Ep6:レベリングPart1
瘴気の魔窟内部に潜入すると、そこは不穏な気配を孕む黒霧の満ちていた。
「ドワッ!?」
ツルツルとした鍾乳洞特有の茶色い石の上で足を滑らせこけそうになるが、なんとか体制を立て直す。
本当にこのゲームは聖域で遊ぶプレイヤーを楽しませる気があるのか? と、疑いたくなるような不親切なマップ設計に俺はシンプルにキレていた。
森といい、洞窟といい、このゲームの聖域というフィールドはプレイヤーにとことん不親切だ。
まず第一に足場が悪い。
見上げるほどに大きな瓦礫や、ぬかるんだ地面。傾斜に崖、川、大穴……
俺はこの『アナライズアイ』で暗闇や黒霧の影響を受けず地形を十分に把握できているが、このインプラントを持たないプレイヤーはつまり、通常の松明や光源魔法などを用いてこれを探索するわけで、正直「誰がこんなの正規の手段でクリアできるんだよ」と何度思ったかわからない。
それに、つい忘れそうになってしまうが、加えてここには『瘴気』がある。
ステータスに表示されているデバフの説明を見たときには、俺は運営の正気を疑った。
『瘴気』
対象者の得られる回復効果を大幅に低下させ、加えて特殊状態異常効果『瘴気侵食状態』を付与する。『瘴気侵食状態』は瘴気にさらされている状態が続くと20分ごとにそのレベルが1づつ上昇し、最大5まで上昇する。
瘴気侵食状態の効果は以下の通り。
・スタミナ減少(微・小・常・大・極)
・衰弱状態の付与(微小・軽度・中度・重度・呪い)
いや、これクリアさせる気あるの?
「これ、もしかして、まだ触れちゃいけない感じの要素の触れているからなのか?」
話によるとどうやらこの聖域というフィールドは強力な結界のよってとじられていて、俺以外は自由に出入りすることができないとかなんとか……
正直、ゲームを快適にプレイするためにも、聖域外でのプレイを強く望んでいるのだが、生憎今は外で星海とかいう怪人が俺のことを狙っているので、不用意に聖域外に出ることができないのはいただけない。
「そのためにも、レベル上げ頑張らないとな」
レベル1から今のレベル36までの身体能力の上がり幅を考えると、あの“殺人バウンド攻撃”を捌き切って、かつ十分なダメージを通すためにはレベルが70、少なく見積もってレベル60くらいは必要だ。
洞窟に入ってからこれまでの戦闘で“栄花刃術”なるスキルたちの効果もわかってきたことだし、これらのバリエーションはレベルアップに伴って増えてゆくことから、やはりレベルアップは大切だ。
「あ、早速きた」
黒霧の奥から這いずるような不気味な物音が聞こえてくる。
洞窟にポッカリ開いた不自然なほど滑らかな穴の奥からモンスターの名前は『イビルリザード』。
こいつの出現場所の近くにはゴツゴツとした瓦礫が多く、それらの瓦礫の中心に大体の場合巣がある。
狭く暗い洞窟の環境に合わせ進化・適応した結果、イビルワームには目がなく、四本の足はその巨体を支えられないほどに退化し、小さく細い。
その姿は、リザードと言うよりは“ワーム”に近く、言うなればヤモリから目と足を取り除いたような姿をしている。
目がないと言っても、今までの経験からこいつは音や振動、熱の変化に敏感で、動けば本当に目がないのかと疑うほど、こちらの動きを正確に認識し捕捉してくる厄介な敵だ。
「キキキキキキ」
イビルワームが独特な声をあげ、こちらを威嚇する。
どうやら既に俺の位置を特定しているようだ。
「やっぱり独り言はダメだな」
特定されているのなら、もう一度潜伏してからの不意打ちは恐らく不可能。
ならば、取るべき行動は一つ。
「キモトカゲ解体ショーの始まりだッ!!」
「ギギギギギギ!!!」
その言葉をきっかけとして、開戦の火蓋が切られ、早速イビルワームの攻撃が飛んでくる。
イビルリザードの攻撃手段は主に長い舌での薙ぎ払いか、舌に魔力を纏わせた刺突攻撃。
そしてこのモーションは十中八九薙ぎ払いだろう。
薙ぎ払い攻撃の対処手段はいくつかある。まず、大太刀『翠柳』の武器効果である“受け流し”。この択が今のところの一番の安パイであるが、武器を一つしか所持していない以上、武器の耐久値を多く削る受け流しは、あまり多用したくはない。
二つ目に『才能』による“反射術”。だが、この技はフレーム単位で攻撃を合わせなければ攻撃をモロにくらい死にかねないため、安定性に欠ける点からあまりいい択ではないだろう。
「栄花刃術『紫陽花』」
ここで俺が選んだのは三つ目の択である『スキル』の使用。
リキャストタイムという欠点はあるものの、安定して使える上に、使用の際に魔力やスタミナなどの消費がないことも長期戦の多い俺のプレイスタイルに向いている。
スキル『栄花刃術』は太刀や大太刀などの刀系統の武器を装備している場合に発動可能なスキルで、種類ごとに特定の動作に補正がかかるようになっている。
今発動した紫陽花は、敵が攻撃モーションを行なっている際に、刀を使っての防御動作に補正がかかると同時に、自身の周りに確定で攻撃の威力を半減するシールドを展開する。シールドは攻撃発動後も一定時間残り続け、一定量のダメージカット効果を発動するか、別の『栄花刃術』を発動すると解除される。
強力な効果ゆえに180秒とリキャストタイムは長いが、敵との距離が空いている際に、間合いを詰めるための防御手段として、非常に便利なスキルだ。
「風切走術」
イビルリザードの長い舌から放たれた薙ぎ払い攻撃を『紫陽花』補正が載った大太刀の一振りで相殺した俺は、スキル『風切走術』で鍾乳石と瓦礫の間を走り抜け、一気に距離を積める。
「『跳躍』+栄花刃術『鈴蘭』」
蜜雀蜂の戦いの際に使った『跳躍』を使用して飛び上がり、振り下ろし攻撃に攻撃力補正が入る栄花刃術『鈴蘭』を使い即席コンボ『隕石斬り』(命名は俺)を発動する。
このゲームで遊び始めて3日目、栄花刃術やらその他スキルを多用するようになってようやく気づいたことなのだが、このゲームはスキルや魔法を多数組み合わせてコンボや、我流の技などを作るのが非常に重要な要素であり、さまざまな組み合わせの中からその状況その状況に適した最適解を導き出すことによって初めて、このリアルな世界で常に変わり続ける状況に対処することが可能となるのだ。
え? これまでスキルすら使わずに武器を振り回してた馬鹿がいるんだって?
はい、それ俺です、チキショウ。
「はぁ、スキルがこんなに便利だってわかってたら星海とのPVPの時も一矢報いることができてたのかもなぁ…… まあ、それはそれとして、キモトカゲは黙って三枚おろしにされとけ!!」
隕石斬りによって首を切られたイビルリザードは、傷口から大量の流血エフェクトを噴き出しながら、耳障りな金切り声を上げる。
「ギィイイイイイ!!」
しばらくの絶叫の後、イビルリザードは力無く地面にその頭を横たえ絶命した。
倒れたイビルリザードの死体は完全に動かなくなってから、ポリゴンに分解されて霧散し、後にはイビルリザードのドロップアイテムが散乱した。
「ふぅ、最速処理完了! やっぱり、このゲーム首とか頭とか重要な部位を狙えば簡単に倒せるのはいいな」
流石は現実感重視のエデンズ、余念がない。
まあ、それは裏を返せば重要な部位が攻撃できないと、殴ったところで大したダメージが入らないことを意味しているのだが……
「もしドラゴンと出てきたらどうするんだろうか? やっぱりそんときはプレイや−百人とかでボコボコに……ってあれ?」
そこで俺は決定的な違和感を覚える。
だが、その違和感を俺は決して口に出さない。なぜなら悲しくなってしまうから。
これMMOだよな?
そんなこと、口が裂けても言えない俺は、なおも一人で孤独にレベリングを続けるのだ。




