プロローグ
続きを書きたくなったので、連載に変更しました。
「新海くん、好きだよ。おはようの代わりに」
始業前の教室で、そんなセリフをさらっと言える女子がいる。
うちのクラスの花咲美桜。
成績は学年トップ、顔面偏差値は雑誌レベル。
誰にでも優しく、たいていの男子は彼女を好きになるのが当然だと思っている。
――でも。
「……おはよう、花咲さん」
彼女の「好き」という言葉に、俺はいつも通りの返事をする。
「えー、それだけ? 好きって言われたんだよ?」
「また始まったよ。冗談だろ、どうせ」
「うん、8割はね。でも残りの2割は……ヒミツ♪」
にこっと笑って席に戻る彼女。
これで3日連続の“朝の好き宣言”。たぶんもう10回は超えている。
俺は新海蓮、高校1年。
特にモテるわけでもなく、目立ちたくもない。平穏に過ごしたいだけだ。
なのに、なぜか毎朝あの人が、俺の静かな日常を揺さぶりにくる。
授業中も隣の席の彼女は、ちらちらと視線を送ってくる。
数学の小テスト中でさえ、何か言いたげな目をして。
「……新海くん、今日の好きレベルは何点だった?」
テスト返却後にこっそり聞かれた。
「は? そんなものに点数つけるの?」
「うん、昨日は72点くらいの“好き”。今日は85点かな〜って。だって返事してくれたし」
「返事は“おはよう”だろ」
「でも心がこもってたよ。少しだけ」
「それは俺の“おはよう”の才能を褒めてるの?」
「うん。新海くん、たまにツッコミのキレがいいよね」
「褒められてるのかバカにされてるのか、わからん……」
「好きだよ、そういうところも」
——はい、また来た。
彼女の“好き”は、季節の挨拶みたいなものだ。
桜が咲いたら「きれいだね」、テストが返ってきたら「やばいね」、
朝が来たら「好きだよ」。
冗談だとわかっている。からかわれているのも。
でも、毎日続くと、少しだけ……少しだけ意識してしまう。
放課後、教室に残っていたのは俺と花咲さんだけだった。
「ねぇ、新海くんってさ、本当に誰とも付き合ったことないの?」
「急に何?」
「いや、ちょっと気になっただけ。……もしかして、奥手?」
「うるさいな」
「そっか、そっか〜〜なるほどね……! じゃあ私が初恋になっちゃうかもしれないじゃん?」
「だからそういう冗談を毎日言うなって」
「冗談、かぁ」
一瞬、彼女の笑顔がふっと薄れて、窓の外を見た。
夕陽が差し込む教室。
花咲美桜の横顔が、なぜかすごく遠くに感じた。
「ねぇ、新海くん」
「ん?」
「明日も、好きって言っていい?」
「……お、お好きにどうぞ」
「うん、じゃあまた明日ね」
彼女はそう言って、鞄を肩にかけて教室を出ていった。
俺はその背中を、少しだけ長く見つめていた。
“また冗談なんだろうな”と思いながら、
“もしかしたら本気かもしれない”と、少しだけ期待していた。