深まる誤解
昼休みの空気は、なぜか重かった。
美穂が席につくと、すでに舞香が腕を組んで待ち構えている。
(あ、この顔は逃げ場がない)
和也はというと、特に緊張した様子もなく、購買のパンを机に置いた。
舞香「ねえ鈴木くん」
和也「なに?」
舞香の声は柔らかい。
――柔らかいが、目は鋭い。
舞香「前に噂あったじゃん」
(始まった)
舞香「別の学校に、美人の彼女がいるって」
(その話はいらないって)
教室のざわめきが、ほんの一瞬だけ静まった気がした。
和也はパンの袋を畳みながら、少し考える素振りを見せる。
和也「……さあ?」
(さあ、じゃない 自分のことでしょ)
舞香「否定しないんだ」
(もう、やめて)
和也「肯定もしてないでしょ」
和也は笑っている。
逃げるでもなく、突き放すでもなく、ただ曖昧に。
(この人、火に油を注ぐ才能あるな?)
舞香は一瞬だけ言葉に詰まり、そして納得したようにうなずいた。
舞香「……そっか」
(その“そっか”も危険)
舞香はくるりと向きを変え、美穂の方を見る。
舞香「ね、美穂」
(来るな)
舞香「やっぱやめときなよ」
(はい二度目)
美穂「……なんで」
声が低くなる。
反論というより、確認に近い。
舞香「だってさ」
舞香は和也を一瞥する。
舞香「否定しないってことは、そういうことじゃん」
(論理が雑)
舞香「もし本当だったらさ、傷つくの美穂だよ?」
(まったく……傷つきませんが)
舞香の言葉は、全部“正しそう”だ。
だからこそ、厄介だった。
舞香「今なら引き返せるでしょ」
(私はそもそも進んでない)
美穂は唇を噛む。
(違う。
私が好きなのは、田中圭介)
でもそれを言った瞬間、
話はさらにややこしくなる気しかしない。
和也「……」
和也は何も言わない。
否定もしないし、肯定もしない。
(否定してくれたら一瞬で終わるのに)
沈黙が、答えの代わりに扱われる。
舞香「ね?」
舞香の声は、完全に“親友のそれ”だった。
舞香「美穂のため言ってるんだから」
(分かってる。分かってるんだよ)
だからこそ、美穂は強く言えない。
美穂「……分かった」
舞香「ほんと?」
美穂「考える」
(考える=諦める、って翻訳されるやつ)
舞香はほっとしたように笑った。
舞香「それでいいよ」
和也はその様子を、黙って見ている。
(……この人、どこまで分かってて黙ってるんだろ)
美穂は机に視線を落とした。
(私は、
誰の恋を諦めさせられてるんだろう)
その答えが出るには、
まだ少し時間がかかりそうだった。




