旅立ち
みなさん、お疲れ様です。たいくつです。
今回でひとまず第一章の幕を閉じようと思います。
最後ということで区切りがつかず、いつもよりも長めに書いてしまいましたが、是非最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
さらに数日後。
あの日を境に俺はレナさんから出される課題をこなす日々を送っていた。
「どうしました? まだ今日の課題の半分も満たしていないのにもうバテたのですか?」
「う、う……」
にこやかに笑いながらうめき声をあげている俺を眺めるレナさん。今日も今日とて手加減など知らない容赦の無い訓練に俺は早くもダウンしていた。
「ですが、この魔法なんか感覚が未だに掴めないし、魔力もめちゃくちゃ消費されてる気がするし、今の俺じゃあとても……」
「あら? シンリさんが弱音を吐くなんて珍しいですね。……うーん、もしかしたらシンリさんの苦手分野なのかもですね」
今日の課題は、中級魔法の『フェルム』で枯れた苗木を健康な状態に戻すというものだ。『フェルム』は回復魔法の中では初級扱いなのだが、回復魔法自体が他の攻撃魔法などに比べると難易度が高いため全魔法の中では中級魔法として扱われるらしい。
一応一昨日攻撃魔法の基礎はあらかたマスターしたので次のステップとして今日から回復魔法の訓練をすることになったのだが、どうやら俺にはその素質があまりないようで。
「基本実戦では複数人で行動することが多いだろうからパーティの中に回復魔法が使える人がいるならシンリさん自身が使えなくても何も問題ないんですけど」
「えと、でもやっぱり簡単な回復魔法ぐらいは使えるようになっておいた方がいいと思います。もしケガした時に周りに誰もいなかったら手当てができないし、最悪命に関わることになることだってありますから」
「……それもそう、か」
今のところ、世界を救うという目的はあれど具体的にどうするかも決まってないわけで、その過程で複数人で行動していくのか、それとも一人で行動していくのかもわからない。つまり、一人でいる場合は自分が負傷した時は自分で治療しないといけないという事だ。……どうやら、こっちの世界でも苦手なものから逃げてはいけないようだ。
結局、その日は課題をクリアすることができずまた尻を赤くするのだった。
―1週間後―
ようやく苗木を本来の姿に戻すことに成功した……が、これでやっと回復魔法初級をクリアなんだよな……。先が思いやられる。
「うん、なんとかフェルムもマスターできたみたいね。これで魔法に関する基礎的なことは全てマスターしたわ」
「ほ、ほんとですか!?……あー、やっと終わった」
こっちの世界に来てまだ一月も経っていないはずだが、一日一日が濃厚で感覚的にはもう何ヶ月も前からこっちの世界にいると錯覚するほどだ。特に人は苦手なことをしてる時は好きなことをしてる時に比べて時間の流れが遅く感じるって言うしその影響もあるのかもしれない。
ちなみに剣術の方は習い出して1週間もしないでマスターしている。だが、あくまでリーフの監督の下での話であるためアジスさんが戻ってきたらもっといろんな技を学ぶ必要があるだろう。
その夜、疲れ果てた俺はいつもより2時間ほど早めに就寝した。
〜〜〜
「あ、お父さんおかえりー!」
「おう、ただいま心璃」
「おかえりなさい、あなた。ちょうど晩ご飯の用意ができたけど、どうする?先にお風呂入る?」
「いや、二人を待たせるのは悪いし先にご飯にしよう。それに父さんももうお腹ペコペコだしな」
「ぼくももうお腹ペコペコ〜」
「ふふ、そうね。それじゃみんなでいただきますしよっか!」
「うん!」
「それじゃ、、」
「「「いただきます!」」」
〜〜〜
「……」
翌朝、日頃の訓練の疲れによるものか、それとも『あの夢』による影響なのかはわからないがいつもよりも重く感じる上体を俺はなんとか起こす。
「……ふー。よし、起きよう」
自分の中の『もの」を治めるように俺はゆっくりと息を吐く。
「―っでね、シンリさんはあっという間に剣術をマスターしちゃったんだよ!」
「ん?」
部屋を出て皆のところへ向かっているとなにやら自分のことについて話している声が聞こえてきた。おそらく声の主はリーフだろうが今日はやけに興奮気味というか朝なのにやたらテンションが高いように感じる。その理由はすぐにわかった。
「あ、おはようございますシンリさん!」
「うん、おはよう…って」
「おはようございます、シンリさん」
「アジスさん、帰ってたんですか?」
「ええ、1時間ほど前に帰ってきたばかりです」
そう。リーフの話している相手は仕事で王都に行っているはずの父アジスだった。なるほど、どおりで興奮気味なわけだ。
「え、でもリーフの話では早くても2週間後にしか帰らないって…俺の記憶ではまだ2週間は経っていないような気がするんですが」
「はい、シンリさんの記憶は間違いではありませんよ。私が普段よりも少し早く帰ってきただけですから」
「そうよー。私たちも気になって理由を聞いたんだけどこの人、シンリさんが起きてから話すって聞かなかくて」
「俺、ですか?」
「はい、なんせ私が早めに帰ってきた理由とシンリさんが関係しているので直接お話するべきかと思いまして」
帰ってくるなり早々俺に話っていったいなんだろう。
やはり、ずっとここに居られるのが迷惑で俺を追い出すためにわざわざ早めに帰ってきたとか? アジスさんはそんなことする人には見えないが、でも迷惑かけているのは事実だし、そうなってもなにも文句は言えないな。
「単刀直入に聴きます。シンリさん、王都にあるレジリエントに来ませんか?」
「レジリエント?」
あまりにも突拍子な質問に俺は首を傾げる。
「あ、そうか。まだその説明をしていなかったですね。レジリエントというのはこの国グラシーズ王国の王都、メイルヘムに併設されている学校の名称です」
「学校……」
「シンリさんは学校に通われた経験はおありで?」
「あ、はい。7歳から18歳の年までほぼ毎日通っていましたよ」
「そんなに長い間通われていたのですか!?」
「はい、俺が元いた世界ではそれが当たり前だったので。人によっては更に数年通う人もいましたけど」
「なるほど、そういうことでしたら学校生活にも慣れていると認識してもよろしいのでしょうか?」
「まあ、それなりには」
話の流れからしてアジスさんの話というのはおそらく……。
「アジスさんの話というのはそのレジリエントに私を入学させるということでしょうか?」
俺が尋ねるとアジスさんは穏やかな笑みを浮かべながら顔を縦に振る。
「ええ、その通りです。強制はしませんが、私としてはこの申し出をお受けしていただけると嬉しいのですが…」
アジスさんにはお世話になっているし、少しでも恩を返すためにも申し出を受けようと思うが、いくつか確認したいことがあるためその後に決断するのがいいだろう。
「返答の前にいくつか質問してもいいですか?」
「はい、なんなりと」
「では、まず最初に何故俺をいきなりレジリエントに入学させようと思ったのですか?」
「実は、来年度の新入生の推薦枠に一つだけ空きができてしまいその枠をどう埋めるか、という話になりまして。学校側としては毎年きっちり人数を合わせて新年度を迎えていることからできる限り今年も人数を合わせたいようなんです。そこで、教師陣で話し合った結果、教師自ら候補者を一人ずつ選抜し、集まった候補生全員で特別試験を受けてもらい最も成績の良かった者を最後の推薦枠の生徒として推薦しよう、ということになりまして」
要約すると、本来推薦されるはずの生徒がなんらかの事情で推薦を取り消され、その代わりを探すために教師自ら見合った人材を探している、と言ったところだろう。
「そこで私が選んだ候補生が、シンリさんあなたです」
アジスさんは自信と信頼に満ちた眼差しを俺に向けて言う。
「いや、待ってください。俺はまだ皆さんと知り合ったばかりですよ?数日一緒に過ごしたからといってそんな得体の知れない者を候補生にするのはどうかと思うのですが」
「その点は何も心配していませんよ。たしかに私達はまだ知り合って間もない間柄です。しかし、シンリさんと出会い、一緒にご飯を食べたり、話しをしたり、手合わせをしたり…。それらの時間を通して私は貴方のことを全てではありませんが理解できたと思っています。そして、その上で貴方は信頼するに値する人物であると判断しました。だから私はあなたを候補生として推薦しようと決めたのです」
アジスさんの言葉は、俺に対する信頼であふれていた。まだ出会って間もない人間をここまで信頼できる人はそうそういない。現に俺がアジスさんの立場ならそう簡単には信頼できそうにない。……不思議な人だ、そう俺は心の中でつぶやいた。
「……わかりました。そこまで言っていただけるのなら私としてはその申し出をお断りする理由はありません」
「そうですか、良かった!」
「ただ気になることがまだあるのですが…」
「この際です、遠慮なさらずにどうぞ」
まさか最初の質問の答えであっさり入学することが決まってしまうとは思いもしなかったが、せっかくなので残りの質問も済ませておくことにした。
「俺を信頼してくれていることはわかりましたが、それだけでは候補生に選抜された理由としては少し弱いような気がして。俺の他にもリーフやセナもいますし、その中でもなんで俺を選んだのかなと思いまして」
「その理由は単純な話です。リーフとセナの二人はまだレジリエントでやっていけるだけの能力が足りておらず推薦するに相応しくないからです」
「能力が足りていない?」
「はい。二人とも剣術や魔術、それぞれの得意分野に精通していますが、一人で生活できるだけの能力、すなわち自立性が育ちきっていないのです」
「えー!? そんなことないよ! ぼくもう一人で起きられるし、おねしょもしてないよ!?」
「私も毎日お母さんのお手伝いしてるし、魔術の勉強だって頑張ってるよ?」
そばで聞いていた二人がアジスさんに自分の頑張りをアピールする。俺から見ても二人は毎日がんばっているし、アジスさんが言うような自立性が著しく欠けているようには見えない。
「うん、二人が頑張ってるのは父さんも母さんも知ってるよ。でも、それでもまだ二人には足りないものばかりだと思うんだ。だから仮に今の状態で入学したとしても周りについていけず、自信を失くしたり、心に傷を負ったりする可能性が高い。実際、毎年レジリエントの生徒の4分の1は退学してしまうのが通例らしい。だからこそ、推薦枠は名のある人物が行う必要があるんだ。今回は緊急のことだったため私達教師陣が選抜することになったが、普通なら貴族の家の者が推薦を寄こすことがほとんどらしい」
「なるほど、二人が選ばれず俺が選ばれたのは納得しました。俺は二人とは違い、学校生活を経験済みかつ自分でお金を稼ぐだけの自立性はありますからね」
「そういうことです。他にご質問は?」
「では最後に一つだけ。レジリエントでは様々なことが学べるんですよね? 例えば、この世界の戦いの歴史、とか」
「……はい。基本的な戦い方から応用を効かせた巧妙な戦い方、そして戦いの知識意外のこともたくさん学ぶことができると思いますよ。レジリエントの設備には王国有数の貴重な書物を保管する図書館や大抵の魔法に耐性のある魔法研究室、さらには王都全体の約6分の1を占めるコロシアムまでもレジリエントの設備とされています。そのコロシアムは普段の訓練で仕様することも可能ですが、年に数回大規模な大会が開かれるそうですよ」
「すごいですね。そんなものまであるだなんて」
コロシアム、か。なんかいかにも異世界って感じのものが出てきたな。大会というのはおそらく格闘技や剣術などをはじめとした主に武術に関する大会だろう。だってコロシアムだし、俺の世界みたいなスポーツや芸術を競う大会とは大きく違うはずだ。
「勿論、設備だけでなく在籍している人物も大物ばかりですのでここでしか学ぶことができないことも多いでしょう」
「わかりました。それだけ聞ければ充分です、ありがとうございます」
俺がこの世界に来た目的、すなわち世界を救うために必要な知識や技術、情報を手に入れられるのならむしろ俺としてもレジリエントに入学できるのは好都合だ。この世界のことを俺はもっと深く知る必要がある。もし、俺のせいで世界を救えず人々が苦しむことになったら寝覚めが悪いどころかとてつもない罪悪感と自分に対する不甲斐無さで俺自身が壊れてしまいそうだから。
――翌朝――
いつもより少し早めに起きた俺は荷造りをしていた。と言っても、自分の持ち物はほとんどないからレナさんが用意してくれたものをアジスさんからもらったリュックに詰めているだけだ。
コンコン
「はーい」
「シンリさん、準備はできましたか?」
「うん、もうそろそろ終わる」
ノックをしたのはセナだった。おそらく俺の様子を見てくるようアジスさんかレナさんに言われたのだろう。
「そうですか。お父さんはもう既に準備が整っているのでいつでも大丈夫、だそうです。慌てなくていいので忘れ物がないかしっかりチェックしてから来てくださいね」
「うん、わかった」
そういうとセナは一足先に皆のいる所へ戻る。
「よし、これで大丈夫かな?」
入念に準備を終えた俺はセナに言われた通りに忘れ物がないかもう一度部屋を見渡す。
「うん、忘れ物なし」
そう一人呟くと部屋の扉を閉め、皆の所へ向かう。
「お、来ましたね。準備は大丈夫ですか?」
「はい」
「忘れ物はない?もう一度部屋の中確認しなくて大丈夫?」
「はい、大丈夫です。行きましょう」
アジス宅を後にした俺は、村の入口まで見送りに来てくれたレナさん、リーフ、セナに別れを告げる。ちなみにアジスさんはまた王都に仕事に行くようなので俺と共に村を出るようだ。
「シンリさん、いよいよ出発ですね! 帰ってきたら王都でのお話したくさん聞かせてくださいね! 次シンリさんと会うまでに、ぼくももっともっと鍛錬して強くなります!」
「うん、楽しみにしてる。たくさん話題を持って帰ってくるからリーフも楽しみにしてなね」
「シンリさん、あの、私お手紙を書いて送るのでシンリさんも時々書いて送ってくれたら嬉しいです」
「わかった。定期的に送るようにするよ」
リーフはいつもと同じく明るく振る舞っているが、セナの方はどこか寂しげにしている。と、そんな様子を見かねてかリーフがセナの肩に触れセナに向けて言う。
「セナ、いつかぼくたちもレジリエントに入学できるように一緒にがんばろ! シンリさんに追いつけるように!」
「うん、お兄ちゃんの言うとおりだよね。私、これからも一生懸命がんばります」
リーフの言葉を受けたセナの顔には先程の寂しげな表情は一切見られなかった。リーフはいつもは年相応の幼さで溢れているが、あの森で初めて会った時もそうだがセナが困っている時はとても頼もしく、兄としての役割をしっかりと果たしているように俺の目には映った。
「さあ、シンリさんどうぞ。転ばないように気をつけてくださいね」
俺は事前にアジスさんが用意してくれていた馬に慎重に跨がる。ここから王都まではかなり距離があるため馬に頼るとのことだ。ちなみに俺は馬に乗るのはこれが初めてなので不安で仕方がない……。
「それじゃ、行ってきます」
そう告げるとリーフ、セナ、レナさんは「いってらっしゃい」と笑顔で応えてくれる。その言葉をしっかりと受け取り、俺は王都に向けて旅立つのだった。
最後までお付き合いいただきありがとうございました!
前書きでもお話ししたとおり第一章はこれで終わりです。次回からは第二章に入ります。内容を読んでいただいた方はある程度予想がつくと思いますが、所謂学校生活編って感じになると思います。作者として心璃をどのように成長させるのか今から楽しみです!これからも心の勇者をよろしくお願い致します。




