Ep5:想定内の想定外
あなたの考える天使の容姿は? と1000人に聞いてその中央値を具現化したような存在が、今、目の前にいる。
だが、こいつは天使なんかじゃない。そんな確信がある。
この違和感は俺じゃなくても、それこそ1000人に聞いてもその大半が同じ反応を示すだろう。
なぜならば、天使がそんな“邪悪な表情”を浮かべることなどあってはならないからだ。
まるで獲物を見定めるかのような、言うなれば“捕食者の目つき”。
その整った顔で邪悪な薄ら笑いを浮かべ、黒いヴェールのごとく闇を振りかけたようなその表情は、今にも人を食い殺さんとする悪魔のそれであった。
「そんなに警戒しなくてもいいじゃないか。ただ私は久々に人に会ったものだから表情管理がおぼつかないだけさ」
「じゃあ今のその顔は?」
「天使のような笑みを作ろうとして失敗し、深層心理が顔に現れてしまったものだよ」
「思いっきし邪悪じゃねえか!!」
なけなしの木の盾を構え、最大限の警戒体制をとっていると、目の前に立っている推定敵対NPCは「やれやれ困ったな」とでも聞こえてきそうなジェスチャーをとり、敵対していないことを示すためか両手を上に上げた。
「私は君に危害を加えるつもりはないよ。ただ話がしたいだけなんだ」
「ほんとか?」
「ほんとだ、私に誓ってもいい」
「それ、意味ある?」
「まあ、心意気?」
「何いってんだお前」
「ワタシ、ヨクワカンナイ」
何だこの会話は。今時小学生でももっとマシな会話が成立するぞ。
だが、見た様子、本当に敵対NPCではないらしい。そう判断し、俺は武器と盾をインベントリにしまい込む。
それを見た彼女は、先ほどの邪悪な笑みと打って変わり穏やかな表情になって優しい笑みを浮かべた。
「うん、やっと会話ができる状態になった」
彼女は少し嬉しそうにそう言うと、ぱんっと手を叩き、話を切り替える。
「君の名前は……『アサ』か。うん、シンプルな名前だ」
「随分と率直に言うな」
「私が今までに見てきた名前に比べればって話だよ。『ボンバートリュフ・ド・ソレイユ107世』なんて名前も見たことがあるくらいだ」
「それは、ふっ、そ、そうだな、へっ」
「何だ? 気持ち悪い笑い方だな…… まあいい、本題に入ろう」
彼女の口から出てきた奇想天外な名前にツボっていると、唐突に今までに見たことのない色のウィンドウが表示される。
「赤いウィンドウ?」
『英雄叙事詩:「叡智を貪りし堕天」を開始しますか?』
英雄叙事詩…… 聞いたことがない単語だ。
俺はこのゲームを始めるにあたって何の事前情報も入れてないため、知らないのは当然といえば当然のことなのだが、今までモンスターを倒してきて時々『コモンクエスト』とか『ハンターズクエスト』とか『チュートリアルクエスト』なるものの開始とクリア表記が同時に現れることがあった時は、確かこんな色のウィンドウではなかったように思う。
「通常のクエストとは別枠なのか?」
俺が知らないだけで全員に同様に発生するようなクエストなのかもしれないが、そうだとすると全員がこんな危険な魔境を半日以上の時間を費やして突破しないといけないということになる。
もしくは、もっとここに早く到達する方法がある?
何にしても、せっかくここまで遥々歩いてきたのだから、このクエストを受けない手はないだろう。
もしかしたら結構レアなクエストなのかもしれないからな…
そんな思考を巡らせたのちに、俺はウィンドウに表示されたYESのボタン選択し、クエストを開始する。
「まあ、ここまで辿り着いたわけだし受けないなんてことはないよね。受けてくれて感謝するよ。疲れたろう? そこに席と茶菓子を用意したから座るといい」
「うわっ!? いつの間に!?」
彼女が指差した方向へと振り向くと、そこには先ほどまではなかった大きな木が生え、その木陰には木製の白い椅子が二つ、茶菓子の用意されたテーブルのサイドにセッティングされていた。
「魔術の腕には自信があってね。これくらいのことは朝飯前さ」
「へえ、すごいな…… じゃあ、お言葉に甘えて」
彼女に促されるまま木陰の椅子にどっかり座り込んだ俺は、一息ついて張り詰めていた緊張の糸を解いた。
半日近く深い森の中を彷徨っていたのだ。こうも長く運動しているとVRの中であっても疲れが溜まると言うものだ。
やっと訪れた休憩時間。だが、まだ気は抜けない。
俺はすぐさま気合いを入れ直し、隣に座った彼女の話を聞く体勢に入った。
「まず初めに自己紹介をしよう。私の名前は『アトラ』。皆はそう呼ばないがね」
「へえ。じゃあみんなにはなんて呼ばれてるんだ?」
「知恵の神『アトラス』、または『忘れられたの最初の英傑』とかそんな名前で呼ばれているよ。どうだ? なかなかどうしてかっこいいだろう?」
「うーん、確かに?」
おいおい、まてよ?
今こいつ、かなりとんでもないこと言わなかったか?
「んで、どうして知恵の神様がこんな初期地点から遠くも近くもないこんな場所に居を構えてるんだ?」
「その名前で呼ぶのはやめてくれ、恥ずかしい。そんな大したもんじゃないよ私は。まあ、それはいいとして、その質問の内容については少し誤りがあるな」
「というと?」
「君たち外界人の方が、この土地を初期地点に選んだんだ。何しろここには私の魔術が施されているからね。ここで死ぬと、この土地の外に強制的に放り出されて、君たちの言う最初の街『モノロード』が“作られた”場所へと転送される仕組みになっていてね。君たちの旅立ちの場所を選んだ者たちは、どうやら君たちにこの世界の過酷さを肌身をもって教え込んでおきたかったらしい」
え? つまり……
「もしかして、生きてここにたどり着くのって……」
「ふむ、君たちをここに送り込んだ者たちからすれば確実に“想定外”の事態だろう。現に、ここに辿り着いた外界人は“君が初めて“だ」
まさかの「死ぬのが正規ルートでした」なんていう鬼畜ゲー仕様。
そりゃー万人受け目指したゲームの初期マップでフレーム回避を要求するLv.80越えの敵なんて出したら売れるわけないでしょうよ。




