第8話:不器用な、最高の答え
花咲さんが涙ながらに告げた本音。そして、僕がそれに応えたあの日以来、僕たちの関係は大きく変わった。朝のホームルーム前、隣の席に座る花咲さんは、もう僕をからかうような「告白」はしなかった。代わりに、僕の目をまっすぐ見て、小さく、けれど確かな笑顔を向けてくれるようになった。
僕の心臓は、その笑顔を見るたびに、まだ少しだけ高鳴る。それは、からかいへの戸惑いではなく、本気の恋が始まったことへの、心地よい緊張だった。
週末。僕たちは、約束していた校外学習の班決めのプリントを眺めていた。結局、僕と花咲さんは同じ班にはなれなかったけれど、お互いの班員を確認し合う。
「ねぇ、悠太くん。もし、同じ班だったら、どんな作戦を立てた?」
花咲さんが、いたずらっぽく僕に尋ねた。
「んー、そうだな。花咲さんが頭脳で、俺が体力担当、とか?」
僕が冗談めかしてそう言うと、花咲さんは楽しそうに笑った。
「ふふ、悪くないね。でも、結局、悠太くんのこと、私が全部お世話してあげちゃうんだろうな」
その言葉は、もう「からかい」ではなかった。そこには、僕を大切に想ってくれる、彼女の優しい気持ちが込められていた。
「そんなことない。今度は、俺が花咲さんを助ける番だから」
僕がそう言うと、花咲さんは少しだけ驚いたように目を見開いた。そして、嬉しそうに、フワッと微笑んだ。
放課後、僕たちはいつものように一緒に帰っていた。夕日が差し込む通学路を、並んで歩く。会話は以前より増えたけれど、沈黙が訪れても、もう気まずくはなかった。
「ねぇ、悠太くん」
花咲さんが、ふと立ち止まった。僕もつられて足を止める。
「私ね、本当に嬉しかったんだ。悠太くんが、私の気持ちに気づいてくれて、そして、応えてくれたこと」
彼女の瞳は、夕日の光を反射してキラキラと輝いている。
「私、ずっと怖かったの。このまま、からかいの告白を続けてたら、いつか本当に悠太くんに嫌われちゃうんじゃないかって。でも、本心をさらけ出すのも怖くて……」
花咲さんの声は、少しだけ震えていた。彼女が、どれほどの勇気を出して、あの時、僕に本音を話してくれたのか。僕は、改めてそのことに気づき、胸が締め付けられた。
「だから……ありがとう。私の、不器用な恋に、気づいてくれて」
そう言って、花咲さんは僕に、最高の笑顔を向けてくれた。僕の心臓が、大きく、そして温かく鼓動する。
僕は、彼女の不器用な優しさと勇気に、心から感動した。そして、僕自身の鈍感さと、それを受け止めてくれた彼女に、感謝の気持ちが溢れた。
僕は、大きく息を吸い込んだ。今度は、僕の番だ。
「花咲さん」
僕がそう呼ぶと、彼女は少しだけ首を傾げた。
「俺さ、本当に鈍感で、君をいっぱい困らせて、たくさん遠回りさせちゃったけど……」
花咲さんは、何も言わずに、ただ僕の言葉を待っている。
「これからは、俺が、君の隣で、ずっと本当の『好き』を伝え続けるから。毎日、毎日、君が嫌になるくらい、伝えるから」
僕の告白は、決して流暢ではなかった。飾り気もない、不器用な言葉だった。だけど、それが僕なりの、花咲さんへの最高の答えだった。
花咲さんは、一瞬だけ目を見開いた後、ハフっと小さく噴き出した。そして、こらえきれないといったように、顔を両手で覆って笑い始めた。
「ぷっ、あはははは! なにそれ、悠太くんらしい!」
彼女の笑い声が、夕焼けの空に響き渡る。僕は、少しだけ恥ずかしくなったが、彼女が心から笑っていることに、安堵した。
やがて、笑いがおさまると、花咲さんは顔から手を外し、真っ赤になった顔で僕を見上げた。
「うん……私、悠太くんのそういう不器用なところも、全部好きだよ」
彼女は、そう言って、僕の手をそっと握った。その手は、温かくて、柔らかかった。
「じゃあ、これからも、毎日『好き』って言ってくれるの?」
花咲さんが、いたずらっぽく僕に尋ねた。
「ああ、もちろん。もう、からかいじゃない、本気の『好き』をな」
僕がそう言うと、花咲さんは満面の笑顔で、僕の腕にそっと体を寄せた。
「ん。期待してる。だって、私の彼氏なんだもんね」
その言葉に、僕の顔はきっと真っ赤になっただろう。
これは、本気の恋をからかいで隠す天才女子と、超鈍感な男子の、ちょっと不器用で、ちょっと甘い物語の、最高の結末だった。
だけど、きっと、僕たちの「好き」の物語は、ここからまた、新しく始まっていくのだろう。毎日、毎日、伝え続ける「好き」という言葉と共に。
この物語を最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
『彼女は今日も告白してくる(けど本気じゃないらしい)』は、「不器用な優しさ」と「鈍感さ」が織りなす、甘くもどかしい恋の物語として書き上げました。
学年トップの優等生でありながら、本気の気持ちを「からかい」という形でしか表現できなかった花咲美桜。そして、その裏に隠された真意に、なかなか気づくことができなかった相川悠太。二人のすれ違いと、少しずつ心が近づいていく過程を描く中で、私自身も彼らの成長を見守るような気持ちで執筆を進めました。
美桜が「嘘みたいな告白」を繰り返したのは、傷つくことへの恐れや、完璧であろうとする彼女なりの葛藤の現れでした。一方、悠太の鈍感さは、時に彼女を悩ませましたが、最終的には彼女の隠された本音を引き出すきっかけにもなりました。この物語を通して、言葉の裏にある本当の気持ちに気づくことの大切さ、そして**「不器用さ」もまた、一つの愛情表現の形である**ことを感じていただけたなら幸いです。
最終話で、悠太が美桜に伝えた「毎日、毎日、君が嫌になるくらい、伝えるから」という言葉は、彼なりの精一杯の愛情表現であり、二人の関係が新たなフェーズに進んだことを示しています。これからは、彼らがどんな「本当の『好き』」を育んでいくのか、読者の皆様の心の中で、その続きの物語を想像していただけると嬉しいです。
この作品が、皆様の日常に小さな温かさや、ときめきを届けられたのなら、筆者としてこれ以上の喜びはありません。