Ep9:東京ゲームフェス(下)
エデンズのアップデートの先行体験会に参加するべく、数えきれないほどの人々が長蛇の列をなしているのを横目に、俺と小林さんは特別優遇チケットで順番待ちを無視して先行体験会に参加していた。
「なんか、めっちゃ悪いことしてる気分になってくるな」
「いいじゃないですか、それよりも早く始めましょう!!」
「あ、ハイ」
え、めっちゃ元気じゃん。
俺こんな小林さんみたことないぞ?
目が今まで見たこともないほどキラキラしているし、気持ち声のトーンも上がっているような気がする。
小林さん、そんなにエデンズが好きだったんだなぁ…… と意外な事実に驚きながらも、彼女に急かされるまま、HVRのヘッドギアを装着し、ゲームを開始した。
「へぇ、網膜スキャンで自動的に自分のアカウントにログインできるなんて進んでるな」
てっきりこういう先行体験とかだと、決められたプリセットから仮のアバターを選んでプレイするものかと思っていたが、どうやら自分自身のアバターでプレイすることができるらしい。
ステータス確認画面を開いてステータスを確認すると、レベルは50。昨日までのレベリングで俺のレベルは52まで上がっていたはずなので、恐らく、先行体験ではプレイヤーのレベルが一律50に統一される仕組みなのだろう。
「小林さんは…… 近くにはいなさそうだな」
周りを見渡すと、一面真っ白な地面の地平線が広がっていて、どれだけ目を凝らしても地平線の先には何も見えない。
何をすればいいのかと、とりあえず大太刀を装備してそこらを歩き回っていたところ、2分くらい待ったのちに、突如目の前に青いウィンドウが表示された。
『先行体験サーバーにログインが可能になりました。エデンズ1st大型アップデート先行体験を開始しますか?〈制限時間20分〉』
「なるほど、今までの時間は待ち時間だったのか。じゃあ、早速先行体験するか」
俺は躊躇わずウィンドウに表示されたYESのボタンをクリックし、昨日ぶりにエデンズの世界へ飛び込んだ。
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視界が開けると、そこは波に揺られる大きな船の上だった。
周りを見渡すと、船の甲板には大勢のプレイヤーがひしめき合っていて、その中に、事前に聞いていた小林さんのプレイヤーネームを頭上に表示したプレイヤーを発見した。
「プレイヤーネーム『ナナ』……であってるよな?」
そのプレイヤーネームを掲げるアバターは現実世界の『物静かな小林菜々子』とはイメージが全く違い、一言で表すのなら『活発な犬耳少女』って感じだった。
「あっ、“翔太”くーん!!」
「あ、え、小林さん、何だかその…… 元気だね」
「そう? いつも通りだと思うけど?」
ハンドル握ると性格が変わる人っていうのは聞いたことがあるけど、ゲームをすると人格が変わるってのは、聞いたこともない。
けれど実際、声的にもこの子は小林さんで間違いないだろうし、そういうこともあるんだな。と、俺は小林さんの意外な一面に驚きつつも、同時にこれまでの小林さんの言動の伏線を思い出しハッとした。
そういえば、これまでも、ゲームのことについて話すときは気持ちテンションが高かったし、エデンズのこととなるとなおさらだった。
ゲームの話をするだけであんなに元気になるんだから、ゲームの中に入れば人格が変わったのかと思うくらいに元気になってもおかしいことはない……わけないんだけど、そこはもう、とりあえず納得しておくしかないだろう。
一方の小林さんは、そんな変貌っぷりに驚愕している俺のことは気にも留めていないようで、目をキラキラと輝かせながら、快活な様子で話を続けた。
「さっき帆の先っぽまで登って辺りを見回してみたんだけど、どうやらこの船はこの先の小さな島に向かっているみたい」
「島?」
エデンズほどのゲームの最初の大型アップデートで、追加されるのが島一つなんてことはないだろうし、あるとすれば群島・諸島が追加されるって感じだろうか?
「多分すぐに到着すると思う」
彼女がそう言った次の瞬間、船体がガクンと揺れ、着港した。
「ね? じゃあ、早くいこう!!」
すると彼女は俺の小さなアバターを抱え、超高速で船を飛び出した。
「は、はやっ!?」
「私のビルドは速度特化の軽戦士ビルド、主な攻撃手段は速度を生かした魔法射撃と、短射程高火力魔法の使い分け。職業名は上級魔法戦士!!」
光の羽を生やした小林さん——もとい“ナナ”さんはぐんぐんと速度を上げて空へと登ってゆく。
「こ、これは!?」
そこで俺とナナさんが目撃したのは、海のど真ん中にぽつんと浮かぶ島のほとんどを飲み込む、底の見えない大穴だった。
『〈先行〉迷宮“忘名の観測地”に到達しました』




