第四話 仮初めの和解
「では、現状を整理しましょう」
カルデラが酒場の木製テーブルを軽く叩いた。
乾いた音が店内に響いた瞬間、先ほどまでわずかに残っていたざわめきが、嘘のように消え去る。
店内にいる全員の視線が、自然とこちらの席に集まっていた。
……ついさっきザナと状況を整理したばかりなのに、また最初からか。
「兵士たちの突然の出現、不自然な行動。各地に残された戦闘の痕跡。さらに、反王朝勢力の最近の活発な動き――」
カルデラはそこで言葉を区切り、ザナへと視線を向ける。
「だが、先ほどの状況を見る限り、これらが君たちの意図的な行動とは思えない」
「私も火の魔法で確認したわ」
タワナが静かに言葉を継ぐ。
「兵士たちは、火に焼かれると……さっきのように、二度と立ち上がらなくなる」
「……火で止まる、か。やはりな」
ルダクが低く呟いた。
「ルダク殿。先ほどの戦闘で、何か気づいたことは?」
名を呼ばれ、ルダクは一瞬ためらったあと、意を決したように口を開いた。
「戦いの最中……俺は、すでに死んだはずの戦友を見た」
酒場の空気が、一段重くなる。
「王国軍に入ったばかりの頃、同じ期の予備兵だった。訓練所ではずっと一緒だったが……戦争が始まった時、すでに戦死していたはずの男だ」
彼は拳を握りしめ、わずかに声を震わせる。
「だが、あの時はあまりに切迫していて……自分が本当に、彼を斬ったのかどうかも、はっきりしない」
死者の再起動。
操り人形のような挙動。
火で焼かれて、ようやく停止する。
――なるほどな。
「つまり、何者かが裏で、すでに死んだ兵士たちを操っている」
「確証はないが、その可能性が最も高い」
第三勢力。
しかも、かなり厄介な相手だ。
気のせいかもしれないが、あの人形兵たちの動きには、俺とヒカリを狙っているような違和感があった。
「証拠がないのは確かに問題だな」
俺は小さく息を吐く。
「だが、相手がすでに動き始めているのは間違いない」
短い沈黙のあと、ザナが口を開いた。
「数年前……姉妹の関係が、今ほどこじれていなかった頃。王室はとても安定していました」
その声は、先ほどよりも静かだった。
「ですが、ある日……姉を暗殺しようとする動きが発覚しました。情報はすぐに広まり、王宮は長い間、厳戒態勢に置かれました」
「その件は……まだ解決していないの?」
ヒカリが恐る恐る問いかける。
「いいえ。暗殺事件そのものは、すぐに終わりました。計画に関わった者たちは、早々に捕らえられています」
ザナは一拍置いて続けた。
「真の黒幕までは辿り着けませんでしたが……それ以降、表立った事件は起きていません」
小さく、付け加える。
「……少なくとも、表向きは」
だが、一つだけ。
誰も口にしない疑問が残っていた。
「事件が解決したなら、王国は元に戻るはずだ」
俺は二人を見る。
「それなのに、なぜ王朝派と反王朝派に分裂した?」
空気が凍りついた。
タワナは俺と視線を合わせ、硬い表情のまま口を閉ざす。
ザナは俯いたまま、しばらく沈黙していた。
やがて、深く息を吸い込む。
「……姉は、暗殺計画に関わった者たちを、全員斬首しました」
その声は静かだったが、はっきりと響いた。
「私は、姉が決断力のある人だと分かっています。でも……あのやり方だけは、どうしても受け入れられなかった」
ザナは顔を上げ、タワナを真っ直ぐに見据える。
「だから、反王朝を立ち上げたのです。王位を奪うためではありません。姉が、同じことを繰り返さないようにするために」
酒場の外から、抑えきれないざわめきが聞こえてきた。
話を聞いていた者たちだろう。
「甘いな」
タワナが机を叩き、低く言い放つ。
「見逃せば、あいつらがまた刃を向けない保証があるのか? どれだけの無辜の民が犠牲になると思っている?」
「でも、それじゃ――」
「もういい」
カルデラが低い声で遮った。
「タワナ様。本日の目的は、過去を蒸し返すことではありません」
彼は周囲を見渡す。
「人形兵の事件は、すでに複数の地域で発生している。ここ、竜の村も例外ではない。これは王朝と反王朝の対立ではなく、第三者による混乱の拡大だ」
「だからこそ、今は協力してほしい」
ザナは言葉を失い、唇を噛んだ。
「……分かりました」
やがて、静かに頷く。
「協力します。ただし条件があります。事件解決後、反王朝勢力に対する粛清は行わないこと」
「その条件、受け入れよう」
カルデラは即答した。
短い沈黙の後、合意は成立した。
和解ではない。
ただの、暫定的な停戦だ。
「それと、もう一つ」
ザナが続ける。
「調査は、私たちが把握している地域で行いたい。それから……」
彼女は、こちらに視線を向けた。
「この二人の異邦人も、行動を共にさせてください」
「それは認められない」
タワナが即座に反対する。
「こちらも人手が足りません。彼らの協力が必要です」
タワナは一歩も引かなかった。
「その条件、受け入れていただけますか?」
王国軍に協力すれば、思わぬ情報が手に入るかもしれない。
それに、俺とヒカリは、王国と敵対しているわけでもない。
「こちらは問題ない」
俺がそう告げると、カルデラは頷いた。
「では、決まりだ」
彼はザナを見て言う。
「異論はないな?」
「本人たちが了承している以上、断る理由はありませんね」
ザナは小さく肩を落とした。
「では、異邦人のお二人は、しばらく私たちと行動してもらいます」
話がまとまると、カルデラとタワナは酒場を後にし、王宮へと戻っていった。
「……先ほどは、感情的になってしまってごめんなさい」
二人の姿が完全に消えたあと、ザナが頭を下げる。
「今は、内輪揉めをしている場合ではありません。この国そのものの問題を、先に解決しなければ」
そう言って、彼女は酒場の入口へ向かった。
「こちらで何か分かれば、すぐに連絡します。あなたたちは、ひとまず王宮へ」
その背中を見送りながら、俺は思う。
この国の争いが終わるまで――
まだ、相当な時間がかかりそうだ。




