Golden Weak
世間はGWの只中。
本作の舞台となる男子高校もその例に漏れず現在は長期休暇だ。しかし生徒会長のとある立案により、校内は休日にも関わらず生徒たちで溢れ、血で血を洗う激闘を繰り広げていた。
そしてここに、数多の死線を掻い潜り屍の山を踏み締め、いざ最後の戦いへと臨まんとする男がひとり――
〈Golden Weak〉
「オラァ!」
風を唸らせ肉薄する拳を、半身を捻ってかわす。
渾身のアッパーを空振りしてたたらを踏む敵の決定的な隙を、俺は見逃さない。背後から足首を掴み地面に引きずり倒す。強引に仰向けに反転させると、俺は無防備な敵の肉体に踵を振り上げ――
股間を踏み潰した。
「ああああああああああああああああああ」
ゴム鞠を蹴ったような柔い感触と同時に、野太い断末魔が曇天の校庭に響く。
敵は白目を剥いてだらしなく涎を垂らして気絶した。局部を足蹴にされたのだ、その激痛は想像に難くない。
俺の足裏にもさっきの不快な触感が残っており、その心地悪さを振り払うように俺は幾度か土を蹴った。
――なぜ俺たちは、こんなことをしているのだろうか?
四月二十八日、我らが生徒会長は全校集会にてその企画を公布した。
“Golden Weak”
全国的に知られる黄金週間とかけた名称のそれは、全校生徒への宣戦布告だった。
ルールは単純、GWの期間中、生徒たちは互いの“Golden Weak Point(黄金の弱点)”――すなわちキ○タマを潰し合うというだけ。残忍極まりない、いわば戦争遊戯だ。こんな企画を立案するなんて狂気の沙汰としか思えない。
本来ならばこのような茶番に生徒一同が参加する義理などない。しかし現実に俺たちはこうして生徒会長の掌上で踊らされている。
なぜか?
そう、生徒会は最後まで生き残った者に、とある報奨を与えると約束しているのだ。
その報奨とは――
「やはり貴様が残ったか、兼田よ」
不意に背後から名前を呼ばれる。
その声に振り向けば、目前に仁王立つは筋骨隆々で精悍な顔立ちの男だった。
俺は奴を知っている。いや、知っているどころではない、この悪魔じみた戦場を生み落とした張本人、諸悪の根源、
「生徒会長……」
憎悪に滾る俺の眼差しにも一切怯まず、生徒会長は不遜に唇を歪めた。彼は上半身裸だった。とても似合っているが、何故。
まあ彼の行動が意味不明なのは日常茶飯事だ、理由を考えても仕方がない。それよりも、
「俺はあんたを絶対に許さない……。生徒同士で戦うことに、なんの意味があるって言うんだ!」
「馬鹿なことを」
義憤から衝動的に出た台詞を、会長は鼻で笑い飛ばす。気に食わない態度だ。
「善人ぶるのはよせ。貴様とて例の報奨に目が眩んで数々の同胞のキン○マを屠ってきたのだろう」
俺の怒りを偽善と評する彼の言葉は的確だ、報奨のためとはいえ、俺が級友に手を下したことは紛れもない事実。
黙する俺に会長は白い歯をこぼし、ふとズボンのポケットから一枚の紙片を取り出した。
あれだ。あんな紙切れのせいで、俺たちは――
生徒の誰もがそれを勝ち取るために戦った。男の尊厳を潰し合った。会長が報奨として提示したあの紙には、俺たちにとってそれだけの価値があった。今だって、喉から手が出そうなくらいだ。
そう、
「この“隣の女子高の生徒とデートができるチケット”のためにな」
手の内の紙片を風になびかせ、会長は唇を三日月形にまで吊り上げた。至極邪悪な笑み。
チケットの価値、それは俺たちと同年代の男子にしか理解できまい。
男子高という禁欲の牢獄に囚われた我々男子高校生にとって、異性と関係を持つ端緒となり得るその存在は、それこそ仲間のイチモツを再起不能にしてでも手に入れたい代物だった。
「――だったら」
不退転の決意を胸に、俺は強く握り締めた拳を会長に翳す。どうせ、今さら後戻りなどできないのだ。
「意地でもあんたを倒し、そのチケットをこの手に掴む。それがキ○タマを失った友人たちへの、せめてもの手向けだ」
そうだ、ここで俺が敗北すれば、彼らの犠牲もすべて無駄になってしまう。
男として責任は取らなくては! あ、性的な意味ではなく。
「ふふふ、いい度胸だ。ならば遠慮なくかかってくるがいい!」
猛然と叫び、まるで愛の抱擁を待つかのように両手を広げる会長。一見すると隙だらけだが、さりとて油断はできない。日頃の学生生活で痛感している、彼は相当の手練れだ。
「うおぉっ!」
余裕の態度を崩さない会長へと瞬時に接近し、拳を振りかぶる。どうせ小手先の技は通用しない、勝機を見出す術は正々堂々と全力でぶつかるのみ!
かくして全身全霊を賭した鉄拳は、あっさりと会長の下腹部に直撃した。
しかし、
「……ッ⁉」
痛みに痺れたのは、俺の拳の方だった。
「甘いな……。鉄火場に下準備もせずに挑む阿呆がいるものか」
嘲りを多分に含んだ声が投げられる。
狼狽しながらも会長を睨め上げると、彼は締めていた小洒落たデザインのベルトを取り払った。ズボンは重力に従って足首までずり落ちる。
そして、そこから姿を現したのは、
「鉄の……パンツだと⁉」
「その通り、鋼鉄で作られた特注のパンツだ。穿きたては重いし冷たいし気持ち悪いが、慣れるとすこぶる快適だぞ」
思わぬ装備に歯噛みする。まさかそんな切札を握っていたとは……文字通りの鉄壁じゃないか。
――脱がせるしかないか。
自身の発想にほんの僅かな躊躇いが生まれ、それが身体に一瞬の隙を及ぼした。
その好機を見過ごす会長ではない。半歩で俺との距離を詰める(パンツが重いだろうに)と、目にも止まらぬ速さで爪先から俺の股間に蹴りを放つ。駄目だ、避けられない!
「ぐうぅ!」
重機に撥ねられたかと思うほどの強烈な一撃。
勝利を確信した表情の会長が視界の端に映った。
しかし、その殺人級の一撃を食らってなお、俺が膝を折ることはなかった。大事な部分も無事だ。衝撃に脳震盪を起こしかけてふらつきながらも、二本の足で大地を踏みしめる。
「馬鹿な! 巨岩をも粉砕する蹴りだぞ、なぜ貴様のキン○マは潰れない⁉」
想定外の事態なのだろう、瞳に隠しようもない焦燥を浮かべる会長。
それもそのはず、俺は会長のように鋼鉄のパンツで武装などしていない。彼も今の一発でそれに気づいたのだろう。無防備な局部に打撃を受けた俺がなぜ悶絶しないのか、不思議でならないのだ。
「あんたは致命的なミスを犯した」
「なにぃ⁉」
これでもかと両眼を見開く会長の疑問には答えず、俺は最後の力を振り絞り、彼を地面に押し倒した。未だ混乱状態が続いているのか、さほど抵抗はない。
俺はとどめを刺すため、会長のパンツを膝まで下ろし、獲物を確認する。とても大きい。
「これが……報いだああぁぁぁぁ‼」
会長のキ○タマを両手で固く握り締める。刹那、ほんの少し呻きが聞こえたが、彼が大声を上げることはなかった。
非常に弾力のある柔らかな触り心地とともに、この冷酷無比な戦争に決着は訪れた。
佇む男と、倒れる男。雲間から顔を出した真っ赤な夕焼けがふたりの陰影を濃くする。
荒い息を吐きながら会長が尋ねた。
「なぜ……俺は仕留められなかった……? 確実に俺の一撃は……貴様のち○ちんに届いていたはずだ……」
「言っただろう。あんたはミスを犯したんだ」
勝利の余韻に浸ることもなく、淡々と俺は続ける。
「鉄のパンツを晒したこと。あれが唯一の――そして最大の失態だ。見ろ」
会長の顔を見下ろし、股間を強調するように胸を反らす。下腹部では陰部がテントを張っていた。
装備がないのならば、ちん○ん自体を硬化させればいいのだ。しかしそのためには、なんらかの興奮を引き起こさなくてはならない。
つまり――
「俺はバイセクシャルなんだ」
ゆえに会長のパンツを見て性的に興奮し、ち○ちんが硬くなった。
「くっ、くくくっ……ふはははははは!」
しばらくの沈黙の後、会長は突然堰を切ったように笑い出した。本格的に気でも狂ってしまったのか。
「完敗だ! 兼田、貴様には勝てん! ――さあ、貴様が王者だ、持っていけ」
清々しい笑顔で、息も絶え絶えなのに大音声で笑う会長に、ようやくこれが会長なりの矜持なのだと気づく。
だから俺は、差し出されたチケットをただ無言で受け取った。
「兼田……貴様ならきっと、あの子と仲良くなれる……。応援して、いる、ぞ……」
その台詞を最後に、会長は意識を失って首をがくりと落とした。
酷く穏やかな容貌に思わず双眸に涙が浮かび、俺はそれを振り払うように会長へ深く頭を下げた。
★
後日。
俺はチケットの紙面に記されたデートの地へと赴いた。地元で最も大きな公園の片隅に置かれたベンチに腰かける。
約束の時刻の五分前。近辺にいるのは同年代くらいの少女ひとりだけだった。彼女が例の“隣の女子高の生徒”なのだろうか。
さりげなく横目に観察してみる。整った見目に、心臓の高鳴りを抑えられない。
今日から俺の青春の幕が開けるのだ。遂に春来たる。緊張もするが、同時に期待も膨らむ。
ならば最初が肝心だ。
「あの……」
「あ、兼田さん……ですか?」
「はっ、はい!」
意を決して声をかけると、向こうから俺の名前を呼んでくれた。よし、彼女に間違いない。
「はじめまして」
警戒心を解くために極上の笑顔を捧げると、上目遣いに彼女は小さく呟いた。
「――そちらの会長に聞いたんですけど……」
なぜか彼女の足が一歩後退した。怪訝に思うが、気にしていられるほど心の余裕はない。
そして彼女は猛虎を前にした野兎のように怯えた表情で、
「あなたって……バイなんですか?」
硬直。
答えられない。答えられるわけがない。真実を話せばどんな反応が返ってくるかなど、十中八九予想がつくのだ。
しかし俺の黙秘は肯定と受け取られたらしく、彼女の頬が引き攣り、表情に明らかな恐怖が混じる。
そして、最初はゆっくりと、次第に早足で彼女の背中が遠ざかっていく。
その光景を、俺はただ突っ立って見ているしかできず――
――俺の春は、終わった。
読んで頂きありがとうございます!
拙作後半で登場した少女について、筆者の意見としては性癖で他人に偏見を持つことはいけないと思うのです。私はノーマルですが。
そもそも誰かの人間性を構築するものは性癖だけではないので、その一部分だけを見て他人の善悪を判断するなどナンセンスでしょう。私はノーマルですが。
性癖がどれだけ異彩を放っていようとも、人はもっと多角的・総合的に他人を観察し、自分の明確な考えを持ってその他人へと評価を下すべきです。私はノーマルですが。
つまりなにが言いたいかって、たとえば“ロリコンでお尻フェチでパンツ大好きな人間”がいたとしても断じて偏見を持ってはいけない、ということです! 私はノーマルですが!
――皆様には、言葉に隠された嘘を見抜ける人間になってほしいです。