7.僕のせいじゃない②(マーク)
「は、はは…。こんな馬鹿な…」
内容を読み終えた僕は、誰もいない部屋で乾いた笑いを浮かべた。
(だって、そんな事がある筈がない)
本は、殺された令嬢が死んだというのは偽りで、実際は密かに生き永らえて、殺した連中に報復するという話だが、あの時確かに僕達の目の前で公爵令嬢は、湖に沈んでいった。遺体だって王子が確認した。
「ありえない」
自分に言い聞かせるように呟いたが、時間が経つにつれて頭が冷えて、やはりあり得ないと思うようになった。
「きっと誰かのイタズラだな…。全く性質の悪い冗談だ」
そう結論付けて、最後のページを閉じようとした時、今度こそ腰を抜かして、椅子から転げ落ちた。
最後のページの後に、こう書かれていた。
『次はお前の番だ』
「おい、この書類間違ってるぞ」
王太子の執務室で、いつものように執務を手伝っていると王太子から先ほど渡した書類を、突き返された。
「あ…すみません」
書類を受け取って、謝る。初歩的なミスだった。
「最近多いな…。眼の下に凄いクマが出来てるし、眠れてないのか?」
レオンハルトが自分の席に戻りながら、心配そうに声をかけてくる。
「えぇ、まぁ…はは」
謎の本を読んで以来、全く眠れてない。
眠ってる間に公爵令嬢が忍び寄って、僕を殺すんじゃないかと思うと、恐ろしくてとても眠れなかった。
今も肌身離さず護身用に短剣を持ち歩いているが「亡くなった筈の令嬢に、命を狙われているかもしれない」なんて言っても、頭がおかしくなったと思われるだけだ。
何と答えればいいかわからなくて、曖昧に笑って誤魔化す。
「そうか…ハンスの事もあるし、無理もないか。何か悩みがあるなら、遠慮なく言ってくれよ?」
満面の笑みを浮かべる王太子を見て、迷いつつも気になっていた事を尋ねて見る気になった。
「はい…あの」
「何だ?」
「…オルコット公爵令嬢は、本当に亡くなったのですか?」
途端に、レオンハルトの顔つきが険しくなった。
(しまった、失言だった)
瞬時に口をふさぐが、言った言葉はなかった事には出来ない。
そんな僕を見て、王太子はため息をついた。
「ローズマリーは間違いなく死んでいる。僕は遺体も確認した、間違いない」
「そ、そうですよね…ははは」
僕は力なく笑って、誤魔化すしかなかった。
(このままじゃいけない)
その夜、僕は考えた。
オルコット公爵令嬢は亡くなっている…それは間違いない。
だとしたら、彼女に代わって復讐している者がいるという事だ。
ハンスの死も、あの小説も、そいつの仕業だろう。疑わしいのは、オルコット公爵夫妻か、護衛のエリックか…いや、公爵令嬢の友人という事も…。
いずれにしろ、犯人は手がかりを残した。
小説は出版会社を通した物でなく、残されたメッセージも手書きだった。
(痕跡をたどれば、必ず犯人にたどり着く)
まずは、小説について調べる事にした。
「ようこそ、おいで下さいました」
数日後、小説の作者を訪ねた。
ごく普通の平民の男で、いきなり侯爵子息がやって来た事に緊張しているようで、オドオドしていた。
「あの…侯爵子息様が、私に何の御用ですか?」
こちらが着席するなり、早々に話を切り出してくる。
不躾だと思うがこちらも平民の部屋は落ち着かず、早く用件を済ませたいので、そのまま流した。
「実はこちらの小説を書いたのが、貴殿と伺ったのですが…」
そう言って本を差し出すと、彼の顔がパッと明るくなった。
「あぁ!読んで下さったんですね。不人気なのに、侯爵子息様に読んでいただけるなんて光栄です」
そこから暫く、彼の小説に対する意気込みというか…要は自慢話だ。
それをひたすら作り笑顔でやり過ごす。
(我慢だ、我慢…いっぱい喋らせて、気を許した方が話を聞きだしやすくなる)
ようやく一息ついたところで、本題を切り出す。
「なるほど。ところでこの本は、出版会社から出してないようですが…」
「そうなんですよ!本当に出版会社も世間も、見る目が無いせいで自作で出すしかなくて…でもいつかは見る目のある人が現れて、一躍脚光を浴びると信じて…」
「いえそうでなく!このラストの一文は、本編の筆跡と全く同じだ!このメッセージを書いたのも、貴方なのでしょう!」
話が脱線しかけたのを遮って、本のラストの一文を見せると文字通り飛び上がって、ソファの後ろに逃げこんだ。
「わあっ!すみません、すみません!」
(何て疲れる男だ)
内心ウンザリしながらも、一転して頭を抱えて怯える男を、なだめすかして話を聞き出す。
「別に怒っていないから、何でこんなメッセージを書いたのか、教えてくれないか?」
「は、はいあの…頼まれたんです」
恐る恐るソファの陰から顔を出す男に、話を聞く。
「頼まれた?誰に?」
「分かりません。外出から帰ってきたら、ドアの前にその本と手紙が置いてあって…『ちょっとしたパーティの余興で使うので、この本のラストにそのメッセージを書いてほしい』とあったんです」
そう言って男は、本を指さした。
「受け渡しは?それもドア越しか?」
「はい」
男の言葉に、僕は頭を抱えた。
「それじゃあ誰が犯人か、分からないじゃないか…」
「いえ、それはわかります」
「え?」
意外な言葉に顔を上げると、男が得意そうな顔で言った。
「ちょっと興味があったので、相手が本を取りに来る時に、そっとドアの隙間から覗いてたんです。金髪の若い令嬢が、本を回収していくのを」
男の言葉に、僕は血の気が引いた。
(金髪の若い令嬢って…オルコット公爵令嬢と特徴が一緒じゃないか!)
「あ、それと…その時にハンカチも落とされて行きましたよ。もしお知り合いでしたら、返してあげていただけませんか?」
そう言って男は引き出しから、綺麗に畳まれたハンカチを差し出して来た。
差し出されたハンカチを見て、僕は今度こそ卒倒した。
畳まれたハンカチには、オルコット公爵家の家紋が刺繍されていた。




