第7話:鈍感男子の覚醒、そして決意
花咲さんの震える声で告げられた「好き」という本音は、僕の心に深く突き刺さった。僕が今まで「からかい」だと思っていた告白の裏には、彼女の臆病さと、僕への真剣な想いが隠されていたのだ。僕は、自分の鈍感さに、情けなさと同時に、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「花咲さん……俺、本当に、鈍感でごめん」
僕がそう言うと、花咲さんは潤んだ目で僕を見つめ返した。
「ううん……私が、素直になれなかっただけだから。嫌われるのが怖くて、つい、ふざけたフリをしてしまって」
彼女の声はまだ震えていたけれど、その表情は、どこか解放されたように見えた。僕が、彼女の「嘘みたいな告白」の裏側にある本当の気持ちに気づいてくれたことへの安堵が、その表情に現れていた。
僕は、花咲さんの手を握り直した。冷たかった彼女の手が、少しずつ温かくなっていくのを感じる。
「あのさ、花咲さん。俺、今まで、君の告白をずっと冗談だと思ってた。でも、今、君がこうして本当の気持ちを話してくれて……全部、繋がったんだ」
僕は、これまであった出来事を思い出した。体育の授業での優しい言葉。数学の解き方を教えてくれた時の真剣な横顔。そして、進路の悩みを打ち明けてくれた時の、弱々しいけれど、僕にだけ見せてくれた素顔。
「君の優しさも、真剣なところも、そして、少し不器用なところも……全部、君が俺を本当に想ってくれていた証拠だったんだな」
僕の言葉に、花咲さんはまた、瞳を潤ませた。
「あの時、『好きだよ』って言われても、君はいつも『またからかってる』って笑うだけで。だから、本当に私のこと、なんとも思ってないのかなって……。諦めようって思ったことも、何度もあるんだよ」
花咲さんの言葉に、僕の胸は締め付けられた。彼女は、僕の鈍感さに、どれほど傷つき、諦めそうになっていたのだろう。僕のせいで、彼女にそんな辛い思いをさせていたなんて。
「ごめん……本当に、ごめん」
僕は、心から謝罪の言葉を口にした。
「ううん。でも、こうして、やっと話せてよかった」
花咲さんは、そう言って、僕に優しい笑顔を向けた。その笑顔は、これまでの彼女のどんな笑顔よりも、僕の心を温かく包み込んだ。
僕の鈍感な心の中で押された本気のスイッチは、もう戻ることはない。僕の心は、完全に花咲さんに向かっていた。
「花咲さん」
僕は、彼女の手を強く握り、まっすぐに目を見て言った。
「俺は、君のことが、好きだ」
その言葉は、飾り気のない、僕自身の素直な気持ちだった。花咲さんの瞳が、大きく見開かれる。驚きと、そして、かすかな喜びの色が、彼女の顔に浮かんだ。
「俺は、君が俺のことを本当に好きだと思ってくれるなら、俺も、君のその気持ちに、応えたい」
僕の告白は、今まで僕が聞いてきた彼女の「告白」とは、全く違う重みを持っていた。それは、僕自身の、これまでの鈍感さへの決着であり、花咲さんの本気の恋への、僕なりの答えだった。
花咲さんは、何も言わずに、ただ涙を流していた。そして、ゆっくりと、頷いた。
僕たちは、図書室の片隅で、しばらくの間、何も言わずに手を握り合っていた。流れる時間は穏やかで、しかし、僕たちの心の中では、これまでになかった温かい感情が満ち溢れていた。
放課後、図書室を出て、校舎の廊下を並んで歩く。
「ねぇ、悠太くん」
花咲さんが、少しだけ僕に顔を向けた。その瞳は、まだ少し赤かったけれど、そこには、確かな輝きが宿っていた。
「私の告白、やっと本気だって気づいてくれたんだね。本当に、時間かかったんだから」
彼女は、そう言って、フフッと笑った。いつもの、いたずらっぽい笑顔。
「うるさいな。でも、まさか君が、そんなに遠回りな告白をしてたとはな」
僕も、苦笑いしながらそう返した。
「だって、天才だからね。本気の恋も、からかいで隠せるくらいには」
花咲さんは、得意げに胸を張る。その表情は、もう何の偽りもない、彼女自身の素直な笑顔だった。
僕たちは、昇降口を出て、夕日に染まる校庭を横切った。
今日の空は、いつもの空よりも、ずっと鮮やかに見えた。
これは、本気の恋をからかいで隠す天才女子と、超鈍感な男子の、ちょっと不器用で、でも最高に甘い物語の、新しい始まりだった。