5.俺は正義の騎士になった(ハンス)
ちょっとホラー風味。
子供の頃から『正義の騎士』になりたかった。
物語に出てくるような、悪者を退治して世界を救うような騎士になるのが夢だった。
でもそれは、もう叶わない…。
「うわああああああああ!」
叫びと同時に飛び起きる。
起きると同時に夢だと悟り、ベッドの上で深く息をつく。ここ最近の日課だ。
息を整えると、サイドテーブルにある水差しに手を伸ばす。
「はぁ…もうこんな時間か」
(今日もまともに眠れなかったな…)
王子から衝撃の事実を知らされて以来、ほとんど眠れていない。
眠ろうとする度に、あの日の事を夢に見る。
止めなければと思うのに体は止まらず、溺れるローズマリー嬢に嗤いながら石を投げつける自分の醜悪さを、何度も見せつけられた。
誰にも言う事は出来ず、一生この罪を抱えて行かなければならないのだ。
もう一度ため息をつくと、使用人を呼び朝の支度を始めた。
「おはようハンス、今日も顔色が悪いな」
「今朝もうなされているようだったわ、大丈夫?」
朝食のテーブルに着くなり、父と母に心配された。
「お兄様よく眠れてないの?悩みでもあるの?」
最近は妹も俺の体調を心配して、顔を覗きこんでくる。
「大丈夫です…」
「「「………」」」
全然大丈夫じゃない事は分かりきっているが、それでもそう言うしかない。
3人共俺を見て困ったような顔をしている…心配をかけて心苦しいが、これ以外何も言う事は出来ない。
「わかった…無理はするなよ」
「訓練もほどほどにね」
「何かあったら、いつでも言ってね」
とりあえず、俺が悩みを打ち明けるまで待ってくれるようだ。
そんな日は来ないが、追及されずに済んだ事に少しホッとした。
学園に行くと、珍しくエリック先輩が来ていた。
久しぶりに会う憧れの先輩の姿に、俺は嬉しくなって駆けだした。
「先輩、お久しぶりです。今日はどうしたんですか?」
「ハンス殿、お久しぶりです」
そう言って先輩は頭を下げようとするのを、慌てて止めた。
「やめて下さい先輩。社交時はともかく、ここは学園です。「身分差はなく、皆平等」でしょう?」
俺の言葉に先輩が苦笑した。
「そうだったなハンス。元気そう…と言いたいところだが、ずいぶんと顔色が悪いな。何か悩みでもあるのか?それとも体調が悪いのか?」
「あ…」
先輩の言葉に、今朝の悪夢を思い出す。
俯いて黙りこんだ俺を見て、エリック先輩は「今夜は空いてるか?よかったら飲みに行かないか?」と声をかけて来た。
迷ったが誰かに聞いてほしい気持ちもあり、俺は頷いた。
先輩が指定した店は、酒場風の賑やかな店だった。
高級レストランのような洒落た店しか知らない俺には、目新しく新鮮だった。
「まずは食事をしよう、ここの料理はボリュームがあって美味いんだ」
確かにいい匂いがする。
俺と先輩は軽く乾杯すると、雑談しながら食事をとった。
「それで先輩、昼間は何で学園に来てたんですか?」
「…実は騎士団長に頼まれたんだ。君が何か悩んでいるみたいだから、相談に乗ってくれないかと」
先輩の言葉に、俺は黙りこんだ。
(先輩は俺の憧れだ)
俺は子供の頃から『悪者を退治する正義の騎士』に、なりたかった。
そんな俺にとって、学生の頃から街で誘拐犯を捕まえたり、強盗を倒したりする先輩の姿は理想で目標だった。
父上も先輩なら、俺が悩みを打ち明けるかもしれないと思って、頼んだのだろう。
(でも…)
テーブルの下で、こっそり拳を固める。
(貴方の主を殺したのは俺なんです、なんて言えるわけない…)
先輩は身寄りのない孤児だったのを、ローズマリー嬢が拾って、自分付きの従者兼護衛にしたのだと聞いた。
先輩にとってローズマリー嬢は、主で恩人で大切な人なんだろう。
そんな人に向かって、秘密を打ち明けるのはもちろん、悩みを聞いてもらう事すら、申し訳なくて出来ない。
黙りこんだ俺を見て、先輩が言った。
「まぁ言いたくないなら、言わなくていい。でもずっと黙っているのは苦しいだろう?そう言う時は紙に書いてみたらどうだ?」
「は?紙、ですか…」
思いがけない言葉に、俺は呆気にとられる。
「そう紙、だ。君の悩みが何かは知らないが、黙っていると余計苦しいものだ。そう言う時は紙に書いてみるといい。手紙なら誰かに見られない限り、洩れる事はないからな」
意外な提案だが、確かに良い案だと思った。
「ありがとうございます、試してみます」
解決したわけではないが、少し心が軽くなった。
「それは良かった。俺がここにいるのもあと少しだし、出来る限りの事はしておきたいからな」
「え…」
俺は驚いて、目を丸くした。
「騎士をやめて故郷に帰る事にした…主を守れなかった俺に、騎士の資格はないからな」
「そんな!そんなの先輩のせいじゃないです、あれは……とにかく!先輩が悪いわけじゃないでしょう!?それとも誰かが先輩を責めたんですか!?だったら俺が抗議して…」
興奮のあまり立ち上がりかけた俺を「落ち着け」と、先輩が宥めて席に座らせる。
「誰が言ったわけじゃない。ただ俺が自分を許せないだけだ。結局自分を裁くのは、自分自身なんだろう…」
先輩の言葉に、俺はそれ以上何も言えなくなった。
それ以上飲む雰囲気ではなく、後日先輩の送別会を行うと約束して、その場は別れた。
「うぃ~」
「おいおい飲み過ぎだ」
呆れたような先輩の声が聞こえる…。
足に力が入らず、先輩に支えられてる状態だ。
自分でもちょっと飲み過ぎだと思う。
先輩が「これで酒を酌み交わすのも最後かもしれない」と、次々酒を注いでくるから、止められなかった…。
ぼんやりした頭で、そんな事を思う。
「ちょっとここで休んでいこう」
そう言って、先輩はどこかの木に俺を寄りかからせた。
「…?先輩、ここはどこですか?」
「近くの森だ。ちょっと馬車を探してくるから、これでも飲んで待ってろ」
そう言って、先輩が水の入ったコップを渡してくる。
俺はそれを飲んで、言われた通り待っていた…。
…
……
………
「うわあああああああああ!!」
慌てて飛び起きる。
「はぁはぁはぁ…」
久しぶりに、あの夢を見た。
どうやら先輩を待っている間に、寝てしまったようだ。
先輩に教えてもらった方法を試してから、眠れるようになったのに…。
考えこんでいる間に、草を踏む音がしたので先輩かと思い顔を上げると、血まみれのローズマリー嬢が俺を見下ろしていた。
「許さない…」
そう呟いて、俺につかみかかって来た。
「う、うわあああああ!!」
俺は慌てて反対方向に逃げだした。
血まみれのローズマリー嬢は、俺を追いかけて来た。
「はぁはぁはぁ」
俺は時々後ろを振り返りながら、必死に逃げる。
いつの間にかローズマリー嬢は、数え切れないほどに増えて俺を追いかけていた。
距離はそれなりにあるのに、俺は何故か彼女の言葉が聞こえた。
「私を殺した癖に、生きているなんて許さない」
「私を殺した癖に、笑っているなんて許さない」
「私を殺した癖に、家族と過ごすなんて許さない」
「私を殺した癖に、幸せになるなんて許さない」
「私を殺した癖に、忘れるなんて許さない」
「私を殺した癖に、報いを受けないなんて許さない」
「私を殺した癖に」
「私を殺した癖に」
「私を殺した癖に―――!!」
「うわあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
俺は逃げながら、いつの間にか泣いていた。
ただその涙が、恐怖なのか罪悪感から来るものなのかは、わからなかった。
やがて目の前に小屋が見えて来た。
慌てて小屋に飛びこみ、閂をかける。
暫く耳を澄ませていたが、誰も中に入ってくる様子はなかった。
ホッとして、その場にしゃがみこむ。
(とりあえずここで朝まで過ごせば…)
そうして小屋の中を見て、ギョッとした。
小屋の中央に、天井から罪人用の首吊りのロープがぶら下がっていた。
『自分を裁くのは、自分自身だ』
いつか言われた言葉が、頭に浮かんだ。
(あぁそうだ。その通りだ)
悪者は退治されなければ…俺は正義の騎士なのだ。
俺は踏み台に上るとロープに首を通し、そのまま踏み台を蹴った。
そうして俺は、悪者を退治した。