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第1話 「今日も朝から好きって言われた」

「好きだよ、君のこと」


僕の人生で、まさかこんなセリフを、しかも入学式の日に聞くことになるとは思わなかった。


告げてきたのは、僕の目の前に立つ、制服姿の少女。光を反射してきらめく長い黒髪に、透き通るような白い肌。そして、何よりも目を引く、意志の強さを感じる大きな瞳。


花咲はなさき 美桜みお


この春、鳴り物入りで入学してきた学年トップの優等生。入学式での新入生代表挨拶も、淀みない言葉遣いと、凛とした佇まいで全生徒の度肝を抜いた、まさに「完璧」という言葉が似合う存在。そんな彼女が、なぜか僕の目の前で、そんな殺し文句を口にしたのだ。


僕は、ポカンと口を開けたまま、言葉を失っていた。周りの生徒たちも、ざわめきながら僕たちを見ている。


「えっと……花咲さん?」


僕がやっと絞り出した声に、花咲さんはニッコリと、まるで花が咲くように笑った。


「ん? 何? 告白されちゃって、僕のこと好きになっちゃった?」


そう言って、彼女は僕の顔を覗き込んできた。その距離は、鼻先が触れそうなほど近い。ふわりと、彼女の甘い香りが僕の鼻腔をくすぐる。


「いやいや、僕が言われたんだから!」


僕は慌てて一歩後ずさった。花咲さんは、僕の反応を見て、楽しそうにクスクスと笑う。


「冗談だよ、冗談。でもさ、入学式ってそういうの、よくあるって言うじゃん? 一度は言ってみたかったんだよね、『好きだよ、君のこと』って。誰に言おうかなーって考えて、ちょうどそこに君がいたから、ね」


彼女はそう言って、僕の肩をポンと叩いた。その言葉を聞いて、僕の体から一気に力が抜けた。やっぱり、そうだよな。花咲さんが僕なんかに、本気で告白するわけがない。


僕は、心のどこかで期待してしまった自分を恥じた。そして同時に、少しだけ、安堵した。完璧すぎる彼女の告白なんて、僕には到底受け止めきれない。


「そういうことかよ……てっきり、本気かと」


僕は苦笑いしながらそう言うと、花咲さんはまた、いたずらっぽく笑った。


「ふふ、本気にしちゃった? ごめんね、勘違いさせちゃって。じゃ、私、友達と合流するから。またね、鈍感くん」


そう言って、花咲さんはひらひらと手を振って去っていった。残された僕は、その場に立ち尽くしていた。


鈍感くん、か。別に間違ってはいないけれど。


周りの生徒たちの視線を感じながら、僕は深くため息をついた。学年トップの優等生から、まさか入学式早々からかわれてしまうなんて。僕の高校生活は、波乱の幕開けとなったようだ。


翌日、ホームルームが始まる前の教室。


僕は自分の席で、教科書を広げていた。すると、僕の隣の席に座る花咲さんが、こちらを向いてニスクスと笑い始めた。


「ねぇ、今日も好きだよ。昨日より3%増しで」


突然の言葉に、僕は思わず振り向いた。


「は? 何言ってんだよ、花咲さん」


「えー、ちゃんと聞いてよ。昨日はただの初告白練習だったけど、今日はもう実戦だよ? 朝から君のこと見てたら、また好きになっちゃったんだもん」


花咲さんは、目を細めて僕を見つめてくる。その瞳は、まるで僕の心の奥底を見透かすかのように、いたずらっぽい光を宿していた。


「またまた。からかうのはやめてくれよ」


僕はうんざりしながらそう言うと、花咲さんは少し不満そうに口を尖らせた。


「えー、なんで信じてくれないの? 私、本気だよ?」


「本気の告白を、毎日するやつがいるかよ」


「いるでしょ、ここに。ほら、私」


彼女は、自分の胸をポンと叩いた。その仕草は、あまりにも堂々としていて、一瞬、本当に本気なのかと錯覚しそうになる。


「ねぇ、付き合うならどこで初デートする? やっぱり、水族館かな? それとも遊園地?」


花咲さんの質問攻めに、僕は思わず頭を抱えた。この人は、本当に僕をからかうのが好きなようだ。


「いい加減にしてくれ。からかってるだけだろ」


僕がそう言うと、花咲さんはフンと鼻を鳴らした。


「別にいいけど。いつか、私の告白が本気だって気づいた時、後悔しても知らないんだからね、鈍感くん」


そう言って、花咲さんはまた楽しそうに笑った。その笑顔の裏に、本当の気持ちがあるなんて——そのときの僕は、少しも気づいてなかった。


これは、本気の恋をからかいで隠す天才女子と、超鈍感な男子の、ちょっと不器用で、ちょっと甘い物語の始まりだった。

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