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Ep9.5:前途多難な恋する少女

 俺は先ほどまで、小林さんとエデンズの先行体験会を楽しんでいたはずだ。

 海に浮かぶ未知の孤島、その島に開いた底の見えない大穴、それを見て興奮し、目を輝かせている小林さん……

 ワクワクドキドキ、楽しい冒険……だったはず……

 

 無事20分間の先行体験を終え、次のブースに移動しながら感想でも語り合おうと、俺は小林さんを探したが、待ち合わせた場所に行っても、どこを見回しても、小林さんはいない。

 その時、俺のスマホに一着の通知が届いた。


『すみません、体調がすぐれないのでお先に帰らせていただきます。いきなりで本当にごめんなさい』


—————————


「なあ、俺なんか悪いことしたかな?」


「うーん、客観的な状況がわからないとなんとも言えないが、そんなゲームを一緒に20分プレイしただけで嫌われることなんてあるか?」


「逆に、嫌われたって理由以外で顔も合わせず、いきなり帰ることがあるか?」


「想像つかないな」


 そう、真顔で即答するシュウ。

 もうちょっと手心加えてくれよ。さもないと俺の繊細なガラスのハートがカケラも残さず砕け散るぞ?


「絶対やらかした……」


「まあ…… ドンマイ」


 クソゲーグッズを片手に、もう片方の手で俺の肩を叩くシュウ。


「それはそれとして、メシは奢れよ?」


「人の心は?」


————————————


「うわあああぁぁぁぁ!!!!!!」


 それから数時間後、自室で一人、紅潮させた顔を覆い悶絶する少女がいた。

 ゲームの中では、どうにもテンションがおかしくなってしまう事を失念していたために、盛大にハイなテンションでやらかしてしまったその少女の名は小林菜々子。

 ゲームを終え、我にかえり、自身の言動を省みて、あまりの羞恥にそのままリニアに乗って家まで帰ってきてしまったことを、彼女は猛烈に後悔していた。


「やらかしちゃったあぁぁぁ!!」


 脳内で木霊す数々の恥ずかしい呪いのような記憶を必死で祓おうと、布団にくるまれゴロゴロと部屋の中を転がりまくる菜々子。

 だが、記憶とは簡単に消し去れるようなものではない。ましてやそれが忘たいような記憶となると、余計に脳裏によぎってしまうのは必定だ。


『“翔太”くーん』

『すごい!!すごいよこれ!!』

『ねえねえ、見てみて!! これナマコみたい!!』

『“翔太くん”のプレーヤーネームはアサっていうんだ。いい名前だね!!』


「ぎゃああああああぁぁぁ!!! このばかああぁぁぁぁ!!」


 忘れようとすれば忘れようとするだけ脳裏によぎる、出来立てホカホカの“黒歴史”。


「ノリと勢いで何も言わずにフレンド申請も送っちゃったしぃ…… もう顔も合わせられない……」


 その時、菜々子の中で羞恥心がオーバーフローし、果てしのない虚無感が湧き上がる。

 経験したことのない初めての感情。

 果てしのない感情の荒波にもまれ、それがピークに達した時、菜々子はそこに“水平線”を見出した。

 菜々子に突如訪れた感情の凪。

 それは、もはや“悟り”に近い心境で、先ほどまで取り乱していたのが嘘だったかのように、菜々子の心は静まり返った。


「私は何を…… ただ友達の前で少しはしゃいだだけの事なのに…… そんな調子じゃ告白もできな……」


 告白……告白!!

 そうだ私は告白をするために!!


 束の間の平穏ののち、菜々子の感情は再び荒波を立てて再起動する。


『“翔太”くーん』

『すごい!!すごいよこれ!!』

『ねえねえ、見てみて!! これナマコみたい!!』

『“翔太くん”のプレーヤーネームはアサっていうんだ。いい名前だね!!』


「うっ、うう、うあわああぁぁ!! ばかぁあ……」


 菜々子が悟りを開くのも、朝倉翔太に告白を果たすのも、まだだいぶん後の出来事になるようだ。 

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