運命の相手が猫の王子様だった
エリアルド王国 エリアべス王宮 エリア
使えない王女として、王宮の中の一番すみっこの方の部屋に追いやられた。
それは5歳になったばかりの、私の目の前にある現実だ。
ここは、エリアルド王国の中心部
エリアべス王宮。
の端っこの端っこの端の方。
そんな場所にいるのは、
エリアルド・フィールド・ラリア。
愛称エリアだ。
私ーーエリアは、他の兄弟と比べて体が弱い。
上に兄二人と姉四人がいるのだが、一番生命力がない。
運動神経も悪くて、顔も普通。頭もよくない。
しかも、王族なら当たり前のようにもっている魔法の才能もなかった。
そのため兄弟6人の中で一番価値が低くなる。
だから、こういう扱いを受けるのは必然だったのだろう。
エリアべス王宮 端っこの小部屋
クモの巣だらけ、埃だらけの部屋で私は、人の目のない生活を始める。
将来を悲観したのは最初だけで、人の目のない日常はそれなりに気楽だった。
兄や姉から意地悪されたり、悪口を言われる事はないし、周囲から失望の目を向けられることはないのだから。
子供だって、それくらいのものは不快に感じる。
何も分からない子供を演じてもいいけれど、そんなのは嫌だった。
最低限のプライドは持ちたい。
悪口を言われたら言い返すし、石を投げられたら投げ返すわ。
でも、自分から嵐の中に飛び込んでいくつもりはない。
波風立たないようにしないと、権謀術数渦巻く王宮では、存在することすら許されなくなる。
目立たなければ、誰かに害されることはないから、人の目のないところでひっそり生きているのが現状よ。
お荷物でも血筋はロイヤル。
今のところは、本気で傷つけようとする人はいないと言うのが救いね。
上の姉や兄たちが意地悪したり、使用人に無視されたり、王宮の人たちが使役している精霊たちにも口をきいてもらえないけど。
生きているだけなら、なんとかなる環境だ。
生きているだけなら。
大人になるまでここにずっといたいとは思わない。
自由がないし、精神的にも肉体的にも健康に悪い。
いつかは王宮を抜け出して、自由に生活したいと思う。
そんな将来計画を立て始めたのは、
7歳くらいになった頃だろうか。
私は王宮脱出計画を何度も考えたけど、なかなかうまい案が思いつかない。
王宮から逃げ出した後どうするか。
きっと追っ手はかかるだろうし、一度失敗したら次があるか分からないのだから、慎重に考えなければ。
過去にそういった事が実際にあったみたい。
私なんて要らない人間なのに、変な所で体面とかプライドとか気にするのよね。彼等って。
それから2年後。
良い知らせが飛び込んできたのは9歳くらいの時だ。
それは、私が15歳になった時、運命の相手と出会って結婚を申し込まれ、この王宮から出られるという占いがもたらされた。
エリアべス王宮に滞在する占い師の女性が、私の事を不憫に思って個人的に占ってくれたのだ。
その占い師の名前はミュンデ。
どこかの没落した家の娘らしいけど、占いの腕一つで成り上がった珍しい女性。
ミュンデは人の悪意を煮詰めたような王宮でも、比較的善人より。
成り上がった地位を維持するために心無いおべっかを言う事があったり、保身のためにちょっとした嘘を吐く事はあっても、弱い立場の物を進んで苦しめようとする人間ではなかった。
だからある程度は信用できた。
希望がもてた私は、運命の相手との出会いを夢に見ながら、生き抜くすべをこっそり磨いていった。
エリアべス王宮 廊下 エリア9歳
今の私は、下働きの服を着て、廊下を掃除していく。
通りすがる者達は、私の正体に気が付いていなかった。
王宮の隅においやられたお荷物の事なんて誰も気にかけない。
同情的な一部の人達の手を借りて、ちょっと変装しただけで、簡単に騙される。
掃除がなってないとか文句を言った相手が王女だと知ったらどんな顔をするだろう。
蒼白になるだろうか、それともやっかいものだからと態度を変えないのだろうか。
とにかく私は、あちこちに顔をだして、炊事掃除洗濯などの技能を身に付けていった。
文字や計算を覚えるのは少し苦労したけど、王宮にある図書館の司書に教えてもらえて、なんとかなった。
魔法薬の調合をしたり、魔道具作りにも挑戦してみたわ。
専門性が高すぎて、成果は壊滅的だったけども。
そうそう、ミュンデの次に親しくしたのは、獣舎の管理者ね。
ドーズという男性で、ちょっとお喋りが苦手だけど、真面目な人なの。
騎士たちが利用する馬の事を教えてくれたり、他国にいる位の高い幻獣精霊や小さな竜の事をおしえてくれたりしたわ。
エリアべス王宮の獣舎には一般的な動物しかいないから、いつかあってみたいわね。
エリアべス王宮 中庭
そうして私は14歳になった。
後一年。
そう思ったところで、私は王宮の中庭に迷い込んできた、変わった猫と出会った。
見たことのない青い毛色をした、美しい猫と。
その猫はオスで、王宮の庭に傷だらけで迷い込んでいたの。
体力もなさそうで、ぐったりしていたわ。
一部の者達を除いて王宮で話し相手のいなかった私は、庭に訪れる鳥や小動物にエサをあげていた。
だから、猫の相手も抵抗感はない。
少しおっかなびっくりではあったものの、手当てをして、食事も調べて与える事ができた。
看護の結果か、ネコは徐々に元気になっていき、数週間で怪我がすっかり消えてしまった。
もともと虚弱なのか、やけに疲れやすかったり、普通の猫より眠る時間が多くはあるけど。
動物は人とは違う安らぎの感情を与えてくれる。
人はしがらみとか色々なものを背負って生きているものだから、どうしても気にしなければならないことがたくさんある。
でも、動物はそういったものとは無縁だものね。
私は手作りの玩具を作っては毎日ネコと遊ぶようになったわ。
元気になった後、中庭に放したけれど、その猫は度々私の前に現れた。
そのままこの王宮に居つくもりなのかわからないけれど、一緒にいられる時間が増えたのは嬉しかった。
でも、私が王宮を出ていった後、寂しい思いをしないか心配だ。
猫がなついているのは、私かドーズくらいしかいないし。
エリアべス王宮 端っこの小部屋
猫は私に大きな恩を感じているらしく、度々色々な物を持ってきた。
綺麗な石ころとか、透き通った葉っぱとか。
人間にとってそれらはあまり価値のないものだけど、私はありがたくちょうだいした。
誰かから心のこもった贈り物をもらうのはいいわね。
魔法薬の調合材料にだけは使えるけど、隠してある宝箱にひっそりと保管させてもらっているわ。
猫って狭い隙間に入ったりできるらしく、度々王宮の変なところに入り込んでるみたい。
嫌味な大臣のカツラをもってきたり、クチの悪い使用人の日記を持ってきたりするのよ。
弱みを握るうえでは便利なんだけど、これを使ったら睨まれすぎるわよね。
私をいじめる人間たちにもそんな弱点があるんだって、影で笑わせてもらうことだけに使うわ。
それからしばらく経った頃、不思議なことが起こった。
15歳になったその日は私の誕生日で、本来なら大勢の人に祝われる日だった。
けれど、みんな私のことを人前に出すなんて考えもしていないようで、毎年ごく当たり前の日常が過ぎていくだけだった。
けれど自分くらいは自分のことを祝ってあげたい。
そう思った私は自分で自分を祝うために厨房からこっそり拝借した材料でつくって、クッキーを焼くのが恒例になっていた。
今年もクッキーを焼いて、出来上がるのを待っていたけれど、姉や兄に見つかってしまった。
普段は無視しているのに、その日は運が悪かった。
何の暇潰しなのか、私の部屋にやってきた彼らは、私の住処を散々からかった後、甘い匂いのするエプロンを発見。
それで、内緒で作っていたクッキーを見つけてしまった。
彼らはそれを床に投げ落とし、踏みつけたのだ。
嘲笑する彼らの顔はきっとこれから先も忘れられないだろう。
今年は何もなしの日になるのかとそう覚悟した。
けれど、荒らされた小屋で一眠りした翌日、部屋の扉の前に誰かがおいたクッキーがあったのだ。
おそらく厨房で働いている誰かが騒動に気がついて、私に同情してくれたのだろうと思うけれど、口にしたクッキーは今まで食べたことがないくらい甘くて美味しいものだった。
誰がおいてくれたのかわからないけど、ありがたい気持ちだったわ。
そういえば調合薬として作ったポーションが割れちゃったから、もう一度きちんと掃除しておかないとね。
昨日猫はこなかったけど、肉球に入れ物の破片がささっちゃったら可哀想だもの。
そういうわけで誕生日翌日は部屋のお掃除よ。
あいつらがクッキーを粉砕したついでに、私の部屋も荒らしていったから、本当に気が滅入るわ。
でも、やらないと危ないし、仕方がないわよね。
私は気乗りしないけれど、掃除を始めたわ。
すると、そこにいつもより調子のよさそうな猫がやってきたの。
ネコは「にゃあ」と泣いて、私の顔をじっと見たわ。
いつもより入念にこっちの様子を確かめてるみたい。
動物には人の感情の機微ってものが分かるのかしら。
気にしないようにしているけど、昨日の事がショックだったのかも。
私は入口にやってきた猫を抱えあげようとした。
まだ掃除をしてないから、怪我をしないようにって。
けれど、ネコは私の腕をするりとかわして部屋の中へ。
部屋の隅まで移動して、そこにたまっていた液体をぺろぺろ舐めはじめてしまった。
そこにはネコのための小さな餌の器があるんだけど、ポーションの液体が飛び散っていたみたい。
人間が作るポーションはたいてい人間用に調合するもので、獣用はまた配合が違うもの。
大量に摂取すると、健康を害する恐れがあったから慌てたわ。
でも、もっと慌てたのは、ポーションをなめた猫の体が光って、男の子になっちゃったことよ。
一体これはどういうことなの?
びっくりして腰を抜かした私に、その男の子はベッドのシーツで服を作った後、説明してくれた。
彼は隣にある国、アクア水霊国の王子だったらしい。
数年前にお忍びで町に出た時、お貴族様と間違えられ攫われそうになったみたい。
けれど、その人達から逃げている最中に、川に落下してこの国まで流されてきたとか。
アクア水霊国は、先祖の王が偉大な水精霊を殺してしてしまったことで、2つの呪をかけられている。
一つは水の近くで生活しなければならないこと。
もう一つは水に落ちると動物の姿になってしまうことだ。
水のある場所から離れたところで暮らすと、体が弱ってしまうらしい。
それで体力がなかったのね。
あと、水に落ちて動物になる呪いは、心から安心できる場所で、きちんと体を癒やすととけるらしい。
彼はこの場所でポーションを飲んだことで、その条件を一つ満たしたのだという。
もとは人間だったから、人間用のポーションでも大丈夫だったのかしら。
それとも口にしたのが少量だったから、副作用がでなかったのかしら。
部屋を荒らされた日に私の知らない間に、ポーションをちょっと舐めてみたら、少しの時間だけ人間に戻れたみたい。
だから、もっと摂取すればーーって考えたのね。
今のところ、猫に戻る気配はなさそうだから成功したのかしら。
それはともかく、心から安心できる場所ってどういうこと?
ここは王宮で、もっともやっかまれている王女がいる隅っこの小屋なのに。
首をかしげていると、その男の子ーーではなく王子はこういった。
自分を手当してくれた君の傍は信用できると思ったから、だと。
最初はこの国の王宮にいって、王族に助けをもとめればなんとかなると思ったらしい。
水色の猫なんて珍しいし、アクア水霊国のことを知っていれば、気がついてもらえるかもしれないと思ったのだ。
けれど、王子や姉たちは頼りにやってきたネコをいじめ、石をなげた。
だから、絶望していたけど、私が助けてくれたのが嬉しかったのだとか。
私の家族、王族として、所業が致命的すぎないかしら。
それからその猫だった王子、スカイ王子は連絡をつけて元の国に帰っていった。
アクア水霊国は行方不明になった王子の帰還で三日三晩お祭り騒ぎだったらしい。
それからしばらくしてから、私は王の命令により、とあるパーティーに出席することが決まった。
誕生日でも何かの記念日でもない日にね。
今まで無視していたくせに、急に私に話しかけてきた王様や王妃様は一体何を考えているのかしら。
おかげで、兄や姉たちからすごい視線で睨まれているわ。
そんな有様だから、変に目立ちたくなくて会場の隅っこにいたんだけど、そこにやってきたのはなんと猫になっていた王子。
アクア水霊国のスカイ王子だわ。
彼は私に婚約するために、この国に再びやってきたみたい。
彼と婚約したら私はこの王宮だけでなく、この国を出る事になるらしい。
もちろん未練なんてないから、その場で承諾したわよ。
猫だった時から彼の事はよく知っているし、一緒にいて楽しかったもの。
婚約が決まって、信じられないって顔になった、兄や姉たちの顔は見ものだったわね。
それからの日々はあわただしく過ぎていったわ。
隅っこの小部屋でひっそり暮らしていたのが嘘みたいに、大きな部屋に移って、使用人が身だしなみを整えるの。
おかげでくすんでいた髪はつやつやだし。荒れていた肌はつるつるよ。
笑っちゃうわよね。
嫁入りのための道具もたくさん用意しちゃって。
アクア水霊国はこの国と密接な関係にあるところだから、機嫌を損ねたくないのね。
この王宮から出られるのは清々するけど、ミュンデやドーズにはお別れを言っておきたいわ。
これまでお世話になったし、私と話をしてくれた数少ない人たちだもの。
だから、がんばって作ったクッキーとお礼の言葉を書いたカードを二人のために用意したわ。
それと、何か困った事があったら水霊国に来てくれれば、私が助けてあげられるかもしれないって伝えておいたわ。
二人は喜んで私の新しい人生を祝福してくれたわ。
とうとう王宮から出ていく日がきた。
人生で一度も乗ったことがない豪華な馬車につめこまれて、たくさんの嫁入り道具と共に、敷地内からでていくわ。
見送りは体裁を考えて家族一同揃ってるけど、皆面白くなさそうね。
家族の顔をそれぞれ眺めてみたけど、何の感慨もわかなかったわ。
私にとってあの人たちはただ血が繋がってるだけの存在みたいね。
その後、水霊国に入国した私は盛大に持てなされて、お城の中で開かれたパーティーに参加。
スカイ王子と共に、ご両親に挨拶させていただいたわ。
2人ともとてもいい人たちで、異国に来た私の事を傷かってくれて嬉しかったわね。
その後は、こっちの国の風習や常識を学んだり、花嫁修業みたいな事をやらされた。
お勉強は大変だったけど、一人でやらなくちゃいけない時よりも楽だったし、人の視線を気にせず自由に出歩いてリフレッシュできたから、それほど苦じゃなかったわ。
それに、取り柄のない私だけど、皆頑張ったら褒めてくれるし、親切にしてくれるものね。
元の国では、能力の無い人たちはすぱっと切り捨てられていたけど、この国ではそういった人たちでもどうやれば力をつけられるのか考えていくらしくて、そういう価値観が普通みたい。
だから私みたいな存在でも、受け入れてくれるのよ。
それから数年後。
私はスカイ王子の妻になって、たくさんの子供達に恵まれたわ。
子供達はみんな、やんちゃでお転婆で、少しもじっとしていないの。
個性も色々で、運動好きだったり、お喋り好きだったり、本を読むのが好きだったり様々ね。
中には、昔の私みたいに何をやってもぱっとしないなんて子もいるわ。
でも、そんな子供でも悲しい思いをさせずにすむし、切り捨てずに済む。
今はそうかもしれないけど、未来は違うかもしれないって希望がもてる。
自分が受けた苦しみを、子供にも与えなくて本当に良かった。
もとの国を捨てて、この国に来られて本当に良かったって思うわ。




