千里に修行をつけてくれる様に頼み込む。
「ったく、てめえ勝手に出ていっててめえ勝手に戻って来やがる。ちっ!そんな自分勝手な甥っ子を見捨てる事が出来ねぇ俺自身に嫌気が差すぜ」
千里は万里に背を向けたまま頭を掻くと立ち上がり万里の襟首を掴み表に放り出す。
「どわっ!せ、千里さん?」
「1ヶ月だ」
万里は突然放り出された事に驚きと疑問の表情を浮かべるが、ゆっくりと山小屋から出てきた千里は日の下で獰猛な笑顔を浮かべながら万里に言った。
「へ?」
「1ヶ月で俺に禁呪抜きで一本入れてみやがれ。そうしたらもう一度鍛えてやる。嘗て俺が教えた事を死ぬ気で思い出して本気でやれよ?じゃねえとこの話は無しだ」
日の下に照らされた千里の顔は万里と並ぶと兄弟と言っても可笑しくない程若々しかった。
万里の父親の弟である千里は少なくとも40は越えている筈である。
だが、千里に老いの影は全くと言って良い程見当たらなかった。
「相変わらず若いですね」
「てめえも気を極めたらこうなるぜ?」
苦笑を浮かべて呟く万里に千里はニッと笑って答える。
千里が万里と同じ年の頃、修行に明け暮れていた千里はある日一人の男に出会った。
その男は千里の強さに興味を示し気紛れに仙気法の触りを千里に教えた。
男は触りだけを教えるとフラリと居なくなったが、千里はそれを独自に高め遂に極めてしまったのだ。
その日より何故か千里の身体は一切の老いを感じる事はなくなった。
「ま、とはいえ別に不死って訳じゃねぇからな。刃物で刺されりゃ死ぬし、飯を喰わなきゃ餓死するがな」
「刃物、刺さるんですか?」
「あ?刺さる訳ねぇだろんなもん」
千里の台詞に万里が尋ねてみると、千里は何言ってんだコイツ?と言った感じで真顔で答えた。
どうやら千里は刃物等で死ぬ事は無いようだった。
「下らねえ話はこれまでだ。早速やるぞ」
千里がそう告げると千里の雰囲気がまるで、戦場にいるかの様な雰囲気に変わった。
「・・・・・・!」
万里は立ち上がりデビルカースを構えると全力で相対する。
「ほう。ちったあマシにはなったか。昔はこれをすっと小便チビってたのにな?」
「何時の頃の話ですかソレ!」
「てめえがガキの頃だな。確か十歳位だったろ」
「十歳の子供にそんな空気ぶつけないで下さい!」
千里は万里の槍をいなしながら昔話に興ずる。
万里も千里に応えながらも自身の出せる最速でデビルカースを振るっているのだが、千里は余裕でデビルカースの穂先を指先で止めて行く。
「引きがおせぇ。突き出すと同時に引けって教えたろうが」
「これでも最速でやってるんですけどっ!」
「ならもっと速く動け。オラ、こんなんじゃ準備運動にもならねぇぞ」
千里は突き出されたデビルカースを掴むとそのまま万里を振り回した。
「ノォォォォォォォッ!?」
「おらよっと」
そしてぶん投げた。
「ゴッドスピードッ!?」
投げられた万里は木を薙ぎ倒し大地をえぐって漸く止まった。
「あ、やべ。手加減間違えちまった。死んじまったか?」
千里はぶっ飛んだ万里の下に行くととりあえず足でつついてみた。
「・・・・・・」ピクピク
「お?生きてるな。頑丈さは昔より上がってやがんな」
千里は気絶した万里を担ぐと山小屋に向かって歩き始めた。
因みに万里は気絶してもデビルカースを手放しませんでした。
万里は闇の中をただひたすらに走っていた。
「父さん!母さん!雛火!!」
目の前ではワスティアが万里の父親と母親を手にかけ、そして妹の雛火の命を奪おうとしていた。
『お兄、たすけ・・・・・・』
「止めろぉぉぉぉぉっ!!」
手を差し出す雛火に向かって万里は手を伸ばすが、ワスティアはニヤリと笑うと雛火を切り刻んだ。
「アァァァァァァァァッ!」
『てめえは生かしといてやる。精々強くなってオレを殺しにこい。その時にオレがてめえを殺してやるよ』
ワスティアはそう言って闇に溶け込む様に消えて行った。
「てめえは必ず俺が殺す!ワスティアァァァァァァァァッ!」
「ワスティアァァァァァァァァッ!」
「喧しい!」
ズドンッ!
「グハッ!?って夢・・・・・・か」
突然叫び声を上げた万里に千里が万里の腹に拳を叩き込むと万里が眼を覚ます。
「あの、千里さん。何か腹が殴られたかの様に痛むんですけど?」
「あ?気のせいじゃねぇのか?」
「・・・・・・投げられた時に打ったかな?」
千里に惚けられた万里は自身の腹を擦りながらベッドから起き上がる。
「おら、飯食え」
「そんなに寝てました?」
「ジャスト二時間って所だな。頑丈さは昔より上がってんな」
「命懸けでしたから」
万里はテーブルに着くと手を合わせ千里の用意した食事を食べた。
「・・・・・・今日はカルペスの原液味ですか」
「・・・・・・黙って食え」
千里の作る料理は見栄えは良いが、何故か味がおかしくなる。
牛丼なのに何故か味が酢を濃縮したような味だったりする。
今回は白飯と味噌汁、川魚を塩をふって焼いた焼き魚なのだが味噌汁の味はカルペスの原液味だった。
「魚は・・・・・・ポン酢だなこりゃ」
「魚は当たりですね。白米は・・・・・・ごふっ」
千里が焼き魚の感想を言うと万里は白米を口にした途端に白眼を剥いて倒れた。
「・・・・・・あー、こりゃ万里が倒れんのも無理ねぇな。コイツの大嫌いな『アレ』味じゃねぇか」
万里はワスティアの次に嫌いな食べ物がある。
どうやら白米はその味だったようだ。
千里は頭を掻くと万里を再びベッドに放り投げ自身は食事を続けた。
尚、翌日に万里が千里に頭を下げて食事当番にしてもらったのは言うまでも無い。
その日以降も万里と千里の模擬戦は続き、万里が千里に一本入れたのはこの日より一ヶ月後の期限ギリギリであった。
話は冒頭に戻る。
「まあ良い基礎的な修行はこんくらいにしとくか。万里、今日はこれで上がりだ。明日からもっときつく行くぜ?つー訳で今日は町まで降りて食材を買って来い。タイムリミットは買い物も入れて一時間な」
「日に日にリミットが短くなってませんか?って此処から町まで軽く二時間は掛かるんですけど!?」
「走れ。よーいスタート!」
「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
万里が千里に逆らえる筈も無く万里は涙を流しながら町まで全速力で走り出すのであった。
因みに万里は町まで二十分で辿り着き買い物を済ませ山小屋まで五十二分で戻って来た。
万里は気付いているだろうか?
千里と修行を始めた頃に比べ自身の身体が格段に軽くなっている事に。
今までならば町まで降りる際に木にぶつかったりして生傷が絶えなかった筈なのに今日は一度もぶつかる事も無く、それどころか最短の距離を駆けた事に。
(強くなりやがれ万里。誰よりも強く。この俺よりも強く・・・・・・な)
千里は決して口には出さない事を脳裏に浮かべながら酒を口にするのであった。
此方の千里さんはオリジナルに比べて少し万里君に甘いようです。