3.もう取り返しがつかない(レオンハルト)
執務を終えた後、疲れた体を引きずるようにして晩餐の席に着くのが、最近の日課になった。
(部屋で休みたい…)
正直食事よりベッドの方が恋しいが、今夜は経過報告も兼ねて父も同席するので、行かざるを得ない。
ノロノロと席に着くと、すでに父が席についていた。
晩餐が始まる。
「だいぶ疲れているようだな、様子はどうだ?」
最初は無言だったが、ある程度食事が進んだ頃を見計らって、父が話を切り出す。
「あ、はい。何とか…」
何とかついていけてる程度だ。やはり王太子妃の分まで上乗せされてるのは、大きい。
言葉を濁したが、父も意味を察したようだ。
「何とか、か…。まぁ致命的なところはないし、ギリギリ及第点といったところか…お前たちはな」
「………」
父の言葉に俯く。
アンヌマリーの事を、言っているのだろう。
本来この場にいる筈の、母上とアンヌマリーはいない。
アンヌマリーは想像以上に物覚えが悪く、母上がつきっきりになっても中々進まず、ここ最近2人の姿を見ない。
本来王妃がここまで構う必要がないのだが、母上以外の相手だと王太子の婚約者である事を笠に着て、全く言う事を聞かない。そのため母上が四六時中監視する羽目になり、結果として私同様父も余計な仕事に追われる事になった。
「執務はともかく、お前の見る目のなさはある意味天下一品だな。あんなに酷い令嬢はめったにいないぞ。ローズマリー嬢が生きてさえいれば…」
ため息と共に吐き出された言葉にカッとなる。怒りではなく、羞恥でだ。
自分自身その通りだと、よくわかっているから。
誤魔化すかのように、反論した―――それが悪夢の第一歩だった。
「アンヌマリーは確かに我儘で無能ですが、根は優しい令嬢なんです。妹を虐めていたローズマリーとは比較になりません。性格や能力は矯正できますが、性根はどうにもなりませんから」
もはや言い訳にしかならないが、自分の選択が間違いではないと求めてほしかった…が、逆にその発言が、選択が間違いであると突きつけられる事になった。
私の発言を聞いた父が、呆れた顔をした。
「お前はまだそんな寝言を言っているのか?ローズマリー嬢が妹を虐められる筈がないだろう、婚約が決まってからずっと城で王太子妃教育を受けているのに」
「え…」
父の言葉に、一瞬何を言われているのかわからなかった。
「え、ではない。ローズマリー嬢はずっと城暮らしだから、公爵家にいる妹を虐められる筈がないと言っているのだ。時々晩餐を一緒に取っていただろう、今更何を言っている」
「それは…」
確かに王族の晩餐なのに、ローズマリーが一緒に取っている時があった。
思い返せば登城する時間でもないのに、城でローズマリーと出くわす事が多かった。
「は、母上が、王太子妃教育で呼んでいたんじゃないのですか?」
「教えなければならない事が山ほどあるのに、わざわざ毎日公爵家から呼びつけるのか?王妃はそんなに暇でも気の長い方でもない」
「で、でも全く帰らないという訳ではないでしょう?きっとその時に…」
認めたくなくて、震える声で反論する。
(だってそれが事実なら…)
浮かんできた恐ろしい考えを、否定したかった。
でも無駄だった。
「確かにたまに公爵家に帰る事はあったが、最長で半日、それも城仕えのメイド付きだ。妹を虐める隙などない。むしろ妹の方が姉の注意を悪意ある嘘に変えて、お前達に吹きこんでいたと報告を受けている」
「そんな…」
「そもそも本当に虐められているとしても、両親に相談する問題だろう?部外者のお前に相談する時点で、ただ単にお前の関心を引きたいだけだと、何故気づかないのだ」
「うわああああああああ!!」
父の台詞に、半狂乱になる。
頭を抱えて取り乱し、暴れる。
とても冷静では、いられなかった。
「僕のせいじゃない!僕のせいじゃない!!」
僕は父の前だという事も忘れて、慌てて食堂を飛び出した。